第7話 胡散臭い女神との邂逅

 俺の身体は、リキッドナノマシンで強化されている。岩の上に直に寝転がっても、全然平気なのだ。

 そして、俺の体内を流れるリキッドナノマシンは、この世界の魔素を取り込み、魔法が使えるようになった。


「反省してるように見えないにゃ」


 そのせいなのか、身体の代謝は早く、食べ物をエネルギーに変換する効率もニンゲンを凌駕する。

 つまり、食べ物さえ食っておけば、疲れ知らずで魔法使い放題ということだ。

 いや待てよ。魔素の供給は足りるのか? ゲームでもMPが切れると魔法が使えなくなるじゃないか。


「ね~ソータ、聞いてるの? あたし怒ってるにゃ!」


 だから眠ったとしても、数十分で済むはずだった。

 しかし、昨晩は色々と考えているうちに熟睡してしまい、夜番の時間になっても目覚めなかったのだ。


 そのせいで俺は現在、岩の上で正座をさせられている。


 いや、起こせよ! とも思ったが口にしない。

 そんなの、火に油を注ぐ行為だ。ぷんすか怒っているエリスを激昂させてしまう。


 しかし、強化された俺に、正座なんざ効かん! ふははは!


「やっぱソータ、反省してないにゃ!」

「いや、反省してるよ?」

「なーんか、ウソくさいにゃ!」


 エリスの怒りがなかなか収まらないので、話を逸らそう。


「そう言えば、その髪の毛どうしたんだ?」


 茶色だったネコ耳と尻尾、髪の毛に至るまで銀色になっている。肩まであった髪の毛は、ベリーショートに切りそろえられていた。


「森にある染料を使ったの。変装しなきゃ、あたしはすぐにお縄にゃ……」


 獣人自治区の人口は、約百五十万人だと聞いている。この世界の人口がどれほどなのか分からないが、大きな都市には違いない。なので、そうそう簡単には見つからないんじゃないかと聞くと、町の衛兵にはきっと人相書きが出回っているはずで、これくらいしないとすぐにバレてしまう、とのことだった。


 しかし、髪の毛だけで、こうまでイメージが変わるとは。

 俺は少しの間、エリスに見惚れてしまっていた。


 ただ、髪の毛をどうやって切ったのか不明だ。ワイルドボアを解体するとき、リキッドナノマシンをナイフにしていたが、他に刃物やハサミはない。俺とエリスは手ぶらなのだ。

 それとなく聞いてみると、はぐらかされてしまった。


 ぶっとい鉄格子をひん曲げた怪力の事もあるし、エリスは何かスキルを使っているのだろう。



 その後は朝食を摂り、獣人自治区を目指して出発した。ちゃんと後片付けをして、野宿した場所はきれいにした。


 移動の最中、クマっぽい魔物や、狼っぽい魔物に襲われたが、魔法を使って撃退した。

 やはり、リキッドナノマシンが魔素を取り込み、魔力に変換しているようだ。この世界に来て丸一日経っただけなのに、考えただけで、地火風水、四属性の魔法が使えるようになっていた。


 エリスは、大きな目をさらに大きく見開いて驚いている。


「教えてないのに、ちゃんと魔法が使えるようになってるにゃ! しかも、基本のウィンドカッターであの威力!? それなのに、ほとんど魔力が動いてないのは何でにゃっ?」


 にゃにゃにゃー、と言いながら右往左往している。

 拳に魔力を集めて熱を持たせるのは、近距離戦になるので効率が悪い。


 四属性のうち、森の中で使えそうな攻撃魔法は風属性かな、と思って使ったら正解だった。だが、威力の調整を考えていなかったため、ウィンドカッターと言われた魔法は、クマの魔物だけでなく、背後にある巨木を何本も倒していき、切り株だらけの広場を作ってしまった。


