第14話 失敗

 まず判明したのは、スノウとシエラが冒険者ギルドのミッシー・デシルバ・エリオットの配下に属していたということだ。

 加えて、富裕層から財産を搾取する計画は、ジョン・バークワース商会だけに限られていなかった。


 スノウとシエラの知る限り、獣人自治区内で複数のチームが活動しており、五十人を超える資産家が標的となっているそうだ。


 もはや俺が問い詰めるまでもない。エルフの二人にも罪の意識があったのだろう。

 床に座り込み、次から次へと今までに犯した悪事を吐露していく。


 指揮を執るミッシー・デシルバ・エリオットは、ベナマオ大森林に位置するエルフの里の族長でもあるのだ。

 戦費を捻出するためとはいえ、ヒトの財産を、しかも全く無関係の獣人自治区を狙っていたことが発覚すれば……。


「戦争に発展するぞ? 獣人自治区とエルフの里の間で」


 だが、正直なところ俺はそんな事態に首を突っ込む気にはなれない。

 エリスの母親であるリリーを毒殺したこと、その後エリスを奴隷落ちにさせるため盗賊を雇ったことを、このエルフ二人は認めている。


 肝心のジョン・バークワースは、近所の空き店舗の中で拘束されているとのことだ。シエラに商会の権利を渡し、財産を全て奪い去るために拷問する予定だったらしい。


 よし、エリスの潔白を証明するという目的は達成だ。

 しかしな~。


「……」

「どうかしたの?」


 顔を覗き込んでくるブレナ。


「いやさ、こいつらを冒険者ギルドに突き出しても、トップがラスボスなんだろ? あんまり意味ないかなと思ってさ……」

「ラスボス? なにそれ? でもさ、衛兵に引き渡せばいいわ。獣人自治区の組織だから、冒険者ギルドは手出しできないから」


 ブレナは話しながら、エルフの二人をロープで拘束していく。俺は結び方を知らないので、突っ立っているだけだ。

 その後、スノウとシエラを引っ張って部屋から連れ出した。当然のことながら、事務所や店舗を通るとき、めちゃくちゃ注目を集めていた。

 ただし、俺たちからは全力で話しかけるなオーラを発しているので、近寄ってくる者はいない。


 商会の外に出ると、武装した冒険者が待ち構えていた。

 ミッシー、……情報の伝達が早いな、と思ったのも束の間、彼らはブレナの仲間だった。


 話を聞くと、冒険者個人が高難易度の依頼をこなすのは難しいため、だいたいどこかのレギオンという組織に所属して、多人数で行動するのだそうだ。先の熊の獣人もレギオンとか言っていたな。

 ブレナも目の前にいる冒険者も、トライアンフというレギオンに属しているらしい。


 ブレナは仲間の冒険者に、ジョン・バークワースが近くの空き店舗に捕らえられていることを話し、彼らをそちらに向かわせた。


「へぇ、手際がいいじゃないか」

「冒険者稼業は、情報の正確さと、それを処理するスピードが肝心なのよ」

「ふう~ん。このエルフ二人、他に仲間がいるかなと思ってたけど、大丈夫かな――――!?」

「いやっ!! どうして!?」


 拘束され魔法を封じる魔法陣まで施されて、おとなしく付いてきているスノウとシエラ。彼らを見ると、二人とも脇腹を切り裂かれ、倒れ込むところだった。


「おいっ! しっかりしろ!?」


 二人とも出血がひどい。このままでは、数分で出血性ショック死だ。

 俺は溢れ出す血を両手のひらで必死に押さえつけた。ブレナは助けを呼びに走り出した。


 人通りの多い通りでの凶行。犯人の姿は見当たらない。すでに立ち去ったのか、それとも……魔法?


