第4話 副作用

 エリスの話が一段落したところで、耳を澄ます。


 森の中に溢れる様々な音を聞き分けていると、追っ手の足音があることに気づく。さらに集中すると、その人数が把握できた。


 血液の代わりに流れるリキッドナノマシンは、身体能力を引き上げる大きな要因となっている。聴力もそのひとつだ。


 俺たちふたりとも気配を消したのに、見つかるのが早かったな。あの御者の声も聞こえてきた。ロイスって呼ばれている。人数は……三十人。多すぎじゃね?


「見つかってるにゃ……」


 エリスも気付いたようだが、まだ視認されているわけではない。


 ここは木の上だけど、降りたら崖っぷち。包囲するように近づく追っ手から逃げ延びることは難しそうだ。


「なんで見つかったのか分からないけど、追っ手をかく乱してくる。エリス、隠れているんだぞ」


 成人して十五歳だと聞いたけど、エリスはまだ幼い。今の俺なら何とかできるはず。だけど、いくら身体が強化されていても、三十人をまとめて倒すのはきついな。まずは人数を減らそう。



 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆



 非合法の小太り奴隷商人、ロイス・クレイトン。


 彼は精巧に偽造した奴隷商ギルド組合の許可証を持ち、人前ではまっとうで穏やかな奴隷商人として通している。


 ただし、彼の持つスキル〝奴隷紋〟の隷属能力は非常に強力だ。


 ロイスを友人だと思っていた者達は、いつの間にか奴隷紋を使われ、彼の意のままに動く手下へと成り下がる。


 町の衛兵にもロイスに隷属された被害者が多数潜んでおり、いつもは何ごとも無く普通に生活している。


 もちろん、そんなことをやるのは違法だし、商売には使えない。


 ロイスの奴隷紋で隷属された者達は、そのことを口外することを固く禁じられ、その悪事はいまだ表沙汰になっていなかった。


 ロイスは隷属している三十人を動員し、森の中へ逃げたエリスや板垣たちを追っている。いつもなら奴隷の町エステパで真面目に働いている彼らは、ロイスの命令で仕事をほったらかしにして来ていた。


 異変を感じた町の人もいたが、元々ガラの悪い町なので、さほど問題になっていない。


「ロイスさん! 足跡はこっちっす」


 隷属した奴隷の後を追うロイス。


 ロイスを中心に、他の奴隷はお互いを視認できる範囲で広がっている。


「うん?」


 ロイスは、奴隷の数が合わないことに気づいた。三十名いたはずだが、二十五名しかいない。


 森の中なので、木に隠れて見えないのかもしれない。ロイスは立ち止まって、もう一度人数を確認し始めた。


 しかし、そうしている間にも、仲間の奴隷が減っていく。


 何かが起きている。そう感じたロイスは警戒を強めた。


「ロイスさん、足跡を追わないんですか?」


「お? ……おい、ちょっと待て、お前の奴隷紋・・・を見せろ」


 いままで道案内をしていた奴隷の雰囲気が少し変わっており、ロイスは確認のために声をかけた。


「ははっ、やだなぁ、ちゃんとありますよ!」


 ぎこちない笑顔を見せた奴隷は、手のひらを見たり腹を出したり、どこに奴隷紋があるのか探し始めた。どうやらどこに奴隷紋があるのか、分からないようだ。


「顔が違って見えるが……、その声はクソガキか!! 貴様ぁ、いつの間に!!」


 ロイスは板垣の腕をつかみ、スキル〝奴隷紋〟を使った。


「へっ、バレんの早かったな。――――あちっ!?」


 スキル〝奴隷紋〟で熱を感じた板垣は、反射的に腕を引っ込め、間一髪でロイスのスキルを回避。


 板垣は正体を見破られたことで態度を豹変させ、ロイスと向かい合った。


「俺もやることがあるし、奴隷なんて真っ平なんだよ!」


 次の瞬間、板垣の右拳が、目にも留まらぬ速さでロイスのあごを打ち抜いた。脳を激しく揺らされたロイスは、白目を剥きながら意識を飛ばし、膝を折って前のめりに倒れていく。


