結婚式

「君の両親って今どうしてるんだ?」


 中庭を散歩しながら、俺は倉橋に聞いた。

 枯れた花ばかりだが、AR映像を重ねることで申し訳程度に景観は良くなった。それでも閉鎖感を感じる狭さはごまかしきれない。


「何故そんなことを聞くの? どうせ調べられるでしょう?」

「情報を与えることによって人間の感情は動く。自分の秘密で知らない間に他人の感情が動いていたことより、自分の意志で他人の感情を動かしたほうが、好感度は下がらない。もちろん情報を話さないという選択肢を持っている状態に限るが」

「くど……もういいよ。」


 倉橋は数歩ほど歩いて枯れた池に目を向けた。


「実の両親はすでに逮捕されてる。今の戸籍上は雨村とそのパートナーが両親。まあ……教団にいる頃からあまりいい思い出はなかったから、今のほうがましかな」

「雨村が親……」


 俺は咳き込んだ。本当に知らなかったのだ。


「本当に大丈夫か? ご飯はちゃんと食べさせてもらってるか? 実は体の見えないところに痣とか」

「だったらどうする?」


 彼女は振り返り、じっと目を見つめてくる。こういう時は思うより話さなければならない。


「どうするってなんだ?」

「もし私が雨村に虐待されてたら、代わりに親になってくれる?」

「それはないな」


 俺は即答した。倉橋は額にしわを寄せる。


「そうなんだ」

「ただ、他の養親や施設を探すのは全力を出させてもらうよ。ここから連れ出すことぐらいはできるかもな」


 彼女は池のふちを歩きながら、目を閉じてみせた。


「まあいいよ。一応言っておくけど、別に普通に育てられてるよ。と言うか彼女が親だから割と自由にやってるわけだし」

「本当に? 自分の利益のために結構な人数の精神を退行化したのに?」

「でもそれしかなかったんでしょ? ってのはまあ娘だからこその認識かもしれないけど。ただ、私を助けるためにやってたみたい」


 俺はそれを聞いて『感動したほうがいいのだろうか』、と思った。

 確かにいくら調べても、あれ意外に方法があるとは思えなかった。そもそもの話、心を読める倉橋が大丈夫だと言ってるのだから、これ以上の保証はないだろう。無理やり言わされてるのでなければ。


「別に嫌な奴だと思い続けたければ、それでいいと思うよ。雨村もそのほうがありがたいと思ってるだろうし」

「また迷うことを……」

「ところでさ、頼みがあるんだけど」

「叶えられる範囲であれば、なんなりと」

「ここから連れ出して?」


 俺は口をへの字にして見せた。


「それは範囲外だな」

「なんで? つれ出してくれるって言ったじゃん」

「一人でやれよ」

「前回ので大分制限かけられちゃったから無理なの。あるでしょ教団にいたころの技術」

「ないよ。裁判で捨てさせられた」


 と言いつつこっそりサーバーに隠してある。


「ほらあるじゃん!」

「逃げても結局すぐ戻される。意味のないことだ」

「意味の有無は私が決めるって言ってんの!」


 彼女はある人に会いたいと言った。

 俺はその人の名を聞くと、すごく嫌な気分になった。つまりはほとんどのことが初めから決まっていたということだ。そしてもう終わった話を掘り返されたようだ。すでに克服した話だ。それにもしかしたら今持っている職も失うかもしれない。勘弁して欲しい。俺の立場の人間が再び職を得るのがどんなに大変なのかわかっているのだろうか。

 俺がそういうと、そんなこと言って過去と向き合うのが怖いのだろうと言う。自由意志を手に入れたとか言って、結局物事に縛られた行動しか出来ない、と。

 何を馬鹿なことを言っているんだ。自由と無法は違うし、そもそもの話、別にやりたくないから、やらない自由を選んでいると答える。

 倉橋はそれは嘘だとい言った。私がそういうのだから間違いない、何を甘えているんだ、いい加減過去に踏ん切りをつけろ、と言葉をまくしたててくる。少し信じそうになった。

 とは言っても当たり前だが、彼女が心を読めるからと言って、彼女の言った言葉が俺の思っている言葉とはかぎらない。人は嘘をつく。それでもほんの少し信じそうになり、そこを突かれて彼女はあの手この手で俺を篭絡しようとする。

