第13話 キツネと矢

 清掃が行き届いているが、薄暗さが支配する屋根裏部屋では、迫り来る矢を視認することは困難だ。一般的なニンゲンであれば。しかし、俺の目はスノウが放った矢を明瞭に捉えていた。

 狙いは俺の目だ。一撃で命を奪うつもりだろう。


 だが、そう簡単に命を落とすわけにはいかない。だから、眼に突き刺さる寸前で、矢をしっかりと掴んだ。


 静寂が屋根裏部屋を支配する。

 矢を放ったスノウは、目を丸くして驚いている。矢を掴まれるとは予想外だったに違いない。


 おごってはいないが、今の俺には飛んでくる矢を掴むことなど容易い。

 いや、避けるべきだったか……。やはりおごりがあるのだろうか?



 俺は他人の家に忍びこみ、屋根裏部屋に入った。それは異世界であっても、褒められる行動とは言えない。警告無しで攻撃されても、文句は言えないだろう。

 言い訳の一つでも考えておけばよかった、と思いつつ、現状の打破を図る。


「こんにちは。あんたたち、シエラとスノウだよね? 冒険者ギルドで、ここの娘、エリス・バークワースの捕獲依頼があってさ、そこの狐獣人と一緒に捜査してたんだ」


 嘘っぱちを並べる。

 ブレナを羽交い締めにしているシエラは、ちらりとスノウの方を向く。たしかスノウはシエラの連れ子だと聞いていたが、違うようだ。

 まるで上司に指示を仰ぐような仕草のシエラ。上下関係バレバレだぞ。


 俺の言葉は届かなかったらしい。そのスノウは、すでに別の矢をつがえており、まだ俺を射殺す気でいる。


「勝手に入ってきたことは謝る。とりあえずさ、エリスが行きそうな場所を知らないかな?」


 そうやって穏便に話を付けようとしていると、羽交い締めにされているブレナが行動を起こした。シエラと一緒に前転するように転がったのだ。


 ブレナはシエラの拘束を解こうとしたのかもしれないが、スノウの矢が放たれる。俺ではなく、ブレナに向けて。


「危ないなあ……」


 矢はブレナに刺さらず、俺が魔法で作り出した石のプレートに弾かれる。


 一応ここまで協力してきたブレナ。殺されるのを黙って見過ごすわけにはいかないでしょ。

 ただ、今ので交渉するような空気は、微塵も無くなってしまった。


 素早く俺の横に立つブレナ。

 シエラはスノウの後ろへ移動してしまった。


 二対二の構図となり、空気が張り詰める。

 俺はここで時間をかけるつもりは無い。



 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆



 狐獣人のブレナは、スキル〝幻中げんちゅう〟で姿を消し、ジョン・バークワース商会へ潜入した。目的は、商会の主であるジョン・バークワースの拉致。


 しかし、ブレナはソータと出会ってしまった。


 ブレナはソータも同じ目的だと思い、ジョン・バークワースの捜索を開始する。しかし、当の本人は、自宅にも屋根裏にもいなかった。


 そしてブレナとソータは、エルフ二人組によって窮地に立たされていた。


 ブレナは横に立っているソータをチラ見する。こんな状況なのに、まったく緊張していないどころか、口元に笑みを浮かべている。さっきは弓から放たれた矢を、軽々とつかんで見せた。何かスキルを使っているようにも見えないし、エルフの矢を素の状態でつかむ事なんて出来るのだろうか?