「奴隷紋って何だよ……。魔法なのか? つか、リキッドナノマシン強えな」


 板垣はまた腹を出し袖をめくり、奴隷紋を探し始めた。


 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


 人間を害することへのハードルが下がっている気がする。やはり汎用人工知能が、俺の精神に影響を与えているのか……。高校生の時、根拠のない全能感を持ったときと似ているんだよな。


 全力で身体を動かしたら、何もかも壊してしまいそうだ。それでも、動きたい欲求に駆られる……。


 エリスのいる場所へ戻るとき、色々と考え込んでしまった。


「あの奴隷商、たぶんしばらく動けないと思う。あいつがぶっ倒れたもんだから、みんな慌てて街に運んでいったぞ」


 崖っぷちでちゃんと待っていたエリスに報告をする。それを聞いたエリスは、ホッとしたように表情が緩んだ。


「実はさ、俺はこの世界に逃げ込んだ祖父の敵討ちに来たんだ。で、お願いがあるんだけどさ……」


「何にゃ?」


「仇の足取りを追うために、色々と情報が欲しいんだ」


「協力したいのは山々だけど――。エルフのふたりを先に何とかしないと、あたしは自由に動けないにゃ……。その後なら協力できるにゃ!」


 尻上がりで笑顔になるエリス。


「そっか、奴隷落ちしたんだから、大手を振って帰れるわけじゃないよな……」


「そうにゃ! 獣人自治区パトリアまで、徒歩で丸一日かかるにゃ。あの山脈の向こうにあるの。その間にこの世界のことを教えてあげる。着いたら隠れ家に連れて行くから、そこで情報収集するにゃ。もちろんソータがあたしの無実を証明してからにゃ!!」


「一日でいける距離か……?」


 かなり遠いし、森を突っ切るわけだから、時間がかかりそうだけど。


 一番の懸案事項は、こんな調子で佐山たち――逃げた四人を探せるのかということ。


 しかしだ、見知らぬ世界、右も左も分からない土地、俺一人でちゃんと情報収集ができるか? 厳しそうだな……。急がば回れじゃないけど、エリスの無実を証明することが先だ。彼女に協力してもらわないと、佐山を探すのは難しいだろう。


「うんまあ、分かった。これからよろしくなっ!」


 俺とエリスはガッチリと握手した。


 てか、握手の文化があるんだな……。


 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


「足元、崩れやすいから気を付けるにゃ~」


「これ崖と変わらんだろ! 他にちゃんとした道はないの?」


「遠回りしてる暇はないにゃ」


 遠回りして崖を迂回したのに、崖のような道を下っている。


 ベナマオ大森林に生息する動物や魔物は異様に強いらしく、エリスは口をすっぱくして「あたしの言うことを聞かないと、すぐ死んじゃうにゃ!」と念を押された。


 動物と魔物。何が違うのかと聞くと、魔物は体内に魔力を蓄えた魔石があり、動物にはないそうだ。エリスの話にも魔石が出てきたな。体内にできる結石みたいなやつかな?


 魔石が含む魔力と魔法陣の組み合わせで、魔道具が作られるという。


 魔石の中では、魔素と反魔素が対消滅せずに共存しているってことか……?


 その使い道は多種多様。例えば、夜中に走る馬車の視界を確保するための灯り。武器にはめ込むと、威力や耐久力が上がるそうだ。


 電池みたいなものだと理解すればいいかな。色々と分からないことが多いけど、少しずつ学んでいこう。


「なあエリス、この世界って魔法があるのか?」


「あるに決まってるにゃ? 何を今さら……」


 ちょっと呆れた顔をされてしまった。あるとは思ってたけど。


「考え事してると、魔物に後れをとるにゃ。シャキッとしろ、ソータ」


 さてこれから森の中へ入るぞ、というタイミングだ。


 まあそうだな。こんなに鬱蒼うっそうとした森に入るなんて、初めての経験だ。慣れているエリスに従おう。


 しかし……。


 こちらの様子をうかがう巨大な蛇が一匹、強化された俺の目に映っていた。

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