 だが俺も何度も会話したことにより、彼女のことを分ってきている。嘘と真実のまぜ方や、懇願のタイミング。折れたと見せかけて思わぬところから話をつなげ、俺自身の矛盾を見つけ出し、自分の意見を押し通す。それらはこれまでの会合により把握済みだった。悪いが彼女の意見は通ることはない。

 その一時間後、俺は折れて倉橋の言う通り、脱走の手伝いをすることになったのだった。

 ◇ ◇ ◇



「皆さま、本日はお忙しい中、私たちの結婚式にお越しいただき、誠にありがとうございます。

 まずは、私たちの大切な日を一緒に祝っていただけることを心から感謝申し上げます。家族や友人、そして大切な方々がここに集まり、私たちの新たな門出を見守ってくださることが、何よりの喜びです。

 皆さんと共に素晴らしい時間を過ごせることを楽しみにしています」


 ウェルカムスピーチが終わると、俺は食事に手を付けた。

 倉橋はじっと新婦のほうを見ている。


「やっぱり思うことはあるのか?」


 返事はなかった。参列者たちは食事にありつき談笑していた。

 俺はため息をつく。そしてここまでの道のりを思い出す。

 俺と倉橋の強みはソーシャルハッッキングなので、PCさえ繋いでいればどこにでも侵入できるとかそういうのではない。研究所の人間だってそのことを把握しているので、過去の脱走を受けて当然対策もしてある。

 それでも限界はあるので、巡回ルートや監視部屋、あらかじめ篭絡しておいた職員の協力へて、倉橋は療養所柄脱出し、俺も使用していないごみ収集車を使って彼女を載せて街に出た。

 新婦達は来てくれた参列者にあいさつ回りをしている。俺は背を向けて、新婦と目が合わないようにしていた。実を言うと招待状は正規の方法で入手したというか、家に届いていたものを使った。

 俺はまた倉橋のほうを見たが、姿勢は変わっていなかった。


「正直にって、養親になる可能性があった人なんて他人だろ」


 俺の言葉など聞こえないかのように、倉橋は動かない。

 自分はすっかり俗世間に慣れ、昔の感覚はかなり忘れている。血縁関係を重要視しない者にとって、養親になる予定だったがトラブルで別の親に引き取られることになった時、その前の可能性と言うのは実は重要だったということはあるだろうか。

 俺は一時期運命は変えられないという錯覚を強く植え付けられていた。別の可能性はの生とはこれから歩む人生と一緒ぐらい重要だとわかっていないだけなのだろうか。

 よくよく考えてもそこまで重要ではないという結論が出た。

 それでも、倉橋にとっては大きなリスクを賭けてでも確認すべきことのようだ。

 俺が指名されたのもそういった理由の様で。

 バカバカしいとも思う。いまさら疑似家族ごっこでもしろと言うのか。ことは思ったより単純な話の様だった。


「もう待てない……ちょっと話してくる」


 倉橋が立ち上がり、新婦に向かっていこうとした。俺はあわてて腕をつかんで止めた。


「何考えてるんだよ。ちゃんとこっちに来るだろ」

「話すのが気まずいなら、トイレにでも行っていたら?」


 倉橋は冷めた目でこっちを見ていた。


「なんだと……ふん、勝手にしろ」


 俺は、言われたとおりに席を立ち、トイレに向かった。

 気まずいからではなく、倉橋が恥をかくのがいたまれなくて、見ていられなかったからだ。

 ……いやなにも違わないな……

 みっともない捨て台詞を吐いた気がする。なんだろう、恥をかいたのは俺だったのでは?

