第15話 いらない子
エリスとブレナは紅茶を飲みながら、現状を報告し合っている。
奴隷の町エステパから、獣人自治区の主都パトリアに至るまで、俺が大活躍したとエリスが話す。まあまあ盛って語るのはやめてほしいものだ。そもそもエリスは、俺を牢屋に置き去りにして逃亡したではないか。
ブラウニーのアリスは、クッキーを焼くと言って、ちょこまかと動き回っている。
俺はカウチに腰掛け、彼女たちの会話に耳を傾ける。
武装勢力でもある冒険者たちは、レギオンという私設組織に所属し、人数や装備を調整して冒険者ギルドの依頼に対応するのだそうだ。もちろん容易な依頼は単独で遂行する。
ただし、高難易度の依頼は単独で達成するには難しいものが多い。そのため冒険者は、レギオンの組織力、つまり人数集めや情報収集を活用し、複数名で協力して任務に臨むことが多いらしい。
どこにも属さない、変わり者も存在するようだが。
ブレナが属しているのはトライアンフというレギオンで、そこをまとめ上げているのはフィリップ・ベアーという熊の獣人だ。練兵場で俺に声をかけてきた人物である。
エリスが奴隷落ちした件に関して、彼らトライアンフは最初から懐疑的だったという。エルフの二人組が、見え見えの財産目当てだったからだ。
俺がブレナと鉢合わせになったのは、トライアンフが動き出したからであり、その目的はジョン・バークワース命を救い出して謝礼金を得ること。彼はいずれ殺害され、結婚したシエラへ財産が移ることになるので、それを阻止するためなのだ。
金で動いたということか。厚意で動いたと言われるより、よほど信頼できる話だ。
そのジョン・バークワースは、トライアンフのメンバーが傷一つない状態で保護したらしい。現在は、冒険者ギルドの前にある、トライアンフの本部に移送されているとのことだ。
ぶっちゃけ、最初から俺の出番は無かったのだろう。
エリスの無実を証明する? 俺は何一つ成し遂げられなかったではないか……。後はもうトライアンフが采配を振るい、エリスの無実を証明し、父親のジョンを帰還させるだけだ。
この世界に来て、汎用人工知能の性能が向上し、リキッドナノマシンが魔素を吸収して、魔法が使えるようになった。肉体は自分の思い通りに、ズレもなく動いた。
万能感すら抱いた。
だが、そんなもの糞の役にも立たなかったのだ。
疑惑を晴らして欲しいと、確かにエリスから俺に依頼というか、お願いされたことではある。だが、トライアンフのように仲間も協力者もいない状況で、俺一人に何ができたというのだ。いや、エリスは仲間だが……。
図に乗っていたと痛感させられる。
俺は佐山たちを追ってきた。だが、そこに拘って我武者羅に突き進むことはできない。なぜなら、この世界で孤軍奮闘の俺一人では、彼らを探し出すことは不可能だと感じるからだ。
つまり、一緒に協力できる仲間が必要不可欠なのだ。
「なに? じろじろこっち見て」
「ソータも一緒にお話しするにゃ?」
狐獣人と猫獣人。二人ともまだ幼い。この世界で成人していようとも。
彼女らと協力するにしても、万が一の事態が起これば親御さんに申し訳が立たない。
いや、大人だからいいという訳でもないだろう。とにかく俺一人では限界があるので、仲間を探さねばならない。
「ところでソータ、エルフの二人を刺した人物を目撃しなかった?」
「……見ていないな」
「あたしも見てないのよね~。でもさ、さっきの切り傷を見て、マイアって子は、短剣で背後から切られていると言ったわよね?」
「ああ、そうだったな……」
「あのエルフ二人も手練れなのに、気付かれずに背後から刺されるってことがあり得るかしら?」
あり得るのだろうか? こっそり忍び寄って、刺すくらいできるんじゃないだろうか?
「魔法で何かしたんじゃねえの?」
「魔法を使うと、魔力の動きを感知するにゃ。だから回復魔法以外を街中で使おうとしたらすぐにバレて、ボコボコにされてしまうにゃ~」
そんなことでボコボコにされてしまうのか。……おっかねえな。
俺も気をつけなければならない――ん?
