第10話 無手の戦士
ソータたちが冒険者ギルドの裏手から出てきた。練兵場はサッカー場ほどの広さがあり、冒険者たちは自己鍛錬に励んでいた。しかし、今は慌てて駈け寄ってきていた。
ソータたちを見物しに来た野次馬だ。ほとんどは冒険者だが、練兵場の周辺にある家から見物に来た獣人たちまで集まって、随分と盛り上がっている。
意外なのは、今日来たばかりのソータに多くの声援が送られている事だ。
先ほどちょっかいをかけていた犬獣人の三人も来ているが、これは別。かなり汚い口調でソータに野次を飛ばしている。
そんな事は気にせず、草も生えていない足元を確認しているソータ。
これまで長い間使われてきたのだろう。戦いの場は土なのに、踏み固められてコンクリート並みになっていた。
「ソータくん、君から相手をしよう」
ミッシーは自前の防具を着用し、ソータは冒険者ギルドから貸し出された簡易的な防具を着込んでいる。裸足だけど。
「……分かりました」
ミッシーはソータと向かい合い、練兵場にある闘技施設のまん中に立っている。
とはいえ、リングがあるわけでもなくロープもない。地面に白線で描かれた円の中で戦うのだ。直径は約二十メートル。
「スキルや魔法を使ってもいいが、急所への攻撃、
だから彼女に来てもらったんだ、と言いたげに、ミッシーは回復魔法が使えるマイアに視線を向ける。
円の外にある大きな木箱の中に、様々な武器が乱雑に入れられている。しかし、ソータがそこに近づく気配は無い。
そもそも彼は、武道の武の字も知らないただの科学者なのだ。ただし、この世界へ来る前に、リキッドナノマシンによって、全身が強化されている。
「取りに行かないのか?」
「武器は使わないんだ」
ソータは武器が使えないどころか、触ったことすらない。しかし、弱みを見せない為に、言い方に工夫をしたようだ。
「そうか……。そちらが無手なら、私は弓を使うのを止めておこう。ただし得意な、レイピアとマインゴーシュは使わせてもらうよ」
ミッシーは移動して、木箱の中にあるレイピアとマインゴーシュを手にする。
レイピアは両刃で細身の片手剣で、マインゴーシュは短剣。双方共にミッシーの言うとおり刃が潰されているが、刺す事は出来る。
「二刀流か」
ソータはそう呟きながら円の中心で動かず、ミッシーが戻るのを待つ。
「口数が少ないね。緊張してるのかな? 知っているとは思うけど、降参の意思を示すか、戦闘不能になる、もしくは白線から出ることで決着だ」
戻ってきたミッシーは、軽い口調でソータに話しかけるが、返事は無い。緊張しているというより、何かを抑えている雰囲気だ。
「まあいいや。これは果たし合いじゃ無いし、殺し合いでも無い。君たちのランクがどれくらいなのか試させてもらうだけの試験だ。気楽に、とは言わないけど、いつもの実力が出せるように頑張ってねっ」
ねっ、のタイミングで、ミッシーは目にも留まらぬ速さで、ソータへ肉薄する。
右手のレイピアは、上段からの振り下ろし。
左手のマインゴーシュは、ソータの腹を目がけて突きを放っていた。
すぐさま右足を引いて、上段と中段の攻撃を避ける。
そのすれ違いざま、ソータは右フックを放つ。
ボクシングでいうレバーブロウは、ミッシーの革鎧の上から肝臓へダメージを送った。
ミッシーは返す刀で、マインゴーシュの突きを放ってきたが、ソータは背後に飛んでそれを
二人の間に距離が空くと共に、一瞬の間が生じる。
ミッシーの様子がおかしい。
「――ごふっ!? い、つの間に」
ミッシーは驚いた顔と共に、口から血の泡を吹き出して片ひざを突く。
肝臓だけでなく、消化器官もしくは肺にダメージがなければ、口からあんなに血は出ない。
肝臓を狙ったけど、そんなにダメージ食らったの? と呟くソータ。
「驚いた……。魔力の動きは感じられなかった。何かのスキルかな?」
ヨロヨロと立ちあがりながら、ミッシーが探りを入れる。何をしたのだと。
ミッシーの腹部は、拳の形に凹んでいるのだ。
汎用人工知能のおかげで、どう動けばいいのか分かる。ソータはその事を自覚している。
獣人自治区に来るまで、奴隷商、コイルサーペント、ワイルドボア、クマ、オオカミと戦い、汎用人工知能は戦闘技法を学んでいる。
その技術を、汎用人工知能は惜しげもなく使っていた。ミッシーを殺さないように。
ソータは戦闘に集中し、風のように動く。
水のように流れに逆らわず。岩のように硬く防御し、反撃は激しく烈火のごとく。
ミッシーも負けじと反撃をしていく。
練兵場では、とんでもない戦いが繰り広げられていた。
横から薙いできたミッシーのレイピアは、ソータの膝と肘で挟まれ、たたき折られる。しかし、ミッシーは腹部を庇いながらも、マインゴーシュ一本でソータに斬りかかる。
動きが鈍くなったミッシーを見て、ソータはたたみかける。
ミッシーの踏み込むタイミングで、軸足の膝に前蹴りを放ったのだ。
――――メキッ。
ソータの左足はカウンター気味に入り、ミッシーの右膝が逆に曲がってしまう。
その瞬間、ミッシーは獣のように吼える。脳天から突き抜けるような痛みを感じたのだろう。
ソータは軽くステップを踏みながら、まだ倒れないミッシーの側面へ回り込む。その表情は冷たく、人を害する
