第24話


「なぁ、お願いがあるんだけど」


 2013年、4月頭の休み時間。制服のスボンのジッパーを降ろし、小便器の前に立って放尿をはじめたタイミングで、それまで1度も会話を交わしたことのなかったクラスメイトが話しかけてきた。僕は無視をしてその場を立ち去りたかったが、一旦はじめた生理を止めるわけにはいかない。冷静な判断を見失った僕はつい「なんですか」と応えていた。


「おぉ、ありがてぇ」と彼は言った。なんですか、というひとことを「お願いとはなんですか?」と勘違いされたのだ。それに反論をする前に「ちょっとさ、口裏を合わせて欲しいのよ」と彼は続けた。「面倒臭いことになりそうでさ。それじゃ、とりあえずLINE教えてもらってもいいかな」


「ちょっと待って」と僕は言った。「僕にとっては既に面倒臭いことに巻きこまれつつありそうなんだけど。それにまだ――」

「大丈夫だ、おまえのやることは難しくない」

「難しい、難しくないの問題じゃあないんだよ」と僕は言った。それに大丈夫かどうかを決めるは僕の方であるはずなのだ。放尿を終えて僕はズボンのジッパーをあげた。手洗い場へ向かう。「何かわからないけどさ、だいたいなんで僕なんだよ」1度も話したことないのに。「他の人にあたってくれないかな、わるいとは思うけどさ」

「もう、ひとりにはOKをもらえてるんだよ」

「なら、いいじゃないか。僕は必要ないだろ」

「それがさ、彼女に『新しくできた友だちと遊びに行く』って言っちゃったんだ。それでふたりきりってのはなんだか不自然じゃないか。だから頼むよ、他の奴じゃ外堀から攻められたらボロが出ちゃうかもしれないんだ。だいたい『無事2年生に進級できたお祝い』でカラオケなんかに行くかよ? そんな理由で貴重な休日を失いたくねぇんだよ」

「僕の貴重な休み時間」と僕は言った。しかも彼女持ち……。

「まぁ、とにかく」と彼は言った。まぁ、とにかく? 「どうしても無理かな? 今度購買のたまごサンドでも奢るからさ。LINEのなかに通話記録を残してくれるだけでいいんだ。何か言われたらテキトーに誤魔化してくれたらいい」

「むぅん……その、もうひとりは何て言ってるのさ?」

「それがさ、けっこう乗り気みたいなんだ 」と水を得た魚のように彼は言った。なんとなく腹立たしい。「『いいね、その作戦。僕は好きだな』ってさ」


「やれやれ」僕は諦めて連絡先を教えた。

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