 ため息をついて、トイレにこもる。それはそうとして、まあなんだかんだ倉橋はいい感じの結果を持ち帰るんじゃないだろうか。

 新婦は彼女にいい感じの言葉をかけてあげるかもしれない。そして彼女はこの脱走をしてよかったと心から思うのだ。新婦は優しいのでそうなる可能性が高い。

 これにて俺の役割はほぼ終わったと言っていいだろう。帰るまでが脱走だが、ひと段落は付いた。

 脱走に協力したら、もう力を使わないと倉橋も約束した。俺が研究所に来た当初の目的も終わる。これにて一件落着という奴だろう。肩の荷が下りた気分だった。

 そんなことを考えながら、俺はトイレから出た。


「ん?」


 何やら会場内があわただしく感じる。参列者が右へ左へ行きかっていた。

 俺はそのうちの一人に話しかけた。


「何かあったんですか?」

「それが少し目を離したすきに新婦がいなくなって……手分けして探してるところです」

「えっ……そうですか。俺も手伝います」


 そう言いながら俺はその場を後にした。

 一体何があったんだ? さっきまで普通に座っていたのに。前触れもなくいなくなるものなのか?

 ふと見ると倉橋が柱の影から手招きしていた。俺は早歩きで近づく。


「おい、なにかあったのか?」


 倉橋は左右を見て、小声で答えた。


「ここじゃ答えられない。ちょっとこっち来て」

「まさか本当に何かあったのか知ってるのか? もしかして教団に恨みがある者にさらわれたのか?」


 答えない倉橋についていき、誰もいない個室に入った。

 俺はじれったくなる。


「テキストで会話すれば声は大丈夫だろ? なんでわざわざ?」

「あなたが大声を出した時のためだよ」


 そういう彼女の声はどこか嬉しそうだった。

 俺は嫌な予感がした。冷や汗が背中を伝うのを感じる。


「あのね」


 と、一つ咳払いをして続ける。顔はすでに笑みでいっぱいだった。


「ここから連れて逃げてくれるって!」

「は?」


 言われた意味が分からない。どうしてそんな話が出てくるんだ。


「私、今の境遇を簡素かつ入念に話したの! そしたらね、彼女は少し思案したのち、こう答えたの!『わかった。遠くに逃げましょう。ただ準備する時間を頂戴』ってね! 彼女の思考に嘘はなかった!」

「はあ?!」

「いやあ~あなたがあの人と結婚した理由が分かるわ~いや、恋愛結婚じゃなかったんだっけ。まあいいや」

「いやいやいやいや」


 事態についていけず、俺は深呼吸をした。大きくむせて、呼吸が収まるのを倉橋は黙って見ていた。


「おい、お前心を読んで彼女の弱みを突いたのか?」

「失礼な。ちゃんと誠実に話した結果こうなったんだけど」

「いや……でも……花嫁が式を放り出すわけないだろ……」

「してくれたものはしょうがないじゃない。あ、そろそろ時間だから行くね。ここまで送ってくれてありがとう。今まで楽しかったよ」

「お、おい……」


 止める間もなく倉橋は部屋を後にした。

 俺は茫然と立ちすくし、数歩ほど後退した。その場にあった椅子を引き、座り込む。


「なにやってんだ?」


 悪態をつき、天井を見上げる。

 何が起こったかわからなかった。新婦は少なくとも俺よりは聡明である。そんな彼女がやすやすと結婚式を放り投げるはずがない。相手は大変な境遇を助けてくれたパートナーだったのに。つまりはあらゆるものより倉橋の逃走を優先させたということだ。間違いなく倉橋を助けることが大切だったということになる。

 俺は今までのことを思い出す。

 虐待はされていないと言った。人体実験も俺がやられたのに比べたらはるかにましだった。数日昏睡する程度だ。

 倉橋がヘルプサインを出していたかを思い出してみる。

 確かにしていた気がする。

 結局のところ、俺はしがらみにとらわれていただけなのだろうか

 心を読める子供は常に悲しみを抱えていなければならない。疎まれてなければいけない。その認識にとらわれて、本当の「助けて」を見つけられなかった。


 つまりは、これはこういう話だったのだろう。

 俺はこのまま座り、結婚式を投げ出した新婦を愚かだと笑い、それでも自分がそれをやれなかった悔しさを胸に帰り、仕事はやめるものの日常に戻る。せめてもの二人の旅路が良い結末であるよう願って。

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