第10話


「愛と恋の違いってなんだろうな?」


 2014年の4月、カラオケボックス敷地内の駐輪場で僕は言った。僕たちは無事に3年生に進級できたことを祝してカラオケパーティーを催していたのだ。3人共、懐が潤沢なわけではないのでパーティーは2時間で終了し、しかしすぐに帰るのも名残り惜しくて駐輪場で屯することにした。あの頃の僕たちは古本屋の漫画コーナーや月極駐車場に隣接された自動販売機の脇などでいくらでも時間を潰すことができるという特殊能力を持っていた。掃除を兼ねて見回りに来た男性スタッフに迷惑そうな視線を向けられたが、気づかぬフリをする。金欠の男子高校生という生きモノは、その程度で怯む繊細なメンタルは持ち合わせていないのだ。


「愛が何たるかを知るにはまず、恋との違いがわかってなくちゃいけないと思うんだが」

「なるほど、一理ある」とトモが肯いた。「うむ、閃いたぞ」

「そう?」

「胸が熱くなるのが愛で、ちんちんが熱くなるのが恋だな」

「莫迦かオマエは」僕はモチロン鋭くそう言った。ちんちんのイントネーションが、ひとつめの「ち」にアクセントを置く一般的な発音でないことにもいささか反感を覚える。他の単語で表すのなら「ランタン」とか「印鑑」とか「現金」とかと同じアクセントを置いていたのだ。3文字目に「ち」がくる言葉で喩えられたのならわかりやすいのだろうが、どうもちょうどいい言葉が浮かんでこない。それだけ珍奇な発音ということなのだろう。「却下」

「厳しいな、よし次こそ」とトモ。

「よし来い」

「心を大きく持つのが愛で、ちんちんを大きくするのが恋だ」

「却下」僕は水面を平手で叩きつけるように言った。「男は莫迦だ、子どもだ、って言われるのはきっとオマエみたいな奴のせいだよ」

「よしわかった、ちょっと待て、そう焦るなよ。真面目に考える」


 僕は黙して肯く。はじめから真面目に考えろよ。


 2分ばかりの沈思黙考の後、「これは来たぞ」とトモが目を見開いて言った。「この人を守り抜こうと意志を固くするのが愛で、ちんちんを固く――」

「やっぱりちんちんじゃねぇか。今のシンキングタイムはなんだったんだよ」

「でも」とナオが言った。カラオケの後だったからか、いつもより清々しい顔をしている気がした。「今の畳みかける感じ、僕は好きだな」

「おいナオ、それでいいのか」窮地で慕った家来に寝返られた武将のような気分になった。「おまえがいつも甘やかすからトモはこうなっちまったんじゃねぇか」

「でも」と、またナオは言った。彼は意外と頑固なところがある。「こうやってふざけた話を聞いていられるのが、僕は好きだな。わからないモノをわかったフリした会話をするより、ずっといい。簡単に答が出てしまうような会話をするよりも、ずっといいよ。答がなかなか出ない話題に3人で向き合っていられたら、ずっと3人で話していられるから」


 まったく、ナオの言う通りだった。


 それから僕らは1時間ばかり下らない話をした後、帰路に着いた。

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