第17話 仲間はずれ

 俺たち三人が外へ出ると、獣人冒険者たちに包囲されていた。

 冒険者ギルドは、道路の向かい側に位置する。そこから続々と冒険者たちがこちらへ向かってくる。


 明るい太陽と青い空。そよ風には鉄サビの臭いが含まれている。冒険者たちが構えている武器には、血振るいをしてもなお血痕が残っていた。

 その中の一人、大柄な虎獣人から異様な気配を感じ取る。


「先手を打たれたわね。ジーンが出張ってきている……」

「どうするにゃ?」


 ジーンってのが誰なのか俺は知らないが、たぶんあの虎獣人のことだろう。

 狐っ子と猫っ子が俺の方を向く。俺に判断を仰ぐなよ……。


 だが、この子たちは二人とも十五歳で、まだ子供だ。俺より十歳以上も年下に違いないので、大人な俺に指示を仰ぎたいのだろう。

 まあよかろう。ここは俺に任せてもらおう……。


「ん?」


 二人の視線が少しズレている。正確に言うと、俺の後ろを見て言っているのだ。振り向いてみると、そこにはいつの間にか豹っぽい獣人が立っていた。

 まったく気配を感じなかった……。ブレナとエリスは気付いていたというのに。


「ブレナ、エリス、それに客人よ、あいつらは、ゴライアスのメンバーだ。率いているのはあの虎獣人のジーン・デイカーで、冒険者ギルドの依頼で動いているらしい。あと、勘違いするなよ? ここを襲撃したのはエルフの集団であって、こいつらではない」


「客人って俺のことか? ソータ・イタガキだ。よろしくな」


 狩猟豹チーターの獣人、ブライアン・ハーヴェイ。彼はトライアンフの幹部である情報収集部隊の隊長だと言いつつ、周囲に集まったゴライアスの獣人たちに睨みを利かせる。

 すぐにでも攻撃されそうだったが、急に張り詰めた雰囲気となり、彼らの動きが止まった。


 つまり、ブライアンは相当の実力者なのだろう。周囲の獣人、約三十名を思い止まらせるだけの人物なのだ。いや、何かのスキルを使っているのかもしれない。


 というか、この血の惨状を作ったのはエルフの集団だと?

 目の前にいるゴライアスのメンバーは、何をしに来たのだろうか?


 暑苦しい冒険者の集団を前にして、俺は考え込んでしまう。しかしその疑問にブライアンが答えてくれた。


 獣人自治区の区長から、冒険者ギルドに依頼があったのだという。それは、ジョン・バークワース商会の会長を拉致し、トライアンフが身代金を要求しているので、それを阻止しろという内容だった。

 その依頼を受けたのは、獣人自治区で二番目の規模を誇るレギオン、ゴライアスだ。

 元々仲の悪いレギオンだったらしく、ゴライアスは嬉々として受注したそうだ。


 エルフの集団とゴライアスの関係は不明とのこと。


 ブレナから聞いた話だと、トライアンフは依頼を受けて動いていたわけではない。謝礼金を要求するためなので、誘拐とさして変わりないけど。


 そんな話を悠長に聞けているのも、ブライアンが放つ覇気のおかげだ。

 魔法なのかスキルなのか知らないが、エリスとブレナを含む周囲の獣人たちが、明らかに動けなくなっている。


「俺のスキルのせいで、ここらのニンゲンは全員動けなくなったな……」

「……動けるけど?」


 普通に動けるのは俺だけか? 振り返ってみると、驚きの表情を浮かべるブライアン。驚くエリスとブレナの気配が、背後から伝わってくる。


「あ、ああ……? マジか……、俺のスキル〝足留あしどめ〟が効いていない――のか?」


 スキル〝足留あしどめ〟? 汎用人工知能の翻訳がどうなっているのか知らないが、どんなスキルなのか見当はつく。要はこのスキルを使うと、周囲の人が動けなくなるってことなんだろう。


