第12話 透明化

 佐山たちを追わなければならないことは分かっているが、これも約束だ。エリスの無実を証明するため、俺は動いていた。

 もちろんエリスは、精霊のアリスと一緒に隠れ家で待機している。

 髪の毛を切って色を染めても、近しき者であればすぐにエリスだと分かってしまうからだ。


 隠れ家を出るときに、エリスから地図をもらった。商会への道順を書いてくれたのだ。

 獣人自治区は人口が百五十万人の大都市で、それなりの広さがある。土地勘の無い俺がうろついても、地図無しだとジョン・バークワース商会を見つけることは出来ないだろうと言われた。


 エリスに渡された地図を広げる。


「こんな地図で分かるかああぁ!!」


 落書きのような地図を投げ捨てる。もちろん路上にあるゴミ箱に向けてだ。道行く人々は、俺がやった突然の奇行を見て、避けるように歩いて行く。


 仕方がないので聞き込みをすると、ジョン・バークワース商会の場所はすぐに分かった。さすが大店おおだなだ。


 ただ。これからやることは少々難易度が高い。


 一つ。エリスの母親を毒殺した薬を見つけて、持ちかえること。無いと思うけど。


 二つ。エリスが初仕事の時、盗賊の振りをして襲ってきた人物の特定、及び確保。これも証拠は残ってないだろう。


 三つ。ジョン・バークワースの身の安全を確保。できれば隠れ家に連れ帰ること。現実的なのはこれかな? 誘拐だけど。


 大前提として、自宅に誰もいないこと。


「ふう……研究室が恋しい」


 俺はこんな荒事をやる性格では無かった。首の後ろにある微かな出っ張りをさわり、クオンタムブレインが本当に埋め込んであるのか確認する。この中には俺が組んだ汎用人工知能が入っていて、身体の安全を確保しているのだが、性格のほうに影響が出ている気がする。


 おまけに、四つの属性魔法まで使えるようになった。詠唱とか知らないけど、イメージすることで魔法が発動するという状態だ。


 俺は今、その魔法を使っている。

 光学迷彩とでも言えばいいのだろうか。風の魔法で俺に当たる光を全て屈折させて、背後の光景が見えるようになっている。計算は汎用人工知能任せ。

 だから俺は今、透明人間になっているはず。自分の手足も見えなくなってるし。


 高級そうな店が軒を並べる通りは、お金持ちっぽい服装の人々が歩いていた。銀座を思い出すな……。歩いてるのは、ほとんど獣人だけど。


 そしてこれからエリスの自宅へ侵入するところだ。

 自宅といっても、お店兼になっていて、石造五階建ての大きな建物だ。エリスの話だと、最上階が住宅になっており、四階が事務所、店舗スペースは三階までとのこと。


 裏手にある大きな建物は倉庫らしく、警備が厳重になっている。

 正面の出入り口は、従業員やお客さんの行き来が多く、俺は彼らにぶつからないように細心の注意を払って移動する。まったく俺が見えていないようで一安心だ。


 店内はまるで百貨店。置いてある商品は武具が多く、生活用品は少なめ。そんなフロアを素通りしながら、上階を目指す。

 さすがにエレベーターは無いようだ。


 緩やかな階段は幅が広く、誰かとぶつかる心配も無い。

 そう思っていると、鳩尾みぞおちあたりに、何かぶつかる。誰もいないのに。


 誰かの手でペタペタと触られている?

 これは確実に、俺の前で透明になっている人物がいるな。


 負けじと俺も、前にいる人物を触ってみる。

 身長は百五十センチ程でエリスと同じくらい。頭の上に柴犬のような耳が付いているので、獣人だろう。


「おぶっ!?」


 いきなり肋骨辺りを殴られ、思わず声を上げてしまう。骨は折れて無さそうだが、かなり痛い。


「ねぇねぇ……あんた誰?」


 殴っておいてそれかよ、と思ったが、同じ透明人間仲間だ。自己紹介くらいしておこう。周囲の階段は誰もいない。


「ソータ・イタガキだ」

「えっ!? ……ああ、エリスの件で来たのね。あたしもそうなの。ちょっとの間でいいから協力しない?」


 すごい軽い口調で言っているけど、エリスの件だと?

 俺が分かるのは、目の前にいる女の子が、頭の上に犬っぽい耳があるので獣人だろうという事だけ。ただ、この子は俺のことを何か知ってそうだ。

 それで協力を申し出たのか?


「あたしはブレナ。よろしくね。あと、耳を触ると嫌がる人多いから気を付けてね? ……ほら行くよ。あんたの冒険者証が取り消しになったのは、ここに住み着いてるエルフ二人と、ギルマスのせいなの」


