第8話 謎の素粒子

 お腹すいたにゃ、と言いながら歩くエリス。俺は後ろを付いていきながら、明るくて暗い空間にいた美女の事を考える。


 あいつは俺の名前を知っていた上に、佐山を殺害しろと命じた。


 性格は短気で、何らかの力で物理的に口を塞がれてしまった。


 何かに苛立っているようにも見受けられた。


 セキュリティプログラムは異常を検知していない。


 つまり、誰かがハッキングして、クオンタムブレインに割り込んでいないし、AR拡張現実VR仮想現実を見せられたわけでもない。


 錯覚でも、幻覚でも、妄想でもないのだ。


 口にリキッドナノマシンが集まってきている事で、現実に何かされた事を確信できる。


『解析に時間かかりそうか?』


『はい。発見した素粒子は魔素と性質が似ていますが、似て非なるものだと分かりました。しかし、完全な解析結果が出るまでには、少々時間が必要です』


 俺は口の周りに、魔素と違う別の何かを感じている。微妙な違和感だ。


 別に唇がタラコになっているわけではない。


 こっちの世界に来て、リキッドナノマシンが魔素を取り込んだことで、魔法が使えるようになった。考えただけで魔法が使えるから危ないけど。


 その感覚に似ているから、今回も何かを取り込んだっぽいな。


 それより、さっきの美女は女神様で、俺の口を塞いだのは、神の力じゃないかと思えてきた。そんなもの実在するのか?


 いや、異世界はあったし、魔法もある。それなら女神がいてもおかしくはないか。


 うーん……、量子物理学や人工知能を学んだ科学者だとは思えない思考だ。


 謎の素粒子が、女神の使った神の力だと仮定すると、さっきの曖昧な空間や、いきなり口を塞がれたことの辻褄が合う。飛躍しているとは思うけど。


 リキッドナノマシンはもしかして、その素粒子を取り込んでいるのか?


 少しずつ頭が整理されていく。


「ごめん、トイレどこ?」


「あたしも行くにゃ。ちょっと泥を落としてくるにゃ!」


「あっ、すみません気づかないで。そこの角を曲がった先にあります」


 マイアは柔らかい物腰で教えてくれる。


 トイレに入り、他に人がいない事を確認をした。エリスはもちろん別のトイレだ。


 ただ、トイレの中が、日本と似ていることに驚いた。


 床と壁はタイル張り。陶器の洗面所には、水道の蛇口と鏡がある。個室の方には、いわゆる洋式便器が置かれており、水洗になっている。


 奴隷商人の言葉を思い出す。「あんたみたいな服装の奴らが、稀に居るとは噂で聞いている」そんな事を言ってたな。つまり、以前から地球のヒトがこの世界に来て、こういう技術を広めているのだろう。


 ひとまずそれは置いておこう。今は謎の素粒子が先決だ。


『サバイバルモードに変更』


『了解しました』


 俺の思考を邪魔しないように、バックグラウンドで動いている汎用人工知能から返事があった。


 俺の考えが正しければ……。


『解析が完了しました』


 身体を守ることが最優先になる、サバイバルモード。


 どんな影響があるのか分からない素粒子を取り込んでいるのなら、真っ先に調べるはずだと思ったが、案の定だった。


『どんな性質の素粒子だ?』


『性質は魔素の完全上位互換です。謎の素粒子に仮の名前を付けますか?』


『何だっていいよ、分かりやすければ』


 汎用人工知能は俺の言葉を聞き、謎の素粒子に〝神威かむい〟と名付けた。


 素粒子っぽくないなと感じたが、神の威だと考えると、それもそうかと納得した。


『さて、俺の口がを塞がれたことや、意識が白い部屋へ移動した事も、神威が原因か? あと、神威を使って何か魔法みたいな事出来る?』


『魔素の上位互換なので、可能性は高いです。先ほどソータの意識が途切れていたのは確認済みなので。しかし、神威で何かの現象を起こすなら、安全確認の為、実験が必要です』


