第8話
「男は莫迦だ、男は子どもだってよく言うけど、あれはぜったい女が創り出した幻想だよな」
2013年、12月半ばの昼休み。次の週には冬休みに入ろうかという頃、屋上扉前の踊り場――屋上に続く扉には鍵がかかっていた。昼休みに鍵を生徒に明け渡し、「青春を謳歌したまえ」と言う酔狂な教師は僕たちの高校にはいなかった――でトモは言った。
「随分と過激なことを言うんだなぁ」僕は購買で買ったたまごサンドをかじりながら言った。ナオはモチロンにこやかに沈黙を貫く。
「それに男は下半身だけでモノを考える、とかもよく聞くだろ。あれも納得いかないんだよな。女だって、そういう奴はいるだろうが。なぁ?」
「なぁ、って言われてもさ」と僕は言った。そういう女子がいるのなら僕に少し貸してくれてもいいんじゃないか、と思ったことは秘密である。「それは何? 件のサキちゃんを思い浮かべて言ってるわけ?」
「まぁな」
トモと件のサキちゃんはどうやら別れたらしかった。別れを告げたのはトモからで交際期間は3ヶ月。トモは女性を歯磨きチューブか何かと勘違いをしているのではと思いたくなるようなペースだ。破局の理由を聞けば「件のサキちゃんから肉体関係を迫られた」ので、拒んだところ「トモくんとつき合っていても進展がない」と文句を言い出したので別れを切り出したらしい。クリスマスやら年末年始やら、しち面倒臭いイベントが来る前にさっさと解放されたかった、というのが彼の主張だった。
「そんな青春の思い出創り感覚で大事な童貞を棄ててたまるかっての」
「そんなに真剣に童貞を守ろうとする男子学生は古今東西でオマエくらいだと思うぜ」と僕は言った。だいたいの男子は積極的に棄てようとしてても誰も拾ってくれないのが現実なのだ。
「まぁ、とにかく」とトモは言った。まぁ、とにかく?「女が『愛』をどうこうと言いたがるのも、愛についてわかったフリしてぇだけなんだよ。『男にはわからない。だって莫迦だもの、子どもだもの』って背伸びして見下すことが気持ちよくって仕方ない手合いってのが一定数いるんだ」
なるほど、と僕は相槌を打った。なんだか全国のフェミニストを敵に回すような発言だな、と不安になる。
「モチロン男にだって『女だから』って理由だけで見下す脳タリンは腐るほどいるさ。それと同じで莫迦な男もいれば莫迦な女もいる。ガキな男もいればガキな女もいるんだ。なぁ、そうだろ。なのにいつも悪者にされるのは男ばかりじゃねぇか。どうなってんだよ、男女平等が叫ばれて何年経ってるんだ」
「怒りの根は深いね」と僕は言った。「合わない相手とつき合い続けるよりはさ、よかったんじゃないかな」トモがフリーの状態になったことで心を優しく持てていたのだ。「気にすることはない」
「そうだよ」とナオが言った。「トモのその拘り、僕は好きだな」
後から聞いた話ではあるけれど、トモは件のサキちゃんと別れたことで「トモくんに遊ばれて棄てられた」という根も葉もなければ碌でもない噂を立てられていたらしい。そのせいで彼自身、身に覚えも筋合いもない誹謗やからかいを受けていたようだ。僕はそれを数ヶ月経ってからトモ本人の口から聴いた。噂話というのは量販店の白ワイシャツに垂れたインクのような侵食性を持って風に乗って運ばれてくるモノだが、不思議と僕の耳には入ってこなかった。僕にその風の言葉を聞き取れる能力がなかったのかもしれないし、あるいは噂自身がどこか道に迷って僕の元に辿り着けなかったのかもしれない。
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