 ブライアンはちょっとショックを受けているようだが、俺が動ける事に心当たりは――ある。汎用人工知能と、リキッドナノマシンのおかげに違いない。


 しかし現状のまま、もたついている暇はない。包囲している獣人冒険者を突破するか、トライアンフの建物に逃げ込むかの二択しかない。


「このスキルはあまり長い時間は持たないんだ。おまけにエリスとブレナも動けなくなってるから、一旦スキルを解いて中へ戻ろう」


 ブライアンの言葉が終わったタイミングで、スキルが解除される。エリスとブレナは扉を開けて中へ逃げ込み、俺もあとに続いた。

 ブライアンが大広間に入ると、閉じた扉に魔法陣が浮かび上がる。

 鍵を掛けたのかもしれない。


『防御魔法陣の解析が終わりました。使用しますか?』

『使用せんでええわ!!』


 空気を読まずに話しかけてきた汎用人工知能にツッコミを入れつつ、テーブルの下に潜り込んでいくブレナを見る。何をしているのだろう?


「隠し通路を使うのよ」

「そうだな。この際しょうがないか……」


 ブレナの言葉に、ブライアンは俺を見ながら応える。

 俺って一応部外者だからな。見せたくなかったんだろうが、ちょっとだけ疎外感を覚える。

 そんな俺を見てニヤニヤしているエリス。しょげたのが顔に出ていたのかな?


 しばらくすると、テーブルの下からブレナの声が聞こえてきた。


「隠し通路を開けたわ。早く入って」


 テーブルの下に入ると、中心辺りにある石の床がずらされており、その下にギリギリ一人通れるくらいの階段が見えている。


 大広間へ入るため、外から扉を攻撃している音が聞こえてくる。


「防御魔法陣はそんなに持たない。急いでくれ」


 ブライアンの言葉で、ブレナ、エリスが階段を下りていく。続いて俺が入ろうとすると、ブライアンに声を掛けられた。


「済まないがソータ、君は俺の後から入ってくれ」


「えっ!? 何言ってるにゃ!」

「ちょっと待ってよ、ソータは協力者でしょ?」


 援護射撃が入るも、ブライアンは俺より先に階段へ入ってしまう。まあ、彼からしてみれば、俺はたった今会ったどこの馬の骨か分からん奴だし、仕方がないか……。


 そうこうしていると、攻撃されていた扉が爆発したように砕け散った。

 俺たちは大きなテーブルの下にいるので、侵入者からは視認できないはずだ。


 と思ったが甘かった。


「テーブルの下、中央に四人ともいるぞっ!」


 鼓膜が破れると思うくらいの大声だ。それより、どうしてピンポイントで分かったのだろうか。気配というのは、何となく感じるものなのに。


 異世界恐るべしだ。ま、いいや。さっさと逃げよう。


 移動しようとすると、隠し通路が石の床で塞がれていた。


「……おいおい、置いてけぼりかよ」


 さっきのやり取りからすると、おそらくブライアンが閉めたのだろう。エリスとブレナの声がくぐもって聞こえてくる。相当な勢いでブライアンを責め立てているみたいだ。


 しかし突然その声が聞こえなくなった。おそらくブライアンが何かして黙らせたのだろう。

 三人の気配が離れていく。……さて困った。どうしたものか。


「むおっ!」


 二十人くらい座っても余裕のある巨大テーブルが、突然ひっくり返された。

 どんな力を持っているんだよ……。


「……や、やほぃ」


 しゃがんだまま振り返ると、今まさにテーブルをひっくり返したであろう人物――虎獣人のジーンと目が合った。

 片手を上げて一応挨拶したが、何か間違った気がする。めちゃくちゃ睨まれているからだ。


「てめぇがソータって奴か?」

「え? 違うけど」

「ほう……?」


 ジーンの目が細くなる。その視線は俺をジッと見つめ、完全に疑っている。

 というか、この街にヒト族の男なんて、ちょくちょく見るので珍しくもないはずだ。それなのに、俺を疑ってくるとは……写真? いや人相書きでも出回ったのか?