『実験……? 具体的に何やればいいのか思い付かないな。魔法の事すらよく分かってないのに。まあいいや、助かったよ。サバイバルモード解除、通常モードへ移行してくれ』


『了解しました』


 魔素を取り込んだのは二日前の深夜。おそらくこの世界に来た瞬間からだ。


 そのあと、ちゃんと魔法が使えたのは今日。


 神威を取り込んだのが今日なら、同じくらい様子を見ないとだ。


 トイレから出ると、エリスはきれいさっぱり。シャワーで泥だらけの身体を洗ったみたいだ。俺は結局、トイレで汎用人工知能と話していただけだった。



 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆



 マイアを先頭に食堂へ入り、メニューを見た瞬間、俺は文字が読めなかった。


 しかし、ジッと見つめていると、汎用人工知能が翻訳をはじめ、文字が読めるようになった。


「カツカレー? 何だこりゃ?」


「見た目は○んこみたいだけど、美味しいにゃ」


「うん○じゃないです~。この街の名物料理ですよ~。騙されたと思って食べてみて下さいね~」


 言い方からすると、ぽっと出の商品ではなさそう。腹も減ったし、とりあえず食べてみよう。


 注文をしてしばらくすると、スパイシーな香り漂うカツカレーが俺の前に出された。


 ヤバい! 香りからして当たりだこれ。


 スプーンを取り、白米とルーのあいだに差し込む。


 まだわからない。不味い可能性もある。


 だから小量をすくい取り、口へ運ぶ。


 むっ!!


 これは!?


「うまい!!」


 思わず声が出てしまったが、どうでもいい。


 次は、更なる高みへつながる組み合わせを試す。


 ルーと白米に、カツを出会わせて口へ運ぶ。


「――――!?」


 声にならない心の叫びを放ってしまった。


 うまい!! うますぎる!!


 もちっとした白米に絡むルー。


 そこで、カリカリの衣をまとったカツをかみ締めると、ザクッという歯応えと共に、肉汁があふれ出す。


 三つの味がそれぞれを高め合う、奇跡の組み合わせ!


 このうまさは、人生カツカレーランキング第一位に間違いない!!


「ソータ、泣いてるにゃ……」


「行き倒れですものね……。よほどお腹がすいていたんでしょう」


 そんな声を聞いて、ふと我に返る。


 俺の向かいに座る、エリスとマイアは呆れ顔で俺のことを見ている。


 つか、ほんとに泣いてるな俺。


 まあ美味しかったのは事実だし、別にいいや。


 この世界には、地球から訪れた人の形跡が残っている。


 それは奴隷商やエリスが聞いたという異邦人の噂話や、トイレの内装、そしてカツカレー。


 いつ来たのか、今でも居るのか、もう居ないのか、まったく分からない。そのヒトたちは、地球に帰れたのだろうか……。帰れなかったのなら、この世界に定住してしまったのかもしれない。


「ソータさん、カツカレーはこの辺りで採れる香辛料と、森のワイルドボア、それにお米を使った、獣人自治区自慢の郷土料理なんですぅ~!」


 ふと気づいた。


 森で遭難して行き倒れ、という設定なので、お金が無ければ身分証も無い。元々無いのだが。


 その辺を話すと、食事代は無料。元気があれば、冒険者ギルド組合で身分証を作ればいいと言われた。いやほんとに助かる。


 というか、冒険者ギルド?


 あれか。ランク分けされた冒険者が、切った張ったの荒事で生計を立てていくやつだ。たぶん。


 お金ないし行ってみるか。



 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆



 教会を出て、三人で冒険者ギルドへ向かう。


 さっきはリヤカーだったので、薄目を開けて空しか見れなかった。だから今見るとこの街の大きさが分かる。


 幅が五十メートルはありそうな石畳の直線道路。地球と同じように、馬車が走る路と歩道が分けられていた。


 中央分離帯まである。馬車が正面衝突しないように、きっちりと交通ルールが定められているようだ。


 周囲の建物は、木造や石造が入り交じり、雑多な感じを受ける。


 キョロキョロしながら歩いていると、一際大きな建物が見えてきた。


 エリスは自慢気に、あれが冒険者ギルドだ、と紹介してくれる。


 学校にある体育館のような建物だが、中は空洞ではないみたいだ。


 正面の入り口から、三人そろって入る。


 すると、ガラの悪そうな冒険者に、いきなり絡まれてしまった。


 ああ、クソだりぃ……。

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