 だがジョン・バークワース商会の前だったのが幸いした。従業員たちが回復薬を大量に持ち出してきて、治療を開始したのだ。その中にはブレナの顔もあった。


「クソッ、こんな時でも、回復魔法はイーデン教徒じゃないと使えないってのかよ!!」


 俺が叫んだせいか、野次馬のように集まっていた人々の動きが止まった。


「何言ってんだ、あんたヒト族だろ?」「ヒト族なら、教会で祈ってれば回復魔法が使えるんじゃねぇの?」「まさか知らないわけないだろ?」


 などと聞こえてくるが、まさかの知らない情報だった。俺が使えるのは四属性の魔法のみだ。

 確かに俺は教会に行ったが、祈りは捧げていない。曖昧な空間やカツカレーに夢中で、そこまで気が回らなかったのだ。


「ゴフッ――」

「ガハッ――」


 回復魔法は後回しだ。ブレナと商会の人間がエルフの二人に薬を飲ませているが、吐き出してしまう。

 刃物が肺を傷つけたのかもしれない。


「こんにちは~! あたしに任せなさい!!」


 そう言って乱入してきたのは、修道服姿のマイア・カムストック。彼女は息も絶え絶えのエルフ二人を診察し、軽い口調で告げた。


「短剣で背後から切られているわね。これなら大丈夫。治療魔法ですぐに治るわ」


 マイアはそう言いつつ両膝をつき、両手を組んで祈りを捧げ始めた。

 祈りの言葉は良く分からないが、何かの呪文を唱えているように聞こえる。


『低ランクの治療魔法を解析しました。使用しますか?』

『使わなくてよろしい!』


 今まで使えなかった治療魔法を突然使ったら「お前使えるじゃないか」なんて言われかねない。

 マイアが呪文を唱え終えると、倒れているエルフの二人が白く輝いた。

 大量出血で青白くなった顔色は変わらないが、荒い呼吸は穏やかになり、すぐに寝息へと変わっていく。


「ふう、これで一安心ね。でも失った血は食事を摂らないと戻らないから、ちゃんと静養させてあげてね? あら、ソータさん?」

「……なんだよ。今さら気づいたのか?」


 俺は出血を止めようと、血まみれになっている。

 マイアは俺を見つけて、驚きの表情を浮かべたが、こいつはミッシーお気に入りの回復魔法使いだ。

 そのマイアが視線で俺に合図を送ってきた。


 高級店が建ち並ぶ、おしゃれな通り。

 俺たちの周りに集まった野次馬は、高級そうな服に身を包んだ紳士淑女たちだ。彼らは心配そうにエルフの二人を見つめている。

 その中に異質な空気を纏う、革鎧の人物が数名。彼らはおそらく冒険者なのだろう。


 マイアの合図は、これら冒険者のことを示唆しているのか?


「おい! こいつだぞ、バークワース商会の奥さんと息子を刺したのは!!」


 その中の一人の冒険者が俺を指差し、大声で叫んだ。

 野次馬から悲鳴が上がり、みんな慌てて逃げ出す。


 はめられた。


 そう思ってマイアを見ると、首を横に振っている。なぜもっと早く逃げなかったのか、と言いたげな顔つきだ。

 ブレナは、と姿を探すが、先ほどまでいた場所にはもういなかった。逃げ足の速さに感心する。


 周囲にいる野次馬冒険者たちが、武器を抜いた。

 練兵場にあったものとは異なる、刃の付いた武器だ。


 もう一度マイアを見ると、他の冒険者と一緒にエルフの二人を運んでいる。

 俺の擁護をする気は皆無のようだ……。


 犬獣人三名、猫獣人二名に俺は囲まれ、ジリジリと距離を詰められる。野次馬たちは輪を広げ、俺を逃がさないように取り囲んでいた。

 戦うか逃げるか。どちらにしても、俺が刺したという筋書きに変わりはないだろう。そもそも、これは仕組まれた罠。何をしようとも、俺の犯行だという結論に変わりないだろう。


 俺は腰を落として力を込めていく。戦うためではない。


『脚の筋肉が損傷中。至急リキッドナノマシンで回復します』

『おう、頼んだ』


 尻が地面に付きそうになるまでしゃがみ込み、俺はその力を解き放った。見た目は滑稽だろうな。カエルが飛び跳ねるようなジャンプだから。


 この通りの建物は景観を重視し、高さが統一されているため、周囲は全て五階建てだ。


 俺はその屋上へ着地する。

 十五メートル以上飛び上がったので、下からどよめきが起こっている。

 だがそんなことはどうでもいい。これからどうするかが問題だ。


『筋肉の修復が完了しました』

『ありがとな』

『どういたしまして~』


 汎用人工知能がどんどん人間らしくなっている。魔素や神威が関係しているとは思う。しかし性能が上がるのなら特に問題ではないだろう。むしろ歓迎すべきことだ。


「ん?」


 下から剣戟けんげきを振るう音が響いてくるので、顔を出してみた。

 そこには、俺に攻撃しようとした冒険者五名と、さっきまでいなかった冒険者六名が戦っている光景が広がっていた。

 街中での刃物沙汰。日本ではあり得ない光景だ。……いや、あるな。


 だがこの状況……。冒険者同士が対立しているということか?


 まあ、推測でしかない。とりあえず今できることは、逃げることだ。

 俺は再度脚に力を込め、隠れ家へ向かってジャンプした。



 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆



 つけられていないことを確認して隠れ家の前に立つと、背後から声をかけられた。


「あの場から、すかさず逃げたのは正解よ。欲を言えば、あの回復魔法使いが来た時点で逃げるべきだったわね」


 ブレナの声だ。つけられていたのか?


「無事で何よりだわ。お疲れさま」

「ちょっと待ちなさいよ」


 隠れ家に入らず、移動しようとすると肩を掴まれた。


「ここがエリスの隠れ家だってことは知ってるの。彼女とちょっと話をさせてちょうだい」

「……」


 ブレナは状況に詳しく、エリスのことも知っているのだろうか。隠れ家のことまで把握していたとなると、その可能性もある。


「あんたみたいな素人を尾行するなんて、朝飯前よ」

「……」


 おっしゃる通りです。汎用人工知能とリキッドナノマシンで強化された、ただの素人でした。


「黙ってないで中に入れてよ」


 いやいや、はいどうぞなんて簡単に入れるわけにはいかない。

 ここはあくまでも隠れ家なのだ。


「あら、ブレナちゃんお久しぶり~」


 ガチャッと扉を開けて顔を出したのはエリスだった。足元にはブラウニーのアリスが立っている。なるほど、この二人は本当に旧知の仲みたいだな。


「ソータはこの街に来たばかりだから、あたしの友人関係も知らないのよね。この狐っ子はブレナ。あたしの幼馴染よ? ささ、二人とも中へどうぞ」


「ふう……」

「どうしたにゃ? ため息なんかついて」


 エリス・バークワースの濡れ衣を晴らし、ジョン・バークワースの身の安全を確保する、という作戦は失敗に終わった。

 いや、俺がやらなくても、目的自体は達成されている。


「いや……ちょっとな」


 俺は結局、おごり高ぶっていただけなのだ。

 一人ではなーんにもできなかった……。

 ちくしょう……。

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