第22話 魔女にかける魔法 8

 夏休みは、やっぱり嬉しい。

 太陽のギラギラした日差しも、朝からミンミンとうるさい蝉も、いつもより早起きをしなければいけないラジオ体操も。イヤだけど、イヤじゃない。

 いつもなら学校に行く時間に、ダラダラとTVを見るようになってから、お母さんが「夏休みだからってダラダラしてないで、朝の涼しいうちに、今日の分の宿題しなさいよ」と「行ってらっしゃい」の代わりに言うようになってきたので、私は「はーい」と一応返事をして、またTVを見る。そして、ますます機嫌が悪くなったお母さんにTVを切られると、渋い顔をしながら自分の部屋に行って宿題と筆箱を図書館用の手提げ袋に入れて家を出る。

 「図書館で勉強してくる」

 「気を付けて行くのよ」

 お母さんの声を背中で聞きながら、白い自転車をこいで、七々子さんの図書館に向かう。

 夏休みになっても図書館には、やっぱり人は来なくて、ほとんどの時間は貸し切り状態で使える。時々、近所のお年寄りがお裾分けを持って来たリ、悠一君が本を借りに来たりするのは、いつもの風景と変わらない。

 いつもと違うのは、私が毎日のように朝から図書館にいる事くらいだろう。おかげで、夏休みに出された宿題は、そのほとんどが7月中に終わってしまった。

 「もう夏休みの宿題が終わったの?」

 宿題のノートを閉じて、植物図鑑を眺めていると、七々子さんがノートをペラペラと捲りながら聞いた。

 「うん。計算ドリルとか、漢字とかそういうのは終わった。後は、絵日記と読書感想文と自由研究くらいかな」

 「へー、凄いね。花音ちゃんは始めに宿題終わらせる方なんだ」

 「ううん。いうもはギリギリまでやらないけど、ここに居たくて宿題してたら、すぐに終わっちゃった」

 「そう。花音ちゃんが毎日来てくれて、私も嬉しいわ。宿題が終わっても、来てくれると嬉しいんだけど」

 「もちろん来るよ!この図書館、大好きだもん」

 思わず大きな声で言ってしまったけど、私以外に利用者がいないから注意されることは無かった。

 「読書感想文の本はもう決まってるの」

 「んー、悩み中。大好きな魔女が出てくる本にしたいけど、推薦図書も読んでみようかなって」

 「そう。いろんな本を読むのは、良い事よ。じっくり選んでね」

 「はーい。それで、自由研究なんだけど」

 「何にするか決まったの?」

 「これ」

 私は、眺めいた植物図鑑の表紙を七々子さんに見せながら、頭に浮かんだ事を話した。

 「この森の中にある、珍しい草花とか、薬草を調べてみたら面白いんじゃないかな?と思って」

 私の提案に、七々子さんは嬉しそうに驚いた。

 「まぁ、いいわね。楽しそう」

 「でしょ?魔女が出てくる本に、珍しい花とか薬草とか木の実とかがよく書かれてるから、この森にあるモノを調べたら楽しそうだなって」

 「花音ちゃんは、ホントに魔女が好きなのね」

 「うん。だって、魔女は困った人を助けるでしょ。まぁ、たまに、悪い魔女もいたりするけど…」

 「花音ちゃんは、人の為になる事がしたいのね」

 「そんな大それたことじゃないよ。ただ、魔法が使えたら、余計な言葉を言って嫌な思いをさせた人に、それを忘れる魔法をかけて。お詫びに、少しだけ幸せになれる魔法をかけられるなって。まぁ、それだけじゃ無いけど…」

 いつか、七々子さんと話した「もしも魔法が使えたら」って妄想で話した事が、大半の理由だったりもするけど。周りの人が、少しだけ幸せになれる魔法が使えたらいいなというのも、嘘じゃ無い。

 「そっか。少しだけ幸せになれる魔法って、素敵ね」

 七々子さんは、少しだけ寂しそうな目をして、とっても優しく微笑んだ。

