第11話 レギオン
街中を移動しながらエリスの話を聞くと、練兵場の雰囲気と、俺のことが怖くて泣いていたそうだ。俺が怖い? そう思ったけど、エリスが泣くほどの事はこれまで無かった。つまりよっぽどだったのだろう。
完全に無意識だったので、気を付けなければと思い、俺はエリスに平謝りをする。
エリスの隠れ家は、人通りの少ない路地裏にあった。木造二階建ての一般的な家屋で、小さい庭は整備されている。
鍵を開けてエリスと一緒に入ると、誰もいないのに埃一つない綺麗な玄関が出迎えてくれた。
「掃除されてるな。管理人がやってんの?」
中に入り部屋を見渡しながら言うと、何かに脛を蹴られる。皮が薄くなっている骨の所を蹴られたので割と痛い。下を向くと、こちらを見上げてぷんすか怒っている子供がいた。
「あんたが管理人か。俺はソータ。よろしく――いてっ!」
「あたしゃ管理人じゃない! この家を守るアリスだよっ!!」
また蹴りやがった。しかしなんだ、身長三十センチの小人までいるなんて、やっぱ異世界だな。
「その子は、あたしの隠れ家を管理している精霊ブラウニーにゃ。あたしの血で呼び出したから、繋がりが強いにゃ。ソータはちゃんと言うこと聞くにゃ~」
精霊? このチビっこいのが?
でもエリスをそのままチビっこくしたら、こんな風になるんだろうな、と思えるくらい似ている。ネコ耳や尻尾まであるし、エリスと精霊ブラウニーは何か関係があるのだろう。
ああ、そう言えば昨日の夜、エリスは精霊に祈りを捧げていたな……。
「そっかそっか。ごめんね? エリスの隠れ家をいつもきれいにしてくれて、本当にありがとう」
「にゃはっ!」
しゃがんでアリスにそう言うと、彼女は俺の膝に抱きついてきた。
チョロいな。小猫のようだ。頭を撫でると、彼女は目を細め、満足そうな表情を浮かべた。
「よかったら、家の中を案内してくれないかな?」
「うんっ、いいよっ!」
属性多めのアリスだが、俺にそっちの気は無い。爪を立てて俺によじ登ってくるのが地味に痛いけど、ここは我慢。
「あたしアリス! よろしく~! キッチンを案内するね!!」
「ああ、俺はソータ。よろしくな」
アリスを肩に乗せてキッチンへ向かう。流し台とか色々ちっこいな……アリス用なのか?
うろうろしていると、エリスが服を持って現われる。俺に着て欲しいそうだ。男物の服が隠れ家にあるって事は……。まあいいや。
革靴に紺色のパンツと白いシャツ。この街でよく見る服装だ。
やっと裸足から解放される……。
さて、佐山を殺せって話は置いといて、まずはエリスの冤罪をどうやって晴らそうかね……。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
熊獣人のフィリップ・ベアーはソータたちと別れて、自身の根城である建物へ入っていく。
そこは獣人自治区最大の
トライアンフはフィリップ・ベアーを頂点としたトップダウンの組織で、構成員は二千人を超える。団長であるフィリップのようなSランク冒険者は少ないが。
ここは向かいにある冒険者ギルドより小ぶりな建物なので、大人数は入れない。しかし、獣人自治区各所にレギオン所有の建物が数多くあり、そこに冒険者たちが分散して寝泊まりをしていた。
対抗するレギオンもあるが、大きな仕事はほとんどトライアンフへ回されるので、とても羽振りが良さそうだ。
広いホールには巨大な木製テーブルがあり、トライアンフの幹部十六名が集まっている。しばらくすると狐獣人ブレナが、フィリップに声をかける。
「どうだった?」
「ああ、あの服装といい、慣れない力の使い方も、あいつらそっくりだ」
「てことは?」
「異世界人だろうな……軽く探ってみたが、ヒロキとの関係はわからん」
「だけどさフィリップ、これまで来た異世界人は、魔法もろくに使えない奴らばっかり。だけど今回は違うでしょ。やっぱ何か起こってるんじゃない?」
「まあ、サヤマたちは、何も問題を起こさず、街を出たようだからほっとこう。王都パラメダに行くみたいだが、何をしにいくのやら」
そんな会話の中、扉をノックする音がする。
入ってきたのは冒険者ギルドの受付であるヒツジ獣人、テイラー・シェリダンだった。
先ほどソータと会話したときは笑顔だったのに、今は眉間にしわを寄せて機嫌が悪そうになっている。
「ギルマスが、ソータたちの冒険者証を取り消したわ……」
「は? 何でよ?」
寝耳に水とばかりに、ブレナが食って掛かる。冒険者証を発行したときに一緒にいたフィリップもしかめっ面になっている。
「差別主義者め! また嫌がらせか? ――――いや、待てよ?」
感情のこもったフィリップの声は、このホールに集まった全員に聞こえていた。
ミッシー・デシルバ・エリオットは、もともとベナマオ大森林の南部を支配するエルフの族長である。彼女の年齢は百六十歳を優に超えている。
ソータが遭遇した西の族長ゴヤが指揮するゴブリンとエルフの間では、昔から紛争が絶えない。
なぜそんな人物が、獣人自治区の冒険者ギルドを統括しているのか。
それは、前任のギルドマスターが謎の死を遂げたためだ。
その結果、冒険者ギルドは新たな指導者を求めていた。そして、その重責を担うことになったのは、現役のSランク冒険者であり、数々の偉業を成し遂げたミッシーだった。