「合格でいいですよね?」
トントンと円を描くように動きながら、ソータはミッシーへ語りかける。
「――バカな。私が……私がこんな
ソータの声はミッシーに届いていない。劣勢なのがショックなのか、ブツブツと独り言を繰り返している。
「一応成人してだいぶ経つんですけどね? 参ったとは言わないんですか?」
――――ドッ。
ミッシーの背後から、ソータのローキックが決まる。背後から卑怯だとか、そんな事微塵も気にしていない様子。右の大腿骨が真っ二つに折れ、ミッシーは再度、獣のように吼える。
「何をムキになってんのか知らねぇけど、さっさと負けを認めろ」
「ぐっ、ぅうう……」
片足で立つミッシーの目には、まだ闘争心が残っている。
一方的な戦いになり、周囲の野次馬は静まり返っていた。
「はぁ……試験だから恨みっこ無しだぜ?」
ソータはそう言って、ミッシーの右側頭部へハイキックを放つ。
それを避けようとするミッシー。
ソータはその動きを読んでいた。
そして、ソータのハイキックは、ミッシーの側頭部へ吸い込まれていく。
このままでは殺してしまう。そう思ったソータは、脚の軌道をずらし、顔の側面を蹴る。
ソータの足の甲が当たった瞬間、ミッシーは意識を飛ばし、投げ捨てられた人形のように勢いよく転がっていく。止まったのはぎり白線の内側だ。
しんと静まり返る練兵場。
ソータは遠くから聞こえる街の音が、やけに大きく感じていた。
「お、おい! ギルマス死んだぞ!!」「さすがに死んでは無いんじゃね?」「おっ、動いた」「あ、マイアのやつ、回復してやがる!」「ほっとけっつーの!!」
それも束の間。ギャラリーたちが騒ぎはじめた。
「おう、あんた強えな」
ソータの背後から声をかけてきたのは、熊の獣人だ。魔物の熊ではない。
そもそも獣人は、ヒトとそっくりで、身体的な特徴が動物に似ているというだけなのだ。
だから間違えようもない。
「……」
「そう警戒すんなって。ギルマスは無事だ。あれくらいで死ぬような玉じゃない。俺はフィリップ・ベアー。フィリップと呼んでくれ」
フィリップは手を出した。
ソータは訝かしげな顔で握手をする。
「ソータ・イタガキ。ソータって呼んでくれ」
「ソータか、よろしくな! ははっ、しかしギルマスがあのザマじゃ、銀髪の嬢ちゃん、二回戦は無しだろうな。おーい! 嬢ちゃん、あんたも一緒に冒険者ギルドに行くぞ!」
フィリップは大声でエリスを呼んで、ソータたち三人は冒険者ギルドへ向かった。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
フィリプを先頭にして冒険者ギルドに入ると、騒がしかった屋内はしんと静まり返った。
いや、正確にはボソボソと話をしている。もちろん俺の耳はそんなの逃さず、聞き分けていた。
「あいつSランクのフィリップじゃね?」「最近みなかったけど、帰ってきたのか?」「死んだって聞いてたぞ?」「あのヒト族、さっきの奴だよな?」「しっ! あいつのレギオンに、とやかく言うな」
そんな会話で、フィリップがどんな立場なのか、少しだけ分かった。レギオンがいまいち分からないけど。
一緒に歩くエリスも、ぴくぴく耳を動かして聞いているみたい。だいたいの事情は察しているはずだ。
フィリップは俺たちに構わず、ズカズカと受付に行って、ヒツジ獣人のテイラー嬢に話しかける。
「テイラー、試験は終わった。後ろの二人はAランク相当の実力だ。もしかしたらSランクに届くかもしれないほどの実力者だったぞ?」
「えっ!? そうなんですか!!」
「そうだ。この目で見たから間違いない。ギルマスはしばらく動けなさそうだから、先に冒険者証の発行を頼む」
「は、はいっ。フィリップさんがそう言うのなら、大至急作ります」
エリスは何もしてないぞ?
と言うより、テイラーとギルマスのやり取りより、こっちのが仲がいい。ちゃんとした信頼関係があるというか、毎度こんな感じなんだろうな。
冒険者証の発行には少し時間がかかるというので、後で取りに来る事となった。
俺とエリスは、右も左も分からないまま、Aランク冒険者となったのだ。
「よし、お前ら付いてこい」
フィリップはそう言って、俺とエリスを冒険者ギルドの外へ連れ出す。マイアは練兵場で本職の治療魔法をギルマスに使っていて、こちらには気を払っていない。
なので俺たち二人は、フィリップに同行することにした。
「行かないにゃ……」
エリスは俺の袖をつかみ、フィリップに聞こえないよう小声で伝えてくる。顔を見ると、涙と鼻水でぐにゅぐにゅになっている。
どうしたんだろう?
「フィリップ。すまないけど、こっちの用事を済ませてからでもいいか?」
「あ? ああ、もちろんだ。俺たちは冒険者ギルドの目の前にある建物の中に居るからな。まあ後で!」
フィリップは片手を上げ、長い犬歯を見せて笑いながら去って行った。
「さて、色々聞かせてもらおうかエリス」
「分かったにゃ~。隠れ家に行くにゃ……」
俺たち二人は他の冒険者をかき分けながら、外へ出る。
エリスは、えぐえぐ泣いたままで、冒険者たちから注目を集めていた。
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