第6話 森の語り部、ゴブリン族長との出会い

 太陽が沈み、周囲が瞬く間に闇に包まれる。見通しが悪化するや否や、その隙を狙っていたかのように、何者かに包囲されてしまった。


「ソータ! あれはゴブリンにゃ! 単体なら弱いけど、数が多いから逃げよう」


 ゴブリン? エリスはそう言うが、周囲には数え切れないほどのゴブリンが取り巻いている。ネズミ一匹通さないというほどに、暗い森の中に大量に潜んでいるのだ。


 これほどの数に、今まで気づかなかったのは、音を立てない何か特殊な方法があるからだろう。影から影へと移動する様子は洗練されており、俺のような素人でも一目瞭然だ。ゴブリンたちが訓練を受けていることは明白である。


 つまり、命令できる者がいて、こいつらは組織だった行動をしているということだ。


「ぐげ……げげげ……」


 ゴブリンの笑い声が聞こえてくる。


「ぐげえげ、ぐげぐげ……少ない……ぐげ」


 少ない? また翻訳しているのか? 汎用人工知能を組んだのは俺だが、さすがに性能が上がりすぎていると思う。


「ぐげ……族長、どうしますか? ニンゲンがこんな奥地で森の獲物を捕ると、図に乗ってまた来ますよ?」「こいつらは森を突っ切って、獣人自治区に向かっている。日が暮れてそこで寝るつもりみたいだが、仕方がない。死んでもらおう」


 おいおい、おっかねぇな……。


「おーい、あんたが族長さんなのか? 俺たちは余計な争いをしに来たわけじゃない。そっちの予想通り、俺たちは獣人自治区を目指しているだけだ。勝手に獲物を捕っちまって悪かったが、多すぎて食いきれないと思うんだ。ワイルドボアの肉は、そっちとこっちで分けないか?」


 うおっと、いきなり話しすぎたかな? ゴブリンたちがざわつき始めてしまった。


「ちょっと、ソータ、それどこの言葉にゃ? 今居るのはゴブリンよ、ゴブリン! あのゴブリンよ?」


 エリスがなんかパニクっている。あのゴブリンと言われても、どのゴブリンなのか知らんわ。


「エリス、ちょっと静かにね」

「うっ……うん、分かったにゃ」


 実際目の前に潜んでいるのも、エリスがゴブリンと言わなければ分からなかった。だが、会話ができるのなら、交渉してみる価値はあるはずだ。


 ガサリと藪を分け、俺たちがいる広場に出てきたのは、装飾品をたくさん身につけたゴブリンだ。綿のような素材の貫頭衣かんとういを着ている。


 たぶんこのゴブリンがリーダー格だろう。ただ、奴隷市にいた人々の服装と比べると、随分と文明レベルが違って見える。


「ヒト族の男、どうして我らの言葉が解る?」


「さあ? 何となくだ。まあでも、互いに言葉が解るなら、争わない為の交渉もできるよな? 俺たちをいきなり殺すなんて言わないでくれよ?」


「交渉か……。それなら、初めてヒトと交渉をすることになる。お前たちを殺さない代わりに、誠意としてそこのワイルドボアを半分もらっていくぞ」


「もっとたくさん持っていってくれ、俺たちだけで食いきれない。というか、これで交渉成立か? ゴブリンと争う気は元々ないけど」


「交渉成立でいいだろう。こちらの兵は引かせてもらう。今後この森でゴブリンに出会ったら、ワシの一族が使う角笛を吹いてくれ。それでお前が言う、争いをしなくて済む」


 族長と呼ばれたゴブリンは、黄色い歯を見せてニカッと笑い、小さな角笛を投げ寄越した。暗がりでも受け取れたのは、強化された視力のおかげだ。角笛がちょっと臭うが我慢しよう。それより、話がこじれなくてなによりだ。


「俺はソータだ。よろしくな」

「ワシはゴヤ。このベナマオ大森林、西の族長だ」


 お互いに手を差し出し、固く握手を交わした。エリスといいゴブリンといい、こんな文化が地球と同じだとは少し意外だ。


「また会うかもしれないが、そんときは土産を持っていくよ」

「ああ、楽しみにしているぞ。――それと、そこの獣人には気を付けろ。最近キナ臭い噂を聞くからな。……ではさらばだ」


 ……気を付けろ? キナ臭い? 獣人てエリスのことだよな? まあでも、話が早くて助かる。去っていく族長は、俺と比べて身長があまり変わらない。黒髪黒目で、手も足も二本ずつ。肌が少し緑っぽくて、犬歯が長い。頭の上にある二つのコブのようなものは角なのか? ざっと見た感じ、いわゆる子鬼と呼ばれるような見た目だった。付き従っているゴブリンは、身体の大きさが族長より小さく、小学生ほどしかない。