「やっぱりおかしいにゃ」


 小声でエリスは呟き、頭の上にある猫耳をペタンと塞いだ。

 聞くと、獣人は魔法が苦手で、スキルの方が得意だという。エリスももれなく、魔法が苦手だそうだ。


 どんなスキルなのか聞いてみると、それはマナー違反にゃ。犯罪者じゃないとスキルは明かされないにゃ! そんなの常識にゃ! と言って怒りだした。


 いや、この世界の常識を教えるって話はどこ行った、と思ったが、まあいい。一つ賢くなったのは確かだし。スキルを詮索するのは、マナー違反っと。

 あの怪力や髪の毛を切ったのも、何かのスキルなんだろう。



「なあ、山脈って言うから、山越えをすると思ってたんだが、なんで谷を進んでんだ?」


 俺は疑問に思っていたことを口にした。

 森の中から正面に見えていた岩壁のような山は、いつの間にか両脇にあるのだ。


「本当なら山越えにゃ」

「うん?」


 本当じゃないと言うエリスの答えに、追加で疑問を覚える。


「秘密の通路を通るのは、近道だからにゃ。命の恩人にもう一度お願いするにゃ。あたしは獣人自治区で、母親殺しと積み荷泥棒になっている。濡れ衣を晴らすためには、パパとソータの助けが必要にゃ」


 エリスはどうやら、奴隷商の追手をまいた事、コイルサーペント、ゴブリンの大部隊、クマや狼の魔物から守った事に、恩を感じているようで、目に涙を浮かべている。


 初めて会ったときは、糞尿まみれで威嚇してきたのに、しおらしくなっちゃってもう。


 エリスを利用する思惑もあったが、気の毒すぎて有耶無耶になりそうだ。ここに来るまで、この世界の常識をある程度教えてもらったし。エリスがいなければ、俺はまだ奴隷の町で燻っていただろう。


「俺もエリスに助けてもらってるからな、できる限りやってみるよ。まだ勝手が分からないけど」


 そう言うとエリスは涙を拭きながら、少しだけ笑顔になった。


 まあでも、実母の毒殺、継母の出現、義理の弟の策略だもんな。エリスの父親が経営する、ジョン・バークワース商会の財産狙いとはいえ、あからさますぎて笑えない。獣人自治区の治安というか、警察的なものは何やってんだと言う話だ。


