第5話 森の中の異世界人

 体長二十メートルはある大きな蛇は、しっかり俺たちふたりを視線で捕らえている。


 後戻りしても奴隷商が居るので、面倒になるだけだ。だから逃げる気は無い。


 いや、そんなのウソだ。


 そんな事どうでもいい。俺はいま、この有り余る力を解放させたかった。



 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆



「あれはコイルサーペントにゃ。とりあえずゆっくり後ろに下がる――あっ!? ソータ、待つにゃ!」


 風のように駆け出したソータは、木々を避けながらコイルサーペントへ近づいていく。エリスは木に隠れつつ、ソータの動きを観察する。


「スキルを使っているようには見えないし、魔力の動きも感じないにゃ。それなのにあの素早さ……あのヒト族、少しおかしいにゃ?」


 異世界人だと聞いたが、見たのは初めてだ。異世界はあんなニンゲンばかりなのかと、エリスは慄いていた。もちろんソータが殺られたら、逃げる気満々である。


 一方、ソータはお構いなしに突進していく。昨日までは研究室に籠もる、一介の院生だったのに。コイルサーペントはすでに臨戦態勢。巻き付いた木から降りて、ソータに牙を剥いているが、少々様子がおかしい。


 コイルサーペントは、逃げる獲物を追うのが狩りだと思っていた。この森に住み着いて三百年もの間。しかし、躊躇ためらいもなくみずから食われに来る獲物なんて見た事が無い。そんな躊躇ちゅうちょを見せるコイルサーペントに、ソータは肉薄する。


「――熱っ!?」


 ソータは魔力で拳を白熱化させるも失敗。瞬時に熱の方向を反転させ、自分が燃えないように調整した。


「おっしゃ成功!!」


 千度を超える熱は、ソータの拳を燃やすこと無く、外に向けて熱を放っていた。ばく大な魔力を感じたコイルサーペントは、たじろいで一瞬動きを止める。ソータはその隙を逃さず、コイルサーペントの頭部をぶん殴った。


 とてつもない力と、魔力を含んだ熱で殴られたコイルサーペントは、顔がぐしゃぐしゃになって吹き飛ばされていく。白熱化した拳で殴ったとしても、本来ならその部分が焦げる程度なのに、どういう訳なのか、コイルサーペントの頭部全体が黒焦げになっていた。


 ソータは首を傾げながら、コイルサーペントに近づく。


「何だこれ?」


 一発殴っただけで、コイルサーペントは瀕死の状態になっていた。


「熱が広がってる?」


 ソータが殴った箇所から、炭化した焦げ目が広がっていく。焼き焦がされていくコイルサーペントは死を悟り、近くの川に向かってノロノロと逃げ出した。全身が真っ黒になり、ボロボロと炭をまき散らしつつ、逃走するコイルサーペントを見つめながら、ソータはボソリと呟いた。


「熱した針の応用だったんだけど、今のも魔法なのか?」


 コイルサーペントが見えなくなり、しばらくすると川の方から大きな水柱が立った。いつの間にかソータの近くに来ていたエリスが、呆れた声で言う。


「今のは何にゃ? 急にめちゃくちゃな魔力を感じたにゃ!」


「魔法を意識したらこうなった」


「魔力の塊で殴ったように見えたにゃ……。そんな事出来るの?」


「よく分からないな……」


 エリスはため息をつきつつ、コイルサーペントがどうなったのか確かめるため、川に向かって歩き始めた。しばらくすると、大きな川が見えてきた。コイルサーペントは、その川に浮かんで流れていくところだ。少し動いているので、まだ死んではいない。


「ありゃもう攻撃してこないだろ……とりあえず出来るだけ進もう、暗くなる前に」


「分かったにゃ!」


 ソータの声にエリスは元気よく応えた。向かいに見えていた山の麓に辿り着くと、空はオレンジ色に染まっていた。へとへとになっているエリスは、化け物のような体力を持つソータが不思議でならない。


 ここまで来るのに、動物と魔物に三回遭遇した。一回目は、この森でも強力な魔物と言われる、コイルサーペント。しかし、ソータはそれを簡単に倒してしまった。


 次に現われたのは、ワイルドボア。野生のイノシシだ。ただ、これには少し苦戦していた。軽トラックほどの大きさがあり、その突進力は、ソータの白熱化した拳でどうにかなる相手ではなかったからだ。


 しかし、直進を繰り返すワイルドボアを避けながら、ソータは火の魔法を使った。もちろん本人は無自覚で。その魔法は、まるで火炎放射器。ワイルドボアはあっという間に黒焦げになってしまったのだ。


