第25話 魔女にかける魔法 11
「花音ちゃん!悠一君!聞こえる!」
「おーい、聞こえたら、返事しろ!」
雪子ちゃんと太輔君の必死な声が上から聞こえる。
「おーい!私は大丈夫。悠一君も生きてるし、血も出て無い」
「上がって来られそう?」
「ごめん、すぐには無理かも、ここ、結構急斜面だから…」
私は、肩を抑えてうずくまっている悠一君を見下ろしながら、この状況を上の二人にどう伝えようかと考えていた。
落ちる瞬間に悠一君が私を守るように抱きしめてくれたから、私はどこも痛く無いんだけど。私の分まで悠一君がケガをしてしまったようだ。
血は、私の手の甲が擦りむけて滲んでいるくらいで、見た限り悠一君からは出ていない。
「誰か助けを呼んでくる!そこで待って…なな…」
上から聞こえる太輔君の言葉が小さくなると、ぼわりと青白い光が見えた。光が消えたと思ったら、一人の女の人が、フワリと私の目の前に降り立った。
「…七々子さん…?」
「太輔君と雪子ちゃんには、心配ないから図書館で待つように言っておいた」
七々子さんは、図書館でお勧めの本を教えるような口調で微笑みながら説明すると、悠一君に近づき、痛そうに抑えている肩を触り始めた。
「痛ってっ…」
私をかばって落ちた時から「痛い」と言う言葉を必死に堪えていた悠一君も、七々子さんの遠慮のない手つきに思わず声を漏らした。
「そうね、痛いわよね。でも、今回は救急車は必要なさそうよ。一瞬、痛いけど我慢できるわよね?」
七々子さんは、悠一君の答えも聞かずに、痛がる肩を抑えながら腕を回した。
「はい。入った。悠一君の怪我は脱臼だけね。肩ははまったから、後はしばらくシップをしておけば痛みも治まるわ。花音ちゃんは擦りむいただけだから、大丈夫。じゃあ、今日は帰りましょう」
今まで肩を抑えて痛みに耐えていた悠一君は、何が起こったのか理解できていない顔をして、七々子さんの顔を見ている。
「でも、どうやって帰ればいいの?崖は急だし悠一君は肩が痛いし、私はどんくさいし、七々子さんはそんな恰好なのに」
七々子さんは図書館にいる時と同じロングスカートと皮靴で、そんな恰好なのに汚れてもいないから、ここまでどうやって来たのか不思議なくらいだ。
「そうね、私が二人を負ぶってこの崖を上がるのは無理だけど、私は魔法が使えるから心配ないわ」
七々子さんは冗談を言うには自然な笑顔を私たちに向けた。
「魔法?あっ!助けを呼んでくれているの?」
「ううん。本当の魔法」
「本当の魔法?」
「…やっぱり。あの時も、七々子さんが俺と弟を…」
悠一君は、七々子さんの言葉をそのまま信じて、堰を切ったように早口で話し出した。
「一年前、弟と怪我をした時。俺たちはあの桜の木に登ってたはずなのに、図書館のすぐ裏の木から落ちたことになってた。怪我が酷かったから記憶が混乱してたのかと思ったけど、弟に話しをきいても、やっぱり、落ちたのは桜の木だった。だから、ずっと不思議に思ってたんだ。
それに、1年前も今日も、俺たちが森に入って来た時から鳥たちが付いて来てて、まるで俺たちの後をつけて来てるみたいだと思った。それに今も、崖から落ちてすぐに現れた七々子さんは、まるで、花音が話す魔女みたいだ」
「悠一君の言う通り、私は魔女なの。山に入って行く人に危険があるようなら知らせて欲しいと、鳥たちにお願いしているの。だから、1年前の悠一君達の時も、今も。鳥たちから知らせを聞いて飛んできた。貴方たちが想像してる通り、箒に乗って飛んできたのよ。その証拠は、ホラ、ここに箒があるでしょ」
七々子さんがパチンと指を鳴らすと、何もなかった草の上に、箒が現れた。
「…うわっ、魔女の箒だ」
「そう。それに、魔法の杖」
七々子さんは手品みたいにどこからか木の杖を取り出してクルクルと回した。
「さあ、花音ちゃんが乗りたがっていた箒に乗って、図書館まで戻りましょう」
七々子さんが魔法の杖を箒に向けて何か呪文を唱えると、杖の先から青白い光が出てきて、箒の柄が長く伸びた。
「これで3人乗れるでしょう。悠一君の肩はまだ痛むだろうけど、私に掴まるくらいはできるわよね?」
七々子さんは宙に浮いた箒にまたがると、私たちを手招きした。私と悠一君はお互いに目を合させたけれど、何も言わずに悠一君、私の順で箒にまたがった。
「最初はちょっと怖いけど、しっかり掴まってたら落ちないから大丈夫。行くわよ、ホラ、しっかり掴まって」
七々子さんが悠一君と私の手を引っ張って、それぞれの身体をしっかり掴まえさせると、「安全運転で図書館まで」と言って地面を蹴ったら箒が少しだけ光ってフワリと浮いた。
「うわっ、浮いた。うわっ、上がってる。うわっ、木の上まで来ちゃったぁ…」
いちいち私が驚いた声を出していると、悠一君が震える声で呟いた。
「…すげぇ…」
すぐ上にある悠一君の横顔は固まっていて、明らかに怖がっていた。
「悠一君、高いとこ苦手なの?」
「…いや、そんなこと無いハズだけど…でもこれは、高すぎるだろ…」
私の質問にちゃんと答えてくれたけど、相変わらす、声は震えて小さかった。
「七々子さん。空を飛ぶ魔法以外にもたくさん魔法が使えるの?」
「ええ。花音ちゃんが使いたがっていた、余計な言葉を話さないようにする魔法も使えるわよ」
「スゴイ!やっぱり、あの図書館は、魔女の家だったんだ!じゃあ、おばあさん達に渡していた、手作りのお茶やお守りは、魔法のおまじないが込められた物だったんだ!それなら、あの図書館に、魔法の呪文が書かれてた本があるっていうのも、冗談じゃ無くて、本当なんじゃ無いの?」
私は箒で空を飛びながら、ずっと憧れていた魔女がこんなに近くに居たことに驚きよりも嬉しさの方が大きくて、言葉が止まらない。
「まぁ、そんなところね。花音ちゃんは、本当に魔女が好きなのね」
「うん!七々子さんが魔女だって分かったら、前よりももっと好きになった!」
「…ありがとう」
七々子さんの声は、風に流されてほとんど聞こえなかったけど、いつもの優しい気持ちは何故が分かった。
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