「ゴブリンと争わずに話まとめちゃったにゃ~」


 エリスの声は少し震えている。これまで交渉も何もできなかったのなら、獣人との争いも多かったのかもしれない。それで気を付けろと言われたのだろうか?


 俺が切り分けたワイルドボアは、ゴブリン四人組が半分ほどの肉を申し訳なさそうに持ち帰った。


 大勢いたゴブリンの気配が、少しずつ遠ざかっていく。そもそも、これだけの数を組織的に動かせるのなら、意思の疎通が可能な言語があり、かつしっかりした命令系統がなければ運用できない。そう考えて交渉したが、どうやら正解だったようだ。


 ゴブリンたちの気配がなくなると、エリスが大声を上げた。


「ちょっと!? ソータ何やったにゃ!?」

「あー、うるさい。耳元でわめくな」


 エリスはネコ耳と尻尾をピンと立て、俺がゴブリンと交渉したのが信じられないと言い始めた。服をつかんで、ワッサワッサと揺さぶってくる。


 そもそもゴブリンと会話ができる人なんていない。ゴブリンが話せることも分かっていなかったのよ。と、エリスは矢継ぎ早に述べる。


 だから俺は、魔法とかスキルがあるんだよ。と誤魔化した。


 が、これがいけなかった。


 どんな魔法なの? 噂でしか聞いたことがない言語魔法が使えるの? スキルで念話を使える友人がいるけど、それですらゴブリンとの会話はできなかったのよ? 異世界の魔法って、どんなのがあるの?


 と、輪をかけて質問攻めに遭った。


 だから俺は、異世界人だから何故か言葉が解る、という少し苦しい言い訳をしてしまった。人工知能が翻訳したなんて言おうものなら、余計に話がややこしくなるし。


 それでも何か秘密があるんだろうと、エリスは引き下がらなかったが、食事をすると言って、強引に話を打ち切った。


 汎用人工知能の性能は、想定以上となっている。言語能力もそうだが、抑えきれないほどの力を感じるのは、そのせいなのか。俺の性格まで変わってなければいいが……。



 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆



 串焼きだけの予定だった夕食は、エリスのおかげで鍋料理が追加された。ゴブリンたちが持ち去ったとはいえ、俺が解体したワイルドボアは、中々の量がある。残すのもあれかなと思っていると、エリスがワイルドボアの肉を持って、岩の上に置いた。


 そのままエリスは膝を突き、手を組んで祈り始めた。


「ソータも精霊に祈るにゃ」

「……精霊?」

「ちゃんとしないと悪戯されるにゃ~」

「……マジ? 分かった」


 この世界には精霊も居るのか……。俺もエリスの真似をして、同じ格好をして祈りを捧げる。と言っても、信仰しているわけでもないので恰好だけだ。


 しばらく無言の時間が続く。……ん? エリスの中に、別の小さな気配を感じる。目を閉じているエリスをジッと見つめると、胸の辺りにその気配があることが分かった。


 これが精霊なのか? しばらく無言の時間が続き、祈りの時間は終わった。


 俺の視線に反応せず、エリスは料理を取り分け始めた。何か不思議な感覚だったが、まずは食い気だ。


「旨いなこの串焼き! 串じゃなくて木の枝だけど!」

「その枝は、塩をため込む性質があるから、夜営では重宝するにゃ。いい塩加減に仕上がってよかった」


 料理を褒めると、エリスはニヘラと照れ笑いを浮かべた。森の植生は地球と似ているが、性質は全然違うようだ。塩をため込む植物なんて聞いたことがない。マングローブでさえ、葉っぱから塩を出して、成長を阻害しないようにしているというのに。