 そんなソータを見ていたエリスは怒り散らかす。ワイルドボアは食用として重宝されているのに、どうして食べられないようにしちゃったのかと。ションボリするソータを見ながら、エリスは少し笑みを浮かべた。


「次ワイルドボアが出たら、黒焦げは無しにゃ~」


「ああ、分かった」


 そして、小さめのワイルドボアと遭遇した。食用だと教わったソータは、牢屋で使ったリキッドナノマシンの針を応用した。ちゃんと食べられるように。突進してくる行動は同じだったので、ソータは針を伸ばして、ワイルドボアの額を貫通。脳を破壊して、ほぼ即死という手際の良さに、エリスは舌を巻くしか無かった。


「ソータ、そろそろ晩ご飯の準備をするよ?」


「そうだな。それと寝床の準備もしなきゃな」


 そう言いながらエリスは、ソータが引きずっているワイルドボアをジッと見つめている。小さいと言っても、重さは二百キロを下らないだろう。エリスは不思議でならなかった。ソータの持つ身体能力の高さと謎の力が。


「近くの川で水浴びしてくるにゃ」


 ドンヨリとした顔で自分の力不足を感じつつ、エリスはソータから離れていく。逃げるわけでは無さそうだ。しばらくすると、さっぱり小綺麗になったエリスが帰ってきた。頭の上のネコ耳と尻尾はきれいになり、顔に付いた泥も落ちている。


 とてもかわいい顔立ちだ。着衣こそ汚れが落ちきっていないが、清潔な服に着替えれば、また一段と見違えるはず。ソータはそう思いながら、ジッと顔を見つめている。


 大きな目は少しつり上がり、気が強そうに見える。茶色の瞳と長い茶髪、スレンダーな体型で筋肉質。そんな彼女が日本にいれば、男性からのアプローチは尽きないだろう。


「いてっ」


 ソータの脛を蹴飛ばしたエリス。いい笑顔で目が笑っていない。


「変な目であたしを見るにゃ」


 語尾がにゃ、なので、見るな、見ろ、どちらとも取れるので、ソータは少し困惑していた。なので汎用人工知能の翻訳機能を調節しようとしたが、何故かアクセスを拒否されてしまう。


『翻訳してるエリスちゃんの言葉、かわいいでしょ?』


『……』


 汎用人工知能なので、そこらの人工知能との性能とは段違いなのだが、ソータはこんな反応をする人工知能を組んだわけではない。ニンゲンの命令を無視できるという事は、ニンゲンを害することも出来るという事だからだ。だからその辺りのプロテクトは念入りに行ったはずだった。


『まあいいや。あんま反抗すんなよ?』


『は~い』


『……』


 まるでニンゲンのような返事をする汎用人工知能に呆れていると、ソータはエリスに肩を叩かれた。水浴びの時に拾ってきたのだろうか。エリスは大きな鍋に水を汲んできている。


「ほら、そこのワイルドボアを捌くか、火を起すかどっちかやってよ。あたしは、薪拾いにいってくるにゃ」


「お、おう。んじゃ俺はこいつを捌いてみるわ」


 鍋を置いて薪拾いに行く最中、エリスは考えを改めなければと感じている。正体不明の異世界人だが、魔物と恐れずに戦い、エリスを守った。ワイルドボアが食料だと教えると、ちゃんと食べられるように仕留めた。


「ヒト族は嫌いだけど、実は聞き分けのいい、いい奴にゃ?」


 エリスはソータに心を開きはじめていた。しばらくして、山盛りの薪を持ち帰ったエリスに、ソータが話しかけた。


「おつかれっ! 獣を捌くって、人生初なんだけど、これでいいのか?」


 リキッドナノマシンでナイフを作りだし、ワイルドボアを解体したソータ。全身血まみれで、ドヤ顔をしている。ワイルドボアの皮はきれいに剥がされ、内臓を抜き、四肢が斬り分けられていた。


 血抜きをしてないので、食えたものじゃないはずだが、ソータはそんな事知らない。それを見たエリスは、ソータがどこから刃物を出したのか不思議に思いつつ、ため息をついて解体の後処理をはじめた。なにせ濃い血臭が、辺りを漂っているのだ。


 近場にある川へ移動して、血を洗い流さなければならない。しかし、時すでに遅し。周囲は何かの魔物に取り囲まれ、ソータとエリスは、すでに退路をなくしていたのだ。


「拙いな……百や二百じゃきかねぇぞ。てか魔物なのかこれ?」


 ソータはボソリと呟いた。

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