第16話 襲撃
エリスの隠れ家からトライアンフの本部まで、無事に到着できた。ただし、正面は冒険者ギルドから丸見えなので、裏口から中に入る。
内部に足を踏み入れると人の気配がない。レギオンと言っても、日中はみな出払っているのだろうか。
「――止まって」
先頭を歩くブレナが、小声で俺たちを制した。その背中からは、緊張した雰囲気が漂ってくる。何かあったのだろうか。そう思いつつ、扉を開けて大広間のような部屋へと入った。
「……クソッ!!」
ブレナは声を荒げる。そこに人影はなく、大広間は滅茶苦茶に荒らされていたのだ。
壁や床には飛び散った血がへばり付いている。見たところまだ渇いていないので、こうなってからまだ時間は経っていないはずだ。
濃密な血の臭い。何者かによって、ここが襲撃されたのは明白だった。
「なんてことにゃ……」
エリスが走り出した先には、猫獣人の男が倒れていた。息はありそうだが、かなりの出血量である。
まずいな……。ここにマイア・カムストックはいない。
あ、そうだ。汎用人工知能。
『治療魔法が使えると言っていたよな?』
『はい。ですが……』
話しかけると、歯切れの悪い返事が返ってきた。
そして次の瞬間、エリスの
間に合わなかったのか……。
床に倒れている冒険者が他に四名いたので確かめてみるも、全員息を引き取っていた。
エリスとブレナの
殺しまでやるとは……。
原因は、……ここに連れてこられた、ジョン・バークワースだろう。
「ソータ……」
ブレナが血まみれの冒険者を抱きかかえながら、俺に視線を向ける。その瞳には、激しい怒りと憎しみの感情が込められていた。エリスはまだ泣きじゃくっている。
「お、おう。誰がやったのか心当たりはあるのか?」
「あるに決まってるだろ!! ミッシーの手の者に違いない!!」
ブレナの声は叫びに近い。それに驚いたエリスは身体を震わせ、泣きながら俺の方を向いた。
ブレナとエリスは俺を見つめ、視線で問いかけている。
復讐しようと。
しかしだ……、ギルドマスターという立場なのに、そんなに分かりやすいことをするだろうか? そもそもミッシーの手の者と言っても、この街に潜入している遺産狙いのエルフくらいしかいない。五十件ほどの資産家を狙っていると言っていたので、そこまで大人数ではないはずだ。
そんな少数で
いや、不確定な事柄を元に予想しても無意味だ。
「分かった。……けどさ、トライアンフの団長はどこへ行ったんだ?」
「フィリップはSランク冒険者よ。この襲撃でやられたとは考えにくいわ……」
あの熊の獣人は、この大広間にはいない。
ということは、襲撃者たちを追跡しているのだろうか。この大広間の荒れ具合からして、かなり大人数で戦闘があったはずだ。
「向かいの冒険者ギルドに行けば、何か分かるのでは?」
練兵場でミッシーと戦ったとき、野次馬の大半が俺に声援を送っていた。
ミッシーは獣人自治区の住民から、あまり好ましく思われていないのかもしれない。
「そうね……今となっては、この街に潜り込んでいるエルフたちは、全員逃げ出しているかもしれない……いや、ベナマオ大森林へ通じる門は一つだけよ!! 団長たちはそこにいるはず!! ソータ、エリス、そっちに向かうわ!!」
つまり、門があるから逃げられないということか? もしくはそこですでに戦闘が始まっているのか。どちらにしてもここにとどまっては、ジョン・バークワースを助けることはできない。生存しているかどうかも定かではないが……。
「急ごう……エリス。お前の父さんを救出に行くぞ」
「……分かったにゃ」
遺体の埋葬は後回しだ。今は行動しなければならない。
俺たち三人は、正面玄関から外に飛び出した。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
ここはソータとエリスがこの街に足を踏み入れた門であり、獣人自治区とベナマオ大森林の境界を成す重要な地点である。
細道の両側には、登攀が困難な険しい断崖がそびえ立っていた。
