第5話
「なんで女子高生っつう生きモノはさ、『わたしの愛はちゃんと伝わってる?』だとか『最近あなたからの愛が感じられない』だとか言うんだろうな」
2013年の10月、とある放課後。教室の隅でトモは言った。なんと応えればいいのか判じかねて僕は口を噤み、ナオは頭から返答をするつもりがないらしくにこにこと微笑んでいた。僕の高校時代の記憶をひっくり返してみれば、だいたい87%くらいは彼らふたりとの思い出が出てくるだろう。僕は昔から友達が少なかったし、増やそうという努力をいささか怠っていた。
「なぁ、聞いてんのかよ」
そう言うトモの目はまっすぐに僕へと向けられていた。ナオはこういう時滅多に発言をしないから、何かしらの反応を求めている時、トモは必ず僕の方を向いてくるのだ。車で喩えるのならトモがエンジンとアクセル、僕がハンドルとブレーキ、ナオはダッシュボードの上に置かれたぬいぐるみのような役回りだったと思う。
「それは何、今の彼女に言われたの?」僕は仕方なく、わかりきったことを訊ねた。
「そう、サキちゃん」
「あのさ」と僕はその3文字に精一杯の毒をこめた。「僕は女子高生がそんな科白を吐くなんて今の今まで知らなかったんだぜ。そんな男に『なんで』を応えられるわけがなかろうよ」
「彼女のひとりでもいりゃあ、いやでも聞けるのに」
それがいないから返答に窮したのだが、半年に1回は恋人を取っ替え引っ替えする(できる)トモにはそれがわからないらしい。彼が3人のうちで唯一の彼女持ちだから時折僕は彼に妬み嫉みの言葉をついついぶっつけてしまうことがあった。ナオはそういった色恋の話には無頓着で『トモが持てる(モテる)者だけが吐ける愚痴を零し、僕が持たざる(モテない)者としてのやっかみを宣う』といういつもの流れをこの時もにこにこと見守っていた。
「見た目もわるくないし、特に女と話すのが苦手ってわけでもない。どうしておまえには彼女ができないのかね」
「どうしてって……」そんなの、僕が訊きたい。
「きっとあれだよ、『セックスしてぇ』って下心が女子に伝わっちゃってるんだよ」
そう言うトモは今まで付き合った誰とも肉体関係を持ったことがないと主張していた。僕はモチロン信じていなかったが。
「そんなことは」僕は勝ち目のない反撃を試みた。
「あるよ、ある。前面に出ちゃってるよ」
「そんなに出てるかね」僕は潔く敗北を認めた。戦略的撤退である。
「そりゃあもう」
「どのくらい?」
「コンビニ菓子の季節限定盤くらい」
「そんなにかよ、めちゃくちゃ出てるじゃん」
「あ、その比喩」僕が肩を落とすことなど気にする様子もなく、ナオが声を弾ませて言った。「いいね、僕は好きだな」
3人でいれば、僕たちの世界はどこまでも平和だった。
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