第24話 魔女にかける魔法 10

 夏のギラギラした太陽が木の枝の隙間から、時々キラキラと足元に降って来るけれど、悠一君の背中を見失わないように必死に追いかける。

 「もう少しだから、頑張れ」

 みんなより歩幅の小さい私は、もう声も出ないくらい息が上がって、悠一君の励ましの言葉に返事をすることも出来ない。

 悠一君は学校では見たことが無いくらい張り切っていて、こんなに大きな声だって初めて聞いた。

 「花音ちゃんのリュック、私が持つわ」

 大きなリボンが付いた麦わら帽子をかぶり、それに似つかわしくない青いジャージの上下を着ている雪子ちゃんが、心配そうに私にリュックを渡せと手を伸ばしたが、私は肩で息をしながら首を横に振る。

 雪子ちゃんのお母さんの許しがもらえるようにと、太輔君と私が雪子ちゃんのお母さんにお願いに行った時。おとぎ話の絵本に出てくるようなフリルの付いたワンピースとエプロンをつけたお母さんの姿に驚いて「アリスのエプロンみたい」と思わず言葉を漏らしたら、「まぁ、ありがとう」と雪子ちゃんと同じように「うふふ」と微笑みながら、「白雪姫も人魚姫もお家にいるだけじゃ仲間や王子様に出会えなかったわね。雪子も、少しくらいの冒険が必要かもしれないわ」と、一緒に自由研究をする事を許してくれた。

 「しょうがないな。じゃぁ、根性で頑張れ」

 太輔君が私の後ろから声を掛けると、私の背中のリュックを持ち上げるように前へと押した。

 急に軽くなった肩と、自然と前に進む足が、私の身体を運ぶ。

 スゴイ、太輔君の魔法だ。

 声も出せないくらいしんどかったのに、支えられた力が魔法みたいに思えて、肩で息を吐きながら、笑った。

 無口で他人の事には無関心だと思っていた太輔君は、話し始めると意外とおしゃべりで、独自の視点で人を分析していた。

 学校だけじゃ知ることが出来なかったみんなの姿に、どんどん興味を引かれて一緒にいる事が、とっても楽しい。

 山が遊び場だった悠一君は、久しぶりだと言いながらも迷うことなく先を行き。私よりも運動が苦手だと思っていた雪子ちゃんは、太輔君から借りたジャージに着替えると、いつもと変わらない歩き方なのに易々と悠一君について行く。体力は何の問題の無い太輔君は、一番後ろから私たちを見守るように歩く。

 私は、初めての森にはしゃぎながら、目に付く草花や虫、耳に届く鳥の鳴き声を思いつくままに口にしていたけれど、10分も経たないうちに無口になった。運動は得意じゃないけど、歩くくらいはできると思っていたのに、山道は普通の道を歩くのとは全然違う。

 ごつごつとした大きな石はたくさんあるし。土だと思っていた木の根に急に足を取られるし。やっと下り坂になったと思ったらすごく短くて、さっきよりも急な上り坂になったりで。もう、草花も鳥の鳴き声にも気が付かなくなって、ただ自分の汚れた靴と粗い呼吸しかこの森には存在しないんじゃないかと、孤独になって行った。

 「この先に、あの花が咲いてるところがあるんだ」

 時々止まって後ろを確認しながら、声を掛ける悠一君。

 「あっ、蝶々。可愛い」

 周りに何が見えるのか教えてくれる雪子ちゃん。

 「下じゃ無くて、前を見て。そしたら、自然と足が前に出るから」

 石や木の根に足を取られて、転びそうな私を時々支えながらアドバイスをくれる太輔君。

 苦しくて独りの世界に入り込みそうになると、誰かがみんなの世界に戻してくれる。その度に、体のどこからか、力が湧いてくる。私の耳に届く声は全部、元気が出る呪文みたいに思えて、苦しいはずなのに笑顔がこぼれる。

 「花音」

 「花音ちゃん」

 大きな石が階段みたいになっているところを必死に登っていると、上で待っていた悠一君と雪子ちゃんが手をさし出して名前を呼んだ。私は左手を伸ばして先に悠一君の手を掴んだ。悠一君に少し引き上げられると、白くて柔らかい雪子ちゃんの手も右手で掴んだ。二人の手と私の背中を押す太輔君の手で、ようやく登り切ると、そこは目的の場所だった。