 エリスが不憫すぎる。ちゃんと助けてあげよう。そんな気持ちにもなる。

 ただし、俺が何をしに来たのか忘れはしない。本来なら、佐山たちの足取りを探すのが優先事項だが……。


「で、でも、ソータはここまであたしを助けてくれた。これ以上は迷惑にならない?」


「細かいことは言うな。ギブアンドテイク。それでいいんじゃないか?」


「ぎぶあんどていくって何のことにゃ?」


「俺とエリスは、持ちつ持たれつって事。色々教えてもらって感謝してるよ。だから、ちゃんとエリスの無実が証明できるように頑張る」


 エリスの大きな瞳が、もう一回り大きくなり、涙があふれ出した。

 やっぱ不安だったんだろうな。昨日会ったばかりの俺に、無茶振りしてるもん、この子。


 それからは、エリスの足取りも軽くなった。

 俺が何とかすると信じて、疑ってもいなさそうだ。チリチリと痛む胸の痛みは、俺がまだヒトの心を持っているのだと信じよう。



 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆



 検問所が見えてきた。

 あそこを通過しなければ、獣人自治区には入れないので、バレないようにエリスは泥をかぶっている。


 俺たちが街道を使わず、裏口である森の方からやってきたので、衛兵が槍をクロスして通せんぼした。

 他にここを通ろうとしているニンゲンはいない。人通りが多いのは、街道がある方なのだ。


「お前たち、めちゃくちゃ怪しいな。臭えし汚えし妙な服装だし、森の中を裸足で歩いてきたのかおめーは!」


「森に帰れ。ここは獣人自治区だ。臭ぇヒト族の来る場所じゃない。もう一人は何だ? 森で暮らす野生の犬獣人か? お前も帰れ、汚ぇし!」


 何も言っていないのに、けんもほろろに断られた。ひどい言われようで、なんか悲しい。

 通せんぼしているのは、犬と狐の獣人二人だ。全体的な見た目はヒトなので、耳と尻尾で判断するしかない。

 金属製の立派な鎧を着込んだ彼らは、牙を剥いて俺とエリスを威圧しはじめた。


「す、すいません。迷ってしまい、命からが……ら」

「お、おなかがすいた……にゃ」


 俺とエリスはそう言って、パタリと倒れ意識を失った。ふりをした。



 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆



「うほ、成功した」

「成功はしたけど、ソータの芝居が芋すぎて、笑いそうになったにゃ」


 俺たち二人は荷車に寝かされ、診療所に運ばれている最中だ。もちろん目は閉じたままこっそり話している。


「芋ってなんだよ? そんなときは大根じゃないのか?」

「大根ってなに?」

「この世界にはないのか……大根」


 小声でそんな事を話していると、どうやら到着したようだ。


「急患だ。頼んでいいか?」

「ええっ!? こっちのヒト死んでないですよね?」

「死んでない、行き倒れだ。森で迷って食ってないから、そう見えるんだ」


 俺が死んでいるように見えるのは、身体の代謝を極限まで落としているからだ。調整はマインドフレームの汎用人工知能に任せている。


 そんなやり取りがあり、俺たちは診療所という名の教会へ運び込まれた。

 イーデン教の教会だ。この世界の魔法で唯一、回復魔法が使える宗教団体でもある。


 その後、俺たちは久々のベッドに寝かされ、治療が始まった。

 衛兵からの報告が、何も食ってないというものだったので、おそらく体力を回復する魔法を使うのだろう。


『ん?』


 魔法を使われた瞬間、明るくて暗い曖昧な空間に立っていた。意識を集中していないと、心が煙のように拡散していきそうになる。ここはどこだ?


『こんにちは、ソータ』


 俺から少し離れた位置に、薄手の白いドレスを着た、長い銀髪の美女が立っている。


 このヒト誰? めちゃくちゃ美人だが、人間離れ過ぎてまるでお人形さんみたいだ。

 洋風の顔立ちはやさしげで儚い。ふさふさまつげがチャームポイントなのかな?

 それに気づくと、なんだかとてもかわいい女の子にも見えてきた。


『あなたは、ヒロキ・サヤマたちを追ってきたのですね?』


 自己紹介もしないで本題かよ。


『佐山の事知ってるなら教えてくれないか? そもそもここは何処なんだ? その前にさ、あんた誰?』


『質問が多いですねソータ。黙ってなさい』


 美女の言葉で俺の口が無くなった。物理的に。鼻の穴は無事なので呼吸はできるが、これも何かの魔法か? 言葉だけでこんな事ができるなんて、さすが異世界。


『ヒロキ・サヤマは、現在獣人自治区に潜伏中です。旅支度をしているので、逃げられる前に速やかに殺害をお願いします』


 は? 殺害しろだ? 俺は佐山たちを捕まえに来ただけで、殺す気は無いぞ?


『あーうるさいっ! 黙ってなさい! あなたは私の言うとおり動いて! お願いしますね? 異世界人のソータ・イタガキ』


 心を読まれたのか? 俺の名前まで知ってるし、さすがに人外すぎやしないか?

 それと、美人のくせにこの態度。たまにいるよな。モテすぎて、自分中心に世界が回っているように勘違いしてる奴。


『そのもの言い、後悔しますよ?』


 ヤバい、マジで心を読まれてる。

 すると別の声が聞こえた。



 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆



「はいっ! 回復魔法完了ですぅ~! 元気になりましたか? 何か食べますか? お腹ペコでしょ? 教会内に食堂があるので、ご案内しますよ~」


「……あれ? いまの美女はどこ行った」


 ベッドから身体を起こし、周囲を確認する。

 大きな窓は開かれ、白いカーテンを揺らしながら暖かい風が入ってくる。清潔なベッドが並ぶ室内。塞がれた口は元に戻っていた。


 エリスは隣のベッドから、俺の顔をジッと見つめていた。


 曖昧な空間ではない。ここはきっと運び込まれた診療所だ。

 どこかへ移動していたとは考えにくいので、クオンタムブレインに割り込んできた何かという事か?

 ハッキング? ローテクな世界だと思っていたが、そうではないのか……?


「美女!? あたしの事ですか? あたしの名前はマイア・カムストックです。まだ助祭ですが、回復系魔法は得意なのでよろしくお願いします!!」


 自己紹介をしたマイアは、ぺこりと頭を下げた。

 いや美人だが、こいつは修道服姿でヒト族だ。さっきの曖昧な空間にいた美女とは違う。


「もう立てるはずです~。はいはーい、食事に行きますよ~。二人ともあたしに付いてきて下さ~い」


 今日はまだ朝飯を少し食べただけ。いまいち状況が飲み込めないが、遠慮なく食事を摂らせてもらおう。


 その前に、口の周りに集まってるリキッドナノマシンが動き回って、ムズムズする。こいつらは何やってんだ?


『ソータ、口の周囲に、未知の素粒子を発見しました。現在解析中です』


 汎用人工知能の声が頭の中で聞こえた。お前までソータ呼びかよ!


 てか何、未知の素粒子って。めっちゃ気になるので、確認しに行こう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る