 ヒト族は狡賢く、力が弱い。だから群れて行動し、他を疎外して差別する。


 ただし彼はエリス・バークワースと一緒に、ベナマオ大森林を抜けてきた人物。

 ヒト族なのに、一緒に行動していた猫獣人を差別をしない奇特な奴だ。それに加え、ソータに不思議な魔力の流れを感じる。ブレナはそう思っていた。


 トライアンフで監視していた四人のヒト種。ヒロキ・サヤマたちと似た空気を感じるが、ブレナはそれとはまた違うものを感じていた。

 なぜなら、殺されそうになった獣人を助けようとするヒト種なんて、イーデン教以外で見た事がないからだ。


 ソータが使ったのは、魔法とは違う何か。詠唱もなく突然ブレナの前に石のプレートが現われて矢を弾く。


 彼はあたしを助けてくれた。ブレナはそう思っているのだ。


 ただ、状況に変化は無い。相対するエルフの二人は、完全にこちらを敵視している。スノウは矢をつがえ、シエラは呪文の詠唱を始める。


「話をする気は無いってか?」


 ソータがそう言うと、スノウとシエラの動きが止まる。


 いや、それだけではなく、二人の様子がおかしい。


 二人とも息が出来ないのか、胸をかきむしって苦しそうにもがきはじめる。


 何か言葉を発しているようだが、二人の言葉はソータとブレナには届かない。

 まるで何かに音を遮られてしまったかのようだ。


 その間にも異様な光景は進んでいく。


 スノウとシエラの眼球が飛び出しそうになっているのだ。


 二人は空気を求め、口をパクパクするばかり。


 このままでは、二人とも死んでしまう。ブレナはそう思って、ソータの方を見た。

 この状況を作っているのは、ソータに違いないと思ったからだ。


「殺すの?」

「……いや、やめとこう」


 ブレナの言葉に応じたソータは、使っていた魔法を止める。


「首の上だけ真空にしていくって、えげつないな……」


 魔法のなんたるかを知らないソータは、魔力を使ってシエラとスノウの首から上の空気を抜いていたのだ。

 一気にやると破裂することは分かっていたので、少しずつ空気を抜いていく。


 その効果は見ての通り。とてつもない苦しみを与えるものだった。

 ちょっと後悔している風のソータはもう一度問いかける。


 内容を変えて。


「ジョンの妻だったリリー・バースワークを殺害したのはお前たちか?」

「……」「……」


 その言葉に、二人は沈黙で応じる。


 しかし、次の瞬間、さっき見た光景の再来となる。

 ソータが二人の周囲にある空気を抜き始めたのだ。

 ただ、抵抗はしているようだ。


 目を閉じて口を塞ぎ、ソータが真空状態にしていく魔法を何とか凌ぎきろうとしている。


「死んだら何もかも終わりだぞ?」


 ソータがそう言うと、魔法の出力が上がる。

 閉じたまぶたから目玉が飛び出そうとし、唇の隙間から一気に空気が溢れ出す。

 そしてソータは唐突に魔法の効果を切る。


「次の質問だ。何故この商会の一人娘を追い出した。答えなきゃ今度は――」

「待って!! 言う。教えるからもうやめて!!」


 まさしく拷問という行為を平然と行うソータを見て、ブレナは恐怖していた。

 矢から守ってくれたことに感謝こそすれ、その矛先がこちらへ向いたらどうしよう、という気持ちで一杯になってしまったのだ。


 ブレナは震える身体を必死に隠し、ソータとエルフたちの会話を聞き始める。


 観念したエルフの二人は、つらつらと話し始めた。

 ジョンの妻、リリーを毒殺したのは、シエラとスノウ。その毒は、もう処分済みだと白状した。

 シエラは後妻として、ジョン・バークワース商会の資産を狙っていたという。

 それは命令されたもので、やるしかなかったのだそうだ。


 ただ、後妻に収まった後、すぐにジョンを殺害しても、一人娘のエリスがいるので、財産を全て手にすることは出来ない。

 そこで、エリスが王都へ荷物を運ぶ際、盗賊を装って襲撃をし、人的物的被害を大きく出すことにしたそうだ。


 事は思惑通りに進み、エリスは責任を取らされて奴隷落ち。

 父親のジョンは、奴隷とはいえ、娘を買い戻すことでまた一緒に暮らせると、高を括っているそうだ。


 やはりそうだったのかと、話を聞いたブレナは大きく頷いている。


「ふうん……で、続きは? ジョン・バークワースは生きてるか?」


 ソータの声で、再度緊迫した雰囲気となる。

 ただ、先ほどの空気を抜く魔法を警戒して、シエラとスノウは観念している。


「わたしは年齢が六十歳で、こっちのスノウは百十二歳。エルフが長生きなのは知ってるでしょ? ベナマオ大森林にあるエルフの里が、長引く戦争で財政難なの。わかる? エルフは長生きで、生き物としても優れているから、お金が要るのよ」


「何だその筋の通らない話は。長生きだろうが優れてようが、ヒトんちの財産をかっぱらいに来るなんて、どこに行ってもダメなことじゃないのか? 根底から理屈が破綻してんぞ? もう一度聞く。ジョン・バークワースは生きてるか?」


 シエラの言葉に、ソータは苛立ちながら答える。


「財政難は本当なんだ。このままじゃエルフの里が、ゴブリンに滅ぼされてしまうかもしれないんだ!」


 続くスノウの言葉を聞き、ソータはあごを上げて、眉間にしわを寄せる。

 二人を見下しながら、どこかのやからのような態度で、ソータは先を促す。


「ジョン・バークワースはどこにいる」


 横でドキドキハラハラしながら、話の行方を見守っているブレナは首を傾げる。

 物証は無いけど、この二人が自白したし、あとはジョン・バークワースに警告をして、この二人を衛兵に突き出せば、万事上手くいくだろうと踏んでいた。


 しかし、ソータはジョン・バークワースの生死に拘っている。

 ブレナはこれまでのソータの行いを見て、彼は尋問のプロでは無いかと思い始めていた。


 腕を組んで仁王立ちのソータ。エルフの二人に向ける視線は非常に険しい。


「仕方ない……。今度は、口から内臓が出るまでやってみるか……」

「わっ、分かった、話すよ。話すからやめてくれ」

「そっ、そうそう。ジョン・バークワースは生きてるわ! 別の場所にいるけど……」


 そこからエルフの二人が話し始めた内容は、少々重く複雑なものだった。

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