金属と石の組み合わせにより築かれた堅牢な門は、数え切れないほどの魔物の襲撃を凌いできた。
その門に向かって、一人の人物が歩みを進めている。
ミッシー・デシルバ・エリオットだ。
獣人自治区にある冒険者ギルドのトップ。この門を通るのに、誰の許可も必要としない。しかしその出で立ちは、これから戦場へ向かうかのように、腰にはレイピアとマインゴーシュを吊り下げ、その手には豪華に装飾された
矢筒を持っていないのは、攻撃する意思がないからなのだろうか。
ゆっくりと足を進めるミッシーの前方に、突然現れた人物がいた。それはトライアンフの団長、フィリップ・ベアーである。
「よっ! 森への散策かい?」
「……」
フィリップの姿を目にしたミッシーは、立ち止まり、無言を貫いた。周囲を行く獣人たちは、その緊迫した空気に驚き、距離を置いていく。隠れる者も見受けられた。
「一つ訊かせてくれ、ギルマス。俺が不在の間に、エルフたちが我々の本部を襲撃したという話を耳にしたが、その真偽は?」
「……」
フィリップは確信を持って問いかけている。
ミッシーは無言のままだ。
「黙ってちゃ分からないなぁ……。死人が大勢出ているんだぞ? てめぇはギルドの仕事ほったらかして、どこに行くつもりなんだ? ああ、そうそう、ジョン・バークワースは別のレギオン、ゴライアスの連中に保護してもらっている」
その言葉を聞くと、ミッシーはおもむろに弓を構える。矢のないそれは、フィリップに向けられている。
すると、光の粒子のようなものが集まり、ミッシーの弓に矢が現れた。
何かの魔法なのだろうか。その矢は速やかに放たれ、光跡を残しながらフィリップへと飛んでいく。
矢が刺さる。
そう見えた刹那、そこには丸太が立っていた。
フィリップは視認できる範囲のものと瞬時に居場所を入れ替えることのできるスキル〝
今回はミッシーの必殺の一撃である矢が飛んできたので、丸太と入れ替わったのだろう。
――ドンッ!!
丸太が爆発四散した。矢が刺さった瞬間だった。
木っ端微塵になった丸太のかけらが、辺り一面に飛び散っていく。
様子を見ていた周囲の獣人たちは、ギルマスの突然の凶行に悲鳴をあげて逃げ出した。フィリップの姿は見えない。逃亡したわけではなさそうだ。
正面の門を見据えながら、ミッシーは無言のまま弓を引き絞る。
どうやら彼にはフィリップの居場所が分かっているらしい。
光の矢が現れると、再度放たれた。
今度はその場所に石柱が出現する。
姿は見えていなかったが、そこにフィリップがいたのだろう。
光の矢が石柱に突き刺さると、丸太と同様に爆散した。
小さく尖った石が、周囲を破壊していく。
人的被害こそ出ていないが、こんなことを続けていればいずれ負傷者が出るだろう。
しかし、ミッシーはそんなことお構いなしに、矢を連射し始める。
周囲にある家屋、門を挟み込む崖、様々な場所で爆発が起きていく。あの光の矢には、どうやら爆発の属性が付与されているようだ。
それを行っているのは、ミッシーが持つ弓だ。ベナマオ大森林に生えるイチイの木を加工し、コイルサーペントの皮で補強し、本体には細かな魔法陣がいくつも描かれている。
この弓は使用者の魔力と周囲の魔素を変換し、爆発する矢を生成する
スキル〝
肩で息をしているのは、スキルを使いすぎたからだろう。かなりの疲労の色が見てとれた。
しかし、ミッシーを探していたトライアンフのメンバーが集まりつつあった。
「クソが……ちと甘く見すぎたみたいだな」
逃げた住民たちはいい。しかしトライアンフの血気盛んな冒険者たちが来れば、ミッシーの矢で死傷者が出るかもしれない。
そう考えたフィリップは、スキル〝
入れ替える箇所は三点だ。
道端に落ちている小石とフィリップ。
その直後、フィリップとミッシー。
これを繰り返すことでフィリップとミッシーは、ベナマオ大森林の中へと消えていった。
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