照射の会
「かつての事件の被害者のケア。そう聞いてここを訪れたが」
建物内に入り、会議室のような場所に連れられた。
中で何人かの職員とすれ違ったが、俺と会話するのは雨村だけの様だった。彼女は空間上にARを投射してプレゼン資料を見せる。
そして一人の少女の全体図を見せてきた。
「心通派事件の被害者の一人であり、この施設の最後の利用者となるだろう。照射の会:心通派については知っているな?」
「ある程度は」
俺は目をつむって、そのまま知ってることを話す。
「日本で初めてテレパスを生み出したとかなり注目されていた宗教団体だった。心と言うものは不明瞭で簡単に映像化したり、文字として表せるものではないからな。が、そのトリックが暴かれてあえなく解散。実際は思ったことを脳内端末の鍵付きのメモリ上に書き上げる癖を幼少期から植え付けさせて、そこをハックし、心を疑似的に読んでいたというものだ。『秘密の日記を読むようなシステム』と、かつてのメディアが言ってたな。タネが割れれば単純だったが問題はその規模だ。心通派は他団体と協力し表向きは赤ん坊の精神安定アプリケーションとして、信者以外にも多く配布していた。他にも協力関係にある宗教団体の関係者にも配布しているのも含め『偽テレパス』が心を読める人数は100万人に及ぶと言われている。それに幼少期から植え付けられたメモリだから、どうにかしようとすると人格に影響を及ぼすので削除はかなり困難だった。『あいつに心を読まれている』と被害妄想めいた思いにとらわれて精神的な苦痛を訴える人も後を絶たなかった」
「端末から検索した情報と同じような説明ありがとう」
俺の答えに雨村はどうやら満足していないようだった。しかし、まだ先に俺がした質問に答えてもらってないので、補足はつけないでおいた。「それで?」
「本職じゃないとはいえ、近い立場だからこそ出来ることがあると事前に説明したことに嘘はない」
「そちらではなく、彼女の性別の話だよ。少年だと聞いていたが、少なくとも性質上シスヘテロの男性は選ぶべきではないのでは?」
「そうか? じゃあなんでテストステロンの血中濃度を下げるアプリを入れてきている?」
俺はその言葉に自分の中のデリケートな部分に触られたような感覚を一瞬覚え、その後そうでもないと自分を納得させた
「それは……主義だよ。今どき珍しくないだろ」
そう言いながらも、いつの間にか性欲をなくすアプリがカジュアルになっていたことに気が付いた時の衝撃は凄かったことを思い出す。大麻が解禁された時と同程度には。
雨村は表情の読めない目で、俺の目を見て言った。
「つまりは問題ないだろう。強制的に性欲をなくすアプリを使うことは違法だが、すでにご丁寧にも使っている。心を読まれること自体にはすでに同意していたはずだ」
「異性に読まれて困る感情と言うのは性欲だけじゃねえよ」
「おや、心当たりでも?」
俺は歯を食いしばり、平常心を取り戻そうとする。
「……やめようその言い方は。前提がおかしい」
「それもそうだな」彼女は悪びれもせず、肩をすくめて見せる。「それで? 嫌なら帰ってもいいが?」
「帰らんよ。俺はね」大きくため息をつく「この施設のずさんさを再確認したかっただけだよ」
俺はそう言ってから、『金に釣られてノコノコやってきて、理不尽な要求を飲まされて負け惜しみを言ったみたいになったな』と思ってしまった。
□ □ □
部屋に入ると、倉橋はすでに椅子に腰かけていた。
扉を開けた瞬間に目が合ったことから、来るタイミングもわかっていたのだろう。
俺は目をそらすのは良くないと視線を合わせながらも前に座る。にらめっこの様になって少し滑稽だったかもしれない。
「それでは……」
俺が口を開くと、倉橋は食い気味に答えてくる。
「生まれたときに心通派に脳内端末を違法改造され、他人の心の中を覗けるようになった」
「……ああ、そのことについてだが」
「心理的な負担はないよ。正直物心ついたころからこれだったから、もう慣れてる」
「そうだな。そして」
「でも、それを止めることはしない。あなたたちも強制はできないんでしょ?」
「そんなことは――」
口を開くごとにさえぎられる。強引に話そうとしても、その内容をすでに理解されているということで、話す意欲を吸収されている気分だった。
「知ってるよ。他の偽テレパレスたちは加害者側だったので少し強引に『治療』してしまった。その結果一人は手術の失敗で死亡。一人は廃人化。一人はおおむねよくなったけど、少し後遺症が残った。一人は行方不明。一人は孤島に幽閉。そのことが世間にバレて叩かれているので、事を慎重に進めたいと思ってる」
「そうか――」
「国にスパイとして利用されるかもと妄想したりしたこともあったけど、それ以上に偽テレパレスが国外に流れることのほうを恐れたので、力を消すことに全力を注ぐことにした」
「……」
「わかってる。それはほかの人の役割で、あなたは同じような立場の被害者同士のケアとして呼ばれてる。でも後ろの人は合意の上で力を失う事に誘導してくれることをほんの少しだけ期待している」
「……」
俺は少し自身の血圧が上がるのを感じる。それはとても単純な感情で、言う言葉を遮られたという浅ましいことから起因していた。
その事実を隠そうとする。しかしそれは無駄だと一瞬で悟った。
悟ったが先に口を開いてしまっていた。
「慎重にとは言うが、今の体制がそうだからと言って」
「『体制が変わって治療が強引になるかもしれない』? ああ」
彼女は勝ち誇ったように微笑んだ。
「脅すんだ」
「っつ……!」
俺は羞恥で顔が赤くなる。冷や汗を流した。
「あなたは自分のことを若干の反体制だと思ってるけど、こうやって小娘に詰め寄られたら体制側にすり寄った脅しを使う。『これなら』自分の意見を通せる。脅せている、と勘違いできるから」
「……ふーっ、はーっ……」
大きく息を吐き出す。結局のところ俺は彼女を甘く見ていたのだろう。人には皆恥と言うものを持っている。皆持っているからこそ自分の恥なんて大したことないと思っていた。覚悟さえしていれば、心を読まれても問題ないと。
しかしひとたび頭に血が上ってしまえば、無視しようとしたはずの人間性など簡単に再び顔を出す。
「あなたは性欲を抑制するアプリを入れているけど、かつていた教団が性に奔放だったため。それとは別に理由があって、自身はシスヘテロであるが、相手が男女かまわず性欲ふと感じることがあり、さらに老若男女かまわずにもそれが起こる。しかしそれはなかったことにできる程度に無視が出来るもの。本当に誰しもが持っているが、ないと扱っているものかもしれない。実際ないに等しい欲だけど、それでも心が読めると聞くと不安になってくる。だから少年相手だとしても準備してきた。」
「……確かに……」口の中が乾いていて、舌が重い気がした「その通りかもしれない」
吐き出した言葉はその場で溶けてしまった気がした。
脳髄の裏を撫でられているような感覚があった。次に出せる言葉の手札はもうない。冷や汗がじっとりと服の内側から体を侵食してくる。
この感覚は懐かしい気がした。いつも誰かに行動を縛られていた。誰かに敗北を強制させられていた。
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