第13話
大方の読者が察しているであろう通り、僕はどちらかといえば後ろ向きな考え方をしてしまう人間である。何か壁を前にした時、できる理由を語るよりもできない理由を語りがちだし、まず身体を動かすよりは頭をぐずぐずと働かせてうじうじしているタイプだ。実際特筆すべき取り柄や特技、経験もあるとは言えない。夢を語るよりは愚痴を零しがちだし、そんな自分のみっともなさにふと気がついてさらに自分を厭になることもある。
けれど、僕はそういうマイナス思考をねこの前では言語化しない。というよりは、そうしないように努めている。結果として僕の口数が少なくなるのだが、それは彼女としては一向に構わないらしい。そうするようになったきっかけは次の通りだ。
僕とねこが交際をはじめて3ヶ月ばかりが経った頃、とある個人経営の居酒屋でのことだった。
細かい筋は失念してしまったが、僕が何かネガティブな発言をして、そのせいで彼女は不機嫌になっていた。そこまであからさまに機嫌を損ねるのははじめてのことだったので僕はひどく冷や汗をかいた。彼女が持つハイボールのジョッキも居心地がわるそうに汗をかいていたのをよく覚えている。彼女が醸すむっつりとした雰囲気が、恋人との居酒屋デートというよりは仲のわるいバンドメンバーとの反省会といった方が説得力のある空間を造りあげていた。僕はおろおろしながらビールを飲み続け、3杯目のジョッキを空にした頃、やっと彼女は口を開いた。
「あのね、わたしは君のことが好きなの。君はわたしの好きな人なのよ。わたしは好きでもない人とつき合ったりしないの。ねぇ、わたしが言ってることわかる?」
僕は黙して肯いた。他に何ができる?
「わたしの好きな人のこと、わるく言われるのって許せないの。それがたとえ、君本人が言ってたとしても腹が立つわけ。わかる? わたしの言うことが理解できるなら、わたしの前で自分を卑下するようなことは言わないって約束して」
それは約束というよりはほとんど命令といってよかった。
そしてそのまっすぐな言葉に、彼女は強い人だ、と尊敬の念を覚えた。
ちなみに言うと、彼女もまた、僕の前では自分を貶めるようなことは言わない。本当に自分に自信があるのか、それともそう努めているのか、果たしてどちらなのだろう。どちらにしたって僕は彼女を「すごいな」と思う。と、同時に、その強さがねこ自信を傷つけることがありませんように、と強く願っている。
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