第11話
今から1年くらい前だったか、カラオケボックスの駐車場でのエピソードをふと思い出して、「愛と恋の違いってなんだろう?」と僕のアパートに「ひとりでは見られないから」とホラー映画のDVDを持ってきていたねこに訊ねてみたことがある。この時もなかなか興味深い返答を彼女はしてくれた。
「どうせまた、あの子たちと昔話した内容なんでしょう?」
ねこは「どうせここも昔の恋人と来た場所なんでしょう?」と糾弾するのと同じニュアンスで僕に言った。彼女の嫉妬心が強いことは先に述べた通りであるが、その矛先は性別を問題としない。男色のきらいはないんだけど、と訴えても「そういうことじゃない、君は女心というモノをわかっていない」と取りつく島もない。これが理不尽か、とも思うけれど、ねこの指摘自体は間違っていないので僕は「ごめんね」と言うに留まる。それに、こんな僕にいささかなりともヤキモチを抱いてくれるのは誇らしいことである、とこれも口には出さないけれど思っている。
僕が曖昧な反応を見せると「まぁ、いいけど別に」とねこは言う。
「いいんだ、別に?」
それにこれといった反応は示さずに「わたしが思うに」と彼女は続けた。ねこは男子高校生ではないから、こういう質問にはたいてい真剣に応えてくれる。「恋っていうのは、ひとことで表すのなら知識欲だよ」
「知識欲?」痴識欲ではなく?
「そう」ねこは肯きながらDVDのパッケージを弄んでいた。心做しかジャケットに写っている女性の幽霊は居心地がわるくて俯いているようにも見えた。その幽霊はひょっとすると愛とか恋とか、そういう類の怨念を抱いて現世に現れたのかもしれない。「恋をすると『あの人の好物はなんだろう?』、『ふだん、どんな音楽を聴くんだろう?』って考えるでしょ。なかなか頻繁に逢えない相手なら『今何してるかなぁ?』とかさ」
「そうかもしれない」実際、彼女もそうだったのかもしれない。僕にしてみたって、覚えがある。「じゃあ、愛ってなんだろう?」
「さぁ……でも」
「でも?」
「それを知りたかったら、相違点よりも共通点を見つけようとする姿勢が必要なんだと思う。違いばかりを指摘するのは人間の哀しい業で、きっと、そういう視点から偏見っていうのは産まれてくるんだよ」
「よくわからないな」と僕は素直に言った。
「難題だね」
僕は肯く。「僕って莫迦だからさ。わからないことばかりなんだ」
「わたしもそうだよ。でも――」
「うん?」
「このDVDの返却日が明後日なのはハッキリしてる」
僕は思わず笑った。それから、言う。「そうとも、いっしょに観ようじゃないか」
やはり愛については何ひとつよくわからないまま、僕らはテレビの前に並んで座った。自分が観たいと言って持ってきたくせに7割ほどの時間、ねこは両の手で目を覆い隠していた。ホラーは苦手なくせに性懲りなく視聴を試みる類の人種なのだ。そしてたいてい話の筋は覚えていない。ほとんど観ていないんだから当然である。
愛がなんたるかはわからないまま、けれど、僕はそんなねこを「愛らしい」と思った。そしてその想いすら言葉にできない自分を、やはり大莫迦野郎だと思う。
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