しかし今となっては、前任ギルドマスターの不審死は事故ではないだろう、とフィリップたちは考えている。
ミッシーは人格者の振りをした、差別主義者。冒険者ギルド本部に言われただけで、素直に獣人自治区へ来る人物ではない。
何か思惑があるはず。
彼らはそう考えていた。
様々な種族が共存する獣人自治区は、固い結束で知られている。だが、その結束は獣人同士に限られる。
ただ一つの例外が存在する。それはイーデン教の教会に仕えるヒト族である。彼らは治癒の力を持ち、獣人たちもこれを認めざるを得ない。イーデン教の教義が影響しているのか、ヒト族が獣人に対して差別を行わないことも、大きな理由の一つだ。
確かに錬金術による薬剤製造も可能だが、それは獣人にとって苦手な分野。故にイーデン教のヒト族は、獣人自治区にとって不可欠な存在となっていた。
しかし、ヒトやエルフ、ドワーフのような他種族は、しばしば獣人を見下し、差別する者が多い。獣人が奴隷として使役されることも少なくない。
そんな中、サンルカル王国は、散在する獣人を一箇所に集め、自治区として隔離した。これは保護の名を借りた行為だった。
何も変わらない。ニンゲンとしての生活において、何一つ違うところはない。
獣人たちは、この状況に対して不満を深めているのだ。
自治区から外に出ることは出来る。
しかしその為には、厳重な審査のある通行許可証が必要だ。
自由に動けるのは、自治区内とベナマオ大森林だけ。他の街道は関所が設けられ、そこを通る獣人は全てチェックされるのだ。
「嫌がらせといってもさ、ソータはヒト種だよな? 何であいつまで冒険者証が取り消しになるんだ? エルフのギルドマスターから差別されるのは、一緒にいた銀髪の猫獣人、エリス・バークワースだけじゃないのか?」
フィリップの声に、ホールにいる者たちが頷く。扉の近くにいるヒツジ獣人のテイラーもそうだ。
「ん? テイラー、ちょっと待て……。エリス・バークワース? 彼女の冒険者証は持ってるか?」
フィリップは自分の言葉に違和感を持ったようだ。
「え、ええ、処分される前に持ってきましたよ!」
鼻息荒く、フンスといいつつ、テイラーは二人の冒険者証を出す。
「銀髪になってるけど――これはっ!! 奴隷落ちしたエリスじゃねぇかっ!? おいおい……こりゃぁ、エリスが舞い戻ったって事か? てことは、奴隷商ギルドが冒険者ギルドに、エリスの捕獲依頼を出すことになる……。いや待て……父親のジョン・バークワースは、エリスを庇っていたな」
「あら本当ね~。髪の毛短く切っちゃってかわいいわ~。銀色に染めてるし。というか今頃気づいたの? フィリップ……」
テイラーに渡された冒険者証を見て、驚愕の表情を浮かべるフィリップ。その背後から、狐獣人のブレナが覗き込んでニマニマしているのは、初めから気づいていたからだろう。
「なあブレナ、エリス・バークワースの捜索依頼は、前回トライアンフ全体で断ったよな?」
「ええ、エリスが盗賊に襲われて、三人殺したときのでしょ? あんなに分かりやすい遺産泥棒に気づかないほどバカじゃ無いし、なんで被害者のエリスを殺さなきゃいけないの、って話し合ったよね」
「あの依頼を、目の色変えて俺たちに受諾させようとしたのは、ギルマスだったな……。エリスがこの街にいると分かったら、奴はまた殺害依頼を出すぞ」
フィリップとブレナは視線を合わせ、同時に頷いた。
新任のギルドマスター、ミッシー・デシルバ・エリオット。
ジョン・バークワースに取り入って再婚した、シエラと連れ子のスノウ。
三人共に、ベナマオ大森林からやって来たエルフだ。
今回の冒険者証再発行を阻止したのは、エリスが獣人自治区内で大手を振って歩けないようにするためだろう。その間に、ギルマスはエリスを殺害するため、トライアンフでは無い別のレギオンに依頼を出すはず。
そうしなければ、エリスはいずれ自宅へ帰ってしまうことになるからだ。
そうなると困るのは、財産狙いのシエラとスノウ。
「つまり、エルフの三人はグルって事か……えげつねぇな。しかし、ジョン・バークワース商会の資産はでかい。エルフの奴らは金に目がくらんだか、もしくは……」
「こっちも動いた方が良さそうね? ジョン・バークワースが殺される前に」
フィリップの言葉にブレナがそう応える。
「よし。先にジョン・バークワース本人の確保を優先で動くぞ。生きたままでだ。もちろん本人から、たっぷり謝礼をいただく! それを邪魔するやつは全て倒せ。事が済んだら、ここに集合だ。これはトライアンフ全員に通達。手の空いている奴らは、全て動員だ。わかったな!」
フィリップ・ベアーの声で、テーブルにいる幹部十六名は一斉に返事をし、あっという間に姿を消していく。
「あはは~、あたしどうしましょ?」
冒険者ギルドの職員であるヒツジ獣人のテイラー・シェリダンは、立場上レギオンの武装蜂起とも取れる行動を見過ごすことはできない。
しかし、この状況を一人でどうにか出来るとも思っていなかった。
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