第16話


「大学ではナオと卓球サークルに入ろうって話しているんだ」


 2015年の3月、卒業式からの帰り路。自転車で並走をしていたトモが言った。


 僕は東京の大学に、ナオとトモは地元の大学に進学することが決まっていた。トモならばもっとランクの高い大学も狙えたはずだったが、そういった向上心を一切彼は見せず、また彼の両親もそれについてはひとつの文句も言わなかったらしい。学校と自分の教師としての評価を上げたい担任は幾度となく彼の尻を叩いていたらしいが、トモは耳元で念仏を唱えられる引退した競走馬みたいにそれを聞き流していた。他のクラスメイトが受験勉強に心血を注いでいるなか、彼は黙々と風景画を描く豪の者であった。


「卓球? なんでまた」と僕は訊ねた。

「たとえば夏休みとかにまた3人で集まって旅行に行くとするだろ」

「うん」

「で、旅館のピンポン台で卓球をするんだ。どうせおまえは卓球サークルになんか入らないだろ?」

「だろうね」社交性がコントラバスの4弦を開放で鳴らすくらいに低い僕がサークルなんかに入るわけない。

「んで、俺とナオでおまえをぼこぼこに打ち負かして、コーラでも奢ってもらうのさ」

「くだらなすぎるよ」僕は本心からそう言った。「どうせまたオマエが立案してナオが『いいね、僕は好きだな』とか言ったんだろ。可哀想だからオマエの変なアイデアにあいつを巻き込んでやるなよ」

「ふん、甘いな。今回のことはナオから言い出したんだぜ」

「本当かよ」


 そうしているうちに僕たちが別れる地点まで辿り着いてしまった。このまま別れてしまえば僕は引越しの準備があるからしばらくは逢えなくなる。


「おまえも、俺たちと同じ大学にし時ゃあよかったのにさ」なんでもないような口調でトモが言った。

「でも、やりたいこともあるから」

「へぇ」

「ちゃんとバイトもするよ」

「うん?」

「コーラ、奢れるようにさ」と僕は言った。「旅行、しよう。行き先はふたりで決めてくれたら、どこへでも行くよ」


 トモは肯き、僕らは別れた。



 トモとの会話のなかで僕はひとつだけ意図的に嘘を吐いた。しかし、その弁明をする機会はついぞ訪れなかった。僕はこの頃からひどく臆病者だった。そしてそのことをモチロン僕は後悔することになる。


 ジョン・F・ケネディは言った。


「行動することにはリスクやコストが伴う。しかしそれらは長い目で見た時、行動を起こさない気楽さのリスクやコストに較べればずっと少ない」


 まったく、その通りだった。


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