 割と強引に話を進めるんだな。


「お、おう」


 ブレナと名乗った透明獣人は、俺の名前を知っている。おまけに随分と状況に詳しい。俺の冒険者証が取り消しになったのは初耳だけど。

 ウソをついているようには聞こえない。まあでも、疑いだしたらキリが無いってのも確かだ。

 俺はブレナと名乗る透明獣人に手を引かれて、階段を登り始めた。



 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


 昼間で従業員の出入りが多いせいなのか、鍵のかかった扉はなく、簡単に四階の事務所を突破し、五階にあるエリスの自宅前に辿り着く。

 だが、とても豪華な自宅玄関には鍵がかかっている。

 まあそりゃそうだ。


 困った。どうやって中に入ろう。


 ――――メキッ


「これで入れるよ」

「……お、おう」


 透明獣人ブレナが、ドアノブをねじ切る。金具が引きずり出され、ただの扉になってしまう。チビっこいのに力が強いんだな。

 今のでまあまあな音がしたけど、誰かが来る気配は無い。


 俺たち二人は、差し足忍び足でエリス宅へ侵入。中には誰もいないようだ。

 ジョン・バークワースは仕事で出ているのだろうか。一番可能性の高いジョン・バークワースの確保が、真っ先に不可となる。


 玄関は広く、大理石っぽい磨かれた石で造られている。天井にはこの世界で初めて見る、透明なガラスを使ったシャンデリアがぶら下がっていた。


 リビングも広い。ただ、毒薬や盗賊につながる資料をこんな場所に置いておくわけが無い。

 ただなぁ……、リビングをあわせて、部屋が十二カ所もある。

 金持ちの家は広すぎて、掃除が大変そうだな。


 なんてことを考えつつ、カウチをひっくり返し、机の引き出しを開けまくる。お決まりの隠し場所である壁に掛かった絵画を外しても、何も無い。台所の収納庫も覗いてみたし、各部屋で何か隠せそうな場所は全て調べた。


「自宅に証拠品を置いておくわけが無いか……」


 四つん這いになったまま、しっちゃかめっちゃかになったエリス宅を眺め、俺は一旦退却を考える。


「ソータ、こっち来て」

「ぴゃっ!?」


 お互いに透明になっているので、ブレナが近くに来ていることに気付かなかった。耳に吐息がかかる距離で、そんなこと言わないで欲しい。変な声でたし。


 何かに集中していると、気配なんて分からないものなんだな……。

 ブレナに手をつかまれ、廊下を進んでいく。


「この天井に魔法陣があるの分かる?」

「ああ、ぼんやりとだけど、なんかそれっぽいのが光って見えるな……」

「これ、魔法陣で隠蔽された入り口だと思うの。この上に何かあるはずよ」

「魔法陣?」


 それっぽいのは冒険者ギルドにたくさん彫ってあったな。


「……説明は後。あたしはこれ解除できないから、ソータがやってみて?」


 そう言われてもな。と思いつつ魔法陣を眺める。


『解析が完了しました。解除しますか?』

『え、んじゃお願い』


 汎用人工知能が魔法陣の仕組みを理解して、その効果を解除するのかどうか聞いてきた。戦闘技術、魔法、今度は魔術や魔法陣も使えるようになったのか?


『いいえ。これは天井裏へ行かせないため描かれた魔法陣です。もっと理解するには、たくさんの資料を見る必要がありますので、よろしくお願いします~』


 す~。って言われてもなぁ。魔法陣なんて、たぶん学校や図書館に行かないと見られないと思う。もしくは書店か? というか俺の思考を読んでるね?



『解除します。少し下がってください。三、二、一』


 汎用人工知能がそう言うので、手をつないだままのブレナを引っぱって、廊下を移動する。


 ――――バチッ


 すると魔法陣から火花が見えた。


「……何をしたのよ?」

「さあな? でも穴が空いたぞ? とりあえず屋根裏へ行こう」

「え、ええ。それなら、ソータが踏み台になってね」


 魔法陣が無くなった場所には、四角い穴が空いているだけだった。階段などはなく、屋根裏が見えている。

 高さは約三メートル。透明なちびっ子獣人では登れないだろう。


 しかし、踏み台だと?


 …………まあいいか。


 屋根裏への入り口の下で、俺は四つん這いになる。ブレナは、ペタペタと俺の身体を触りながら、背中に乗って立ち上がる。

 グリグリと気持ちいいけど、この子体重が軽いな。ちゃんと食べてるのかな?


 などと考えていると、勢いよく踏み込んでジャンプしやがった。

 ま、まあ、痛くないよ?


 ゴソゴソと天井裏に消えていくブレナの姿を目で追い、俺は勢いよくジャンプして屋根裏に身を投じる。そこは驚くほど清潔な屋根裏部屋だった。埃一つなく、常に手入れが行き届いていることが明らかである。


「ん~ん~っ!!」


 するとそこには、羽交い締めにされた狐獣人と、その背後にいるエルフの男女二名が立っていた。

 狐獣人はたぶんブレナ。早くも猿ぐつわをされ、話せないようにされている。俺に対して視線で何かを訴えているが、さっぱり分からない。


 ただ、この状況。俺が触ったのは柴犬の耳ではなく、狐の耳だったという事は分かった。ブレナは狐の獣人だった。

 まあそれは置いといて、ブレナは天井裏に入った瞬間、拘束されてしまったのだ。


 聞いていた情報が正しければ、男エルフはスノウで、女エルフがシエラ。長命種だからなのか、二人とも年齢の差が感じられないほど若々しい。おまけに美男美女。


「ん?」


 透明化していたのに、魔法が解けている。何かされたのだろう。ブレナはこの事を言いたかったのかな?

 俺の姿が確認できているからなのか、男エルフのスノウが、弓を引いて構える。狙いは俺。


「あんたにゃ怨みはねえけど、死んでもらうよ」


 そう言ったスノウは、俺に向けて矢を放った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る