 「ほら、あそこに咲いてる」

 草の上に座り込んで呼吸と鼓動を調えている私と、そんな私を心配そうに見守る雪子ちゃんと太輔君に、悠一君がここへ来た目的を指さす。

 悠一君の声に顔を上げて、指を指す方に視線を向けると、少し開けた場所があって、図鑑と悠一君のスケッチブックで見た黒いユリが咲いていた。

 「わぁ~~、ホントにあるんだぁ」

 汗を拭う力も無いのに、感動が言葉になってこぼれ出た。

 「私も初めて見たわ。すごく奇麗で神秘的」

 「俺も初めてだ。本当にこの山でも咲いてるんだな」

 私たち4人が同じ花を瞳に映して感動していると、心地いい風が吹き抜けて、ユリの花の香りを運んで来た。

 「はぁ~、風が気持ちい~」

 体で感じる事全てを声に出してしまう私。

 「ここに咲いてる花は、他の所よりも色が濃いんだ」

 着いて早々、スケッチブックに絵を描き始めた悠一君。

 「たまには山もいいな」

 空を見上げながら、両手をいっぱいに広げて思いっきり深呼吸をする太輔君。

 「いい香り。この山に咲いている花で、花冠が出来るかもしれないわね」

 「うふふ」と微笑みながら花に触れる雪子ちゃん。

 「花冠!作りたい!」

 「じゃぁ、もっと色んなお花を見つけに行かなくちゃね」

 雪子ちゃんは「うふふ」と微笑んだ後に、何か思い出したような顔をした。

 「そういえば、もう少し奥行くと、季節外れに咲く、桜の木があるらしいわ。その桜の花を見た人は、願いが叶うっていう話を聞いたことがある⋯」

 雪子ちゃんが、おとぎ話を話すように話していると、悠一君が怒ったように遮った。

 「そこはダメだ!」

 みんなは驚いて、息を飲んで黙ったけど、私はいつもの調子で質問する。

 「悠一君は、行った事があるの?」

 私の質問に、更に目を見開いて怒った顔になった悠一君は、唇を噛んで、黙った。

 私はまた余計な事を聞いてしまったのかと、訪ねるように雪子ちゃんと太輔君の目を見た。

 でも、二人も私と同じように、驚いた顔をしている。

 「…そこは、俺と弟が…」

 悠一君が呟くように話し始めたけれど、急に強く吹き始めた風が木の枝を揺らすから、ザワザワと音をたてて悠一君の言葉を埋もれさせる。

 「えっ?何?聞こえない」

 私が風に負けないような大きな声を出したら、悠一君に届いたようで、また唇をかみしめて私を真っすぐに見た。

 ザワザワと木々を揺らした風が少し落ち着いたと思ったら、私の目の前にヒラヒラと白いモノが落ちてきた。

 私はそれにつられるように、地面に落ちた白いモノをつまみ上げた。

 「これ、花びら?薄いピンクだから、桜?」

 私は掌にその花びらを乗せて、みんなに差し出した。

 「まぁ、本当。桜の花びらね」

 雪子ちゃんがのぞき込んで確かめる。

 「そうだな。でもこの花びら、何かキラキラしてないか?」

 太輔君は、角度を変えながら観察をすると、新しい発見を教えてくれた。

 「キラキラ?」

 「うん。光の当たり具合で、ほんの少しずつ色が変わって見える」

 太輔君が花びらを指でつまんで、空に向けてかざした。

 私たちは、ちいさな花びらが光を受けて透かされる様を見ながら、太輔君の言うキラキラを探した。

 太輔君が少しずつ花びらの角度を変えると、時々青や紫やオレンジに見えて、私は思わず、「あっ!」と声を上げた。

 「虹だ!」

 「キラキラ?虹?」

 私たちの言葉を悠一君は繰り返しながら、何か考えだした。

 「これって、もしかして。願いが叶う桜の木に咲いてる桜じゃない?」

 私は、ワクワクした気持ちを思いっきり言葉に乗せて言った。

 「そうかもしれないわね」

 雪子ちゃんも、いつもよりワクワクした顔をして、私に同意した。

 「ここに花びらが届くって事は、この近くに咲いてるのかもしれない」

 太輔君もワクワクした顔で、頷いた。

 「きっとこっちの方向だよ」

 私は桜の花びらがやって来た方向を指さして、駆け出した。

 「きっと、そうね」

 「二人とも、ちょっと待って」

 先に駆け出した私を雪子ちゃんと太輔君がすぐに追いかけてきて、その少し後から、悠一君が何か言いながら追いかけてきたけど、私は桜の木を見つけるこしか考えて無くて、足元よりも上の木ばかりを見ていた。

 「あ、あれっ…」

 少し先に白っぽい花をつけた木が見えたから、立ち止まって後ろを振り返った。

 私のすぐ後ろには、雪子ちゃんが居ると思ったのに、悠一君がいたから驚いて思わず後ずさった。一歩、後ろに下げた足の下には土は無くて、私はフワリと後ろに倒れた。

 本能的に「落ちる」と分かって、目の前の悠一君に、目だけで訴えられたのは一瞬だったけど、大きな手が私の腕を引っ張った。でも、次の瞬間、私たちは二人とも、崖の下に落ちた。 

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