 まあそんなに難しく考えるのはやめよう。エリスが作った鍋は絶品で、俺はいただく命に感謝しながら食事を済ませた。


 食後の片付けを終えて星を眺めていると、隣にエリスが座った。


「ねえ、ソータ、ゴブリンと話せるヒトがいるなんて、聞いたこともないにゃ。それに、コイルサーペントを倒したの、あれは何なの?」


「まだゴブリン語のこと気にしてるのか?」


「ゴブリンもだけど、コイルサーペントが何であんなになったのか聞きたいにゃ! 魔力で殴ったように見えたけど、魔法なの? スキルなの?」


 子供のような仕草で、上目遣いをするエリス。いや、十五歳だから、やっぱり子どもだ。


「どっちなんだろうな? たぶん魔力を使って殴ったってのが近いと思うが、魔法じゃないと思う」


 地球ではすでに魔法が使えるヒトがたくさんいる。SNSで拡散した動画は、フェイクでないと言われていたし、魔素と反魔素の対消滅で、物理法則がねじ曲げられたという報道もあった。


「えっ? どういうこと? あたしたちはね――――」


 エリスによると、この世界には魔力が漂い、それを体内に取り込んで魔法を使うのだという。素粒子という考え方は無さそうだ。この世界の人々は、生まれたときから魔力に触れているので、成長すると自然に魔法が使えるようになるらしい。もちろん得手不得手はあるみたいだ。


 基本の属性が四つ、地火風水があり、属性魔法として使用される。他には、光と闇があり、これは使える人が少ないそうだ。そして、回復魔法、治療魔法、解毒魔法、再生魔法といった、医療系統の魔法もあるそうだ。ただ、その魔法はイーデン教の信者しか使えないという。


 宗教絡みか……。でも信仰がなければ使えない魔法なんて、どういう理屈だろう? 魔法は素粒子の対消滅ではなく、神が実在するとでも言うのか?


 医療系の魔法は、イーデン教の主神である女神様への信仰が欠かせないらしく、街にある教会は診療所として機能しているらしい。


 まあ、俺は地球産のヒト族だ。女神様を信仰しても、回復系の魔法は使えないだろうな。


 そう思いながら、指先に炎を灯した。これが魔法なのか分からない。しかし何でもいいさ。この力のおかげで、牢を脱出し、コイルサーペントやワイルドボアを倒したんだ。


 ただなぁ……。異世界くんだりまで来て、俺は佐山たちの足取りを探せているのか? エリスに逃げた四人の特徴を伝えても、ピンときていないようだったし。この世界に逃げ込んだ地球の人間を探すというのは、砂漠で無くした色違いの砂粒を探すことと同意だ。


 勢いだけで来てしまったが、あまりにも考え無しの行動だった。


「どうしたの? ションボリしちゃって……」

「これからどうしようかなと思ってな」


 岩場に寝転んで考え込んでいると、エリスが俺の顔を覗き込んできた。


「魔法もスキルも教えてあげるから、元気出して! あたしのパパ、教えるの上手いにゃ!」


 そういうことではない。と言いかけて踏みとどまった。エリスはエリスで、ウジウジしている俺を元気付けようとしてくれているのだ。


 よしっ。前向きに行こう。


「というかさ、エリスが教えてくれるんじゃないの?」


「んっふっふ~。あたしは人に教えるのが下手くそだと定評があるにゃ! 魔法もスキルも、訓練あるのみにゃ!」


「スキルは練習すると身につくのか?」


「そうにゃ! とにかく反復練習のみにゃ! 神様に認めてもらうにゃ!!」


 わざわざ立ちあがって両手を腰に当て、踏ん反り返りながら言うエリス。どうして自慢気なのだ、この子は。


 そんな会話の中で分かったのだが、ビジネススキルや、コミュニケーションスキル、という意味のスキルではない。エリスが言っているのはゲームで使うスキル、いわゆる特殊技能だ。


 信じがたいことだが、スキルを取得するには、とにかく練習あるのみだそうだ。その練習が目的のスキルに合っていれば、いつの日か使えるようになるらしい。要は修行が必要ってことだ。そんな暇ないけど。


「まあいい。もう寝るぞ」

「は~い。あたしが最初に見張るにゃ~」


 ゴブリンたちは去ったが、魔物の襲撃は別で警戒しなくてはならない。


「魔物が嫌う香を焚いておくにゃ」


 エリスはどこから持ってきたのか、たき火に枝をくべ始めた。シナモンのような香りが漂いはじめる。甘く心地いい。こんなにいい匂いなのに、魔物はこれを嫌うのか……。


 俺はあっという間に意識を手放した。

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