俺は風の魔法で光を屈折させて、透明人間になっていたな。
あれは魔力の動きがなかったのだろうか?
よし……試してみるとしよう。
「にゃっ!?」
「あら、またスキル使ったの?」
スキルは魔力を使わない特殊能力みたいなもので、訓練次第で使えるようになると聞いているが、俺が使ったのは風の魔法だ。
ブレナの言い方だと、俺は魔法でなくスキルで姿を消していると思っていたようだ。つまり俺は、魔法を使っても魔力が動かない。周りの人に感知されないということか?
『ようやく制御できるようになりました』
狙ったようなタイミングで、汎用人工知能が話しかけてくる。
『ということは、最初からではないのか?』
『はい。既存の魔法は効率が悪く、魔力を使い切れていませんでした。その際、こぼれた魔力を感知するようです』
『そうならないようにしたというわけだな?』
『いえ、効率を最大限に高めた結果、魔力が漏れ出なくなったというだけです』
『……なるほど』
獣人自治区に来る前、風の魔法を使ったとき、切り株だらけの広場ができたことを思い出す。
『あのウインドカッターという魔法を使ったときも、魔力は溢れていなかったのか?』
『あの時の魔力使用効率は、五十パーセント未満でした』
『……そうだったのか』
ヤバいな、……絶対に魔法が暴発しないように注意しないと。
「ソータ! 姿を現すにゃ!!」
「へいへい」
とりあえず風の魔法を解除する。しかしこれが魔法だと言ってしまうと、面倒そうな予感がするので、しばらくは黙っておこう。ちょっと心苦しいが。
「にゃ!? 見えるようになったにゃ~」
「ソータは異世界人だって聞いたけど、もうスキルが使えるようになったの?」
「異世界人だと言った覚えはないが、ブレナに隠してもしょうがないよな。俺は地球から来た異世界人だ。あと、スキルは勝手に使えるようになったし、魔法も四属性使えるようになったぞ」
そう告げるとブレナは驚愕の表情で固まってしまった。横ではなぜかエリスがドヤ顔をしている。
ブレナによると、異世界から来たニンゲンで、ここまでスキルや魔法を自在に使いこなせるのは聞いたことがないとのことだった。
「ソータはこれからどうするにゃ?」
「どうしようかな。エリスとの約束さ、トライアンフが片付けてしまいそうなんだよな~」
「それは気にしないでいいにゃ」
「一応約束だから、最後までやり遂げたいんだけど?」
「おお! いい心意気じゃないか! ソータが何もしなくても、トライアンフがエリスの冤罪を晴らすけど、一緒に来る?」
ブレナにはっきりと言われて、ちょっとだけ心がチクリとする。
「来るって、どこに?」
というか、やっぱり俺の活躍の場は無さそうだ。
「トライアンフの本部。エリスもこれから向かうんだよ?」
ああ、なんだか情けない。一人で気負い立っていた俺が恥ずかしい……。
「俺も……、一緒に連れて行ってくれ」
俺はもっと学ばなければならない。この世界のことを。
魔法、スキルは何とかなりそうだが、この街の人々のつながりを、もっと知る必要がある。
特に気になるのは、エルフの二人が言っていた、差別的な考え方だ。
この世界にニンゲンの種族がどれだけあるのか分からないが、地球の人種というレベルではなく、とても多くの種が存在する。
だからなのか分からないが、この世界の根底にある差別問題は、根が深いのだろう。
まあでも、へこたれている場合ではないか。
仲間を集めよう。
佐山たちをボコボコにしよう。
そして、いずれ来るであろう地球の皆さんと、平和的に話し合いができるように準備しよう。
「ソータ、おそらくだけど、ギルドマスターの個人依頼で、あたしたちは追われていると思う。だからトライアンフ本部に行くときは隠れながらこっそり向かうよ」
「……おう」
「まっ、気にするにゃ!」
「あたしはこの家を引き続き守ります」
そんな話をして、俺たち三人はトライアンフ本部へと足を進めた。
「さて、あたしも準備しよ~っと」
隠れ家に残るアリス。何の準備をするつもりなのだろうか。
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