第2話
高校2年生といえば、僕が報道番組なるモノを積極的に視聴しはじめたのもその頃だった。僕はそれまでニュース番組というのは定年を迎えて暇を持て余した先達と公私問わずゴシップの収集に余念が無い主婦層のみが観るモノだと思っていたのだ。だから当時、贔屓のロックバンドの曲が朝の報道番組のテーマソングにタイアップされていなかったら、僕は60歳を超えるまでニュースをテレビで観ることなんかなかったんじゃないかと思う。
ともあれ、とある月曜日の朝、その曲を聴きたいがために7時半にテレビを点けると青天の霹靂というべく衝撃が僕を襲った。これまでの10余年を、無駄にしてきたのだと、僕は悟った。なんとくだらない偏見に依って、人生を棒に振ってきたのだろう。僕は知らなかった。ニュース・キャスターのお姉さんが、こんなにも美人だったなんて! そして僕は次の日からそのアナウンサーの「おはようございます」を聴きたいがために目覚まし時計が鳴る時刻を5時半にセットするようになったのだが、それは話の本筋とは関係ないので詳しくは語るまい。突然の早起きの理由を訝しげに問い質してきた母の鋭い眼光はなるだけ思い出したくないのだ。僕は高校時代、部活動には所属していなかったので、その日以降朝となく夕となく各局の報道番組を視聴するようになった。とはいえ天気予報の内容も財務大臣の名前も頭に入っていなかったから、あれはニュースを見ていたというよりニュース番組に出演している綺麗なお姉様方を見ていたという方が正しいかもしれない。
しかしそんな僕にもひとつ、どうしても頭から離れない事件があった。勉強机に貼り付けられた、菓子パンに入ったオマケのキャラクターシールみたいに時折目を向けては頬を緩ませてしまう、そんな類の記憶。
それはこんな内容だった。
市内の大型ショッピングモールで着ぐるみを着た男が17歳の少年に暴行を加えて傷害罪で逮捕された、と夕方の報道番組で男性キャスターが伝えていた。「同日ショッピングモールでは子どもを対象としたイベントが催されており、容疑者の男はイベントスタッフとして着ぐるみを着用して参加していました。県警の発表に依れば『イベント終了後に若い男が寄ってきて被りモノを脱がせようとしてきた。抵抗したら男が尻の辺りを思い切り蹴とばしてきたので、カッとなって殴ってしまった。人が人を殴ることは犯罪であるとわかってはいたが、着ぐるみを着てゆるキャラとして拳を振るうぶんには問題ないだろうと思った』と容疑者は証言しているようです」、男性キャスターはあくまでも真剣に伝えるべき真実をお届けしています、と言わんばかりの表情をしていた。
彼がどうして笑い出さないのか、僕は不思議でならなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます