第25話


 おそらくは泣き疲れたのだろう。帰りの電車のなかでもねこはぐっすりと眠っている。僕の実家に寄ることもなく、とんぼ返りだ。レンタカーでも借りて牛久大仏にでも行くかと提案してみたが、「帰ってホットケーキ食べよ」と却下された。たぶん「仏」から「ホットケーキ」を連想したのだろう。ちなみにホットケーキを上手に焼くことは、僕の数少ない特技のひとつだ。ティーカッププードルの毛並みくらいふわふわに焼きあげることができる。


 右肩にねこが寄りかかっているので、左手でスマートフォンを操作する。カラフルな「G」のアイコンをタップし、トモの名前を入れて検索をかけた。名前占いや相性診断のウェブサイトが並ぶ。しかし、上から4番目のサイト――そこには北海道にある絵画教室のホームページがあった。北海道? そういえば、トモの母親が北海道の出身だ、と言っていたような気もする。たしかなことはよく覚えていない。サイトを開くと、代表者であるトモの言葉と顔写真が出てきた。ひょっとすると同姓同名の他人という可能性もあったから安心する。少し太ったみたいだけど、間違いない。僕の友だちのトモだ。画面を上にスワイプしてサイトの下の方を見ていくと、教室に通う子どもたちの作品であろう鉛筆画がいくつか表示されていた。モノクロのデッサン画もあれば色鉛筆で描かれたモノもある。技術的に未熟なモノもあれば、はっとするほど精巧に描かれたモノもあった。モチロン桃色や緑色の空が描かれている奇抜な作品はない。けれど、それらは僕を不思議と懐かしい気持ちにさせた。つい、頬が緩む。


「むぅ……」電車の揺れのせいだろう。ねこが目を覚ました。「何見てるの?」

「ちょっとね……ほら、見て。トモ、今は北海道で鉛筆画の先生をやっているんだって。美術の教科書にも載ったことがあるらしい」

「ふぅん……」不服そうに、ねこはまた目を瞑った。


 手紙を書こう。


 出し抜けに、僕はそう思った。僕の、今生きている友だちに、手紙を書こう。


 さて、何を伝えよう? 8年ぶんの交わされなかった、そして実はずっと届けたかった言葉が僕のなかには数多くある。


 僕はその書き出しを想像する。そこに続く言葉はたくさん思いつくのに、はじまりをどうしたらいいかがわからない。けれど、それでいい。ゆっくりと答を見つけていこう。


 車窓の景色は次々と流れていく。鄙びた田園風景、もくもくと湯気のあがる製麺工場、そしてビル群が建ち並ぶ都会の街並みへと。時間帯のせいもあって、車内は人が多い。上りでこれなのだから、下り(つまり退勤ラッシュの真只中)の電車は――考えるだけでぞっとする。場所が変われば、時が移ろえば、こんなにも目まぐるしく目に映るモノは変わる。そんなおそろしい落差を僕らはあたり前として捉えている。なんて世界を、僕たちは生きているんだろう。


 ねこと電車を降りた時、日は既に沈んでしまっていた。そう、薄暮の時間だった。僕の友だち――トモの好きな時間だ。

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