テレパスもどきと

五三六P・二四三・渡

バックパッカーのテレパス?

 ごみ収集車は5番目に自動化した車らしい。

 バスよりは後で、救急車よりは前だ。俺がこのごみ収集車の仕事についているのは、効率化によりはじかれるはずの人材だったがお情けで雇われているか、それとも自動化の恩恵なのかどうかは微妙だった。

 それはそうとしてごみ収集車は最適化された道を進み、場所によってはゴミ自体を自動で収納してくれる。とはいってもすべての場所でダストボックスから車までのコンベアが敷かれているわけではない。あらゆる街が未来都市になったわけではないのだ。地方では手動でモノを運ぶ必要もあったし、そんなときが俺たちの出番だった。

 他にはトラブルに対してその場で対処する役割も与えられている。事故にあった時や、荷物にあからさまな規定外のゴミが入っていた時。

 そして、収集車が違う道を進みだした時だ。

 それが今起こった。


「お、お?」


 実はマップのほうが間違っているのかと思ったが、そんなことはない。超高層団地の隙間を抜い、次はこの市の企業城下町の集合ゴミ捨て場へ行くはずだった。しかし、収集車は重層化自動田園地帯へ向かっている。

 「これは出番だ」と俺はこめかみを叩いて、海馬端末から運転管理AIにアクセスした。が、なぜかはじかれた。そして、諦めて本社に通信を送ったが、どうも繋がらない。

 どうなってるんだ?

 考えられるのはクラッキングだ。誰かが収集車のAIと本社の管理部門にハッキングしている。

 わざわざごみ収集車を乗っ取るというメリットは何だ?

 バスなら人質を取れるが、あいにくだが俺にその価値はない。

 テロ、と言う可能性に俺は冷や汗をかく。この後大事な用事があるというのに。大ごとになりそうな事態に俺は悪態をついた。


「ん?」


 緊迫した状況だというのに、珍妙な風景を目撃した。

 住宅地の角で、一人の少女が大きな荷物を持って、親指を立てている。背中にごみを背負っているのかと思った。この地区指定のゴミ袋と同じ色のザックカバーをしていたので勘違いしたが、それはそうとて小汚い。

 バックパッカーがいるような場所ではないが、全身で乗せてくれてと主張していた。

 いや、実際平時であれ乗せる理由はない。

 しかしながら収集車はスピードを落とし、少女の前に停止した。

 混乱をよそに、助手席の扉が開き彼女は乗り込んでくる。


「ご苦労様です」


 そうペコリと頭を下げると、俺が何か言う前に収集車は発進した。正規のルートに向かっているようだった。


「な、なんだよお前……!」


 ようやく俺は声を出したが、少女は言葉を遮ってくる。


「『少女は車内をどこか狭そうに見つめている。それはそうだ。本来二人乗りの運転席に、大きなザックまで入れてある。臭そうに、と言う顔をしていないのは自分自身がそうだからだろうか。所作に育ちの良さが感じるが、家出娘の類だろうか。というか、この事態をこの娘が引き起こしたのか? とんだスーパーハカーだが、こう見えて大きな何かしらの組織がバックについているとか?』そう思ってるよね?」


 少女は前を向いたままつらつらとそんな呪文めいた言葉を紡ぎだした。


「んん? いや、そうか?」


 確かに思っているかもしれないが、明確に言語化されると何か違うようにも思えた。

 しかし、精度は高いことは高く……いやそれよりも。


「この後、偽超能力被害者支援団体の約束があるのよね? そこで会うのが私だったってわけ。こういう力を持っているから、多分先に見えないところから観察されたりするんじゃないかって思ったの。それが嫌だから、昨日から施設を抜け出して、あなたの会社の一部をハッキングして会いに来た」


 少女は俺との間に置いたザックごしにそんなことを言う。俺は口をパクパクしているだけで答えられない。

 少女は――確か以前から聞いていた名前だと、倉橋と言ったか?――前を指さす。


「取り合えず施設まで送ってよ」


 そい言って不敵に笑って見せた。


「いやだが……」


 ◇ ◇ ◇


 この車は会社の収集車なので当然タクシー代わりに使うことは許されない。犯罪者には屈しないと俺は啖呵を切った。

 倉橋は少し考えたのち、「それもそうか」とだけ言って、そのままある程度乗ったら下りてしまった。ゴミを回収し終わって拠点に戻ったが、特にトラブルは報告されていないようだった。

 仕事を終えて、営業所から出ると、倉橋が壁に寄りかかって立っていて、「よっ」と手を上げてくる。やはり通報したほうがいいか迷ったが、それだとこの後の協力金が貰えなくなってしまうだろう。俺は公共交通機関に乗り、彼女は後ろからついてきた。

 数時間ほどで施設についた。夜はすっかり更けていた。


「ただいまー」


 と倉橋がインターホン越しに言うと、施設の中から職員と思しき人間達が、叫びながら出てくる。いたぞ、何を考えてるんだ、逃がすな。罵声が飛び交い、あっという間に彼女を取り囲む。


「あはは、じゃあまたね」


 そう叫びながら、倉橋は引きずられるように施設に入っていった。

 何なんだ一体……


「待ってたよ」


 声のした方を見ると、奥から白衣を着た女性がゆっくりと向かってきた。

 俺は「久しぶり。雨村……さん」と頭を下げると、彼女は頷き、『久しぶり』とテキストを送ってきた。


「いったいあれは何なんだ?」

「すまんね。昨日脱出してしまったようだ。今度こそ絶対あのようなことはさせない」


 あまり悪びれていないような声色だったが、雨村にとっては平常運航だった。

 今日はある自助グループの交流会と言うことでこの施設に来たはずだった。同じタイプの犯罪被害者同士で心のケアをすることが目的だ。実を言うと俺は最初は仕事があるので断った。するとバイトと言う形で報酬を出してもいいという。報酬が出るとなると責任が発生するので断ったところ、別に交流会の参加者として普通にふるまってくれればいいという。結局俺は楽な仕事と金に目がくらんで、ここに来た。


「じゃあ、やっぱり中止か?」

「いや、彼女は良く叱って反省させておくよ」

「しかしかなりの規模の犯罪行為だっただろ」

「そうだな。出来れば見逃してくれると嬉しい。ある程度はこちらがもみ消したが」

 俺は軽く目をつむる。「……ならいいいが」


 彼女はうなずいた。


「何はともかく、彼女と話しをしてほしくて呼んだんだ。よろしく頼むよ。あまり肩肘ははらなくていいが」

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