 あ、人相書きっぽいな。ジーンはショルダーバッグから茶色い紙を取りだし、俺と見比べ始めた。


「これを見ると、お前はソータ・イタガキで間違いないみたいだがなぁ?」


 入り口から、他の獣人が続々と入ってきている。逃げ場は無さそうだ。


「だとしたら、どうするつもりなんだ」


 そう言うと次の瞬間、ジーンは俺の目の前に立っていた。

 さっきのブライアンといい、このジーンといい、気配すら感じさせずに移動するのは何かのスキルなのだろうか。


 ジーンの指先から、鋭利な鎌のような爪が四本突き出ている。

 その爪が俺に向けて振り下ろされたが、ピタリと動きが止まる。


「ふん……たまに見る異世界人と違うって話は、本当らしいな」


 そんな危ない得物で切り裂かれちゃ困るんだよ。液状リキッド生体分子ナノマシンがばら撒かれたら、こいつニンゲンじゃねえって言われるだろうし。

 だから俺は指先から高熱の針を出し、ジーンの額にちょっとだけ突き刺している。

 踏み込めば、針が額の骨を貫通するだろう。


 奴隷の町エステパを脱出するときに使った、高熱の針だ。こちらに熱は来ないが、ジーンの額はすでに火傷をしている。

 タイマンなら負ける気がしない。もちろん汎用人工知能とリキッドナノマシンのおかげだけどね。


『ありがとうございます』

『……心を読むな』

『はい』


 つか、マジで汎用人工知能の性能が上がってるな。心を読むと言っても、脳にある言語野のシナプスを解析しなければ、そんな事は不可能なはずだ。


 とりあえずそれは置いておいて、こっちの対処をしなければ。


「たまに見る異世界人? その話、興味があるな……、また今度聞かせてくれよ。今はこの状況を作ったのが、あんたなのか知りたいんだ」


 この状況とは、トライアンフの大広間で行われた殺戮のことだ。最低でも死者が五名出ている。エルフがやったとは聞いたが、ジーンからも聞かなければならない。


「さすがに獣人同士で殺し合いはしねえ。ヒト族と同じにすんな。あと、これは街にいるエルフたちの仕業だ。ここにいたジョン・バークワースは、どさくさに紛れて俺たちが保護した。もう冒険者ギルドでくつろいでるぜ?」


 ジーンの言葉だけで証拠も何もないが、周囲にいる武器を構えた獣人たちが頷いている。信用していいものだろうか……。だが、ここに連れてこられていたジョン・バークワースの姿はない。


 ここトライアンフで保護されていたジョンを殺害しに来たエルフたち。なんでそんなあからさまなことをしたのだろう。疑問が尽きない。


 リキッドナノマシンの針は出したまま、熱を下げる。

 一応だが、ブライアンが言った話と符合するし、それが事実ならば目の前にいるジーン・デイカー率いるゴライアスのメンツは、すでに区長からの依頼を達成しているということになる。


 いや、……それならなぜこいつらはここへ襲撃してきたのか?


「ソータ・イタガキ、お前知らないのか? シエラとスノウ、この二人への傷害及び殺人未遂で、捕獲依頼が出ているのを。あと衛兵がお前を血眼になって探してるぜ?」


 ああ、そうだった。忘れてはいない。ジョン・バークワース商会の前で、俺がエルフの二人を刺したとでっち上げられているからな。彼らはマイアの魔法で治療され、一命を取り留めたのだろう。

 ならば、あのエルフの二人が、事実を捻じ曲げて冒険者ギルドに依頼を出すのも不思議ではない。衛兵たちの追跡も当然のことだ。


「そっか……。分かったよ」


 俺はおとなしくお縄につくことにした。

 周囲を獣人冒険者に囲まれ、俺たちはトライアンフ本部から外に出た。



 しかしそのとき、腹部がかっと熱くなった。


「へへっ……」


 さっきまでこの場にいなかった犬獣人。冒険者ギルドで絡んできた奴が、俺の腹に短剣を突き刺したところだった。

 どこに隠れていたクソ野郎が。痛てぇ……。クソ痛てぇ……。

 腹を刺されるって、こんなに痛いものなのか……。声すら出せない。


『サバイバルモードへ移行します』


 汎用人工知能の声を最後に、俺の意識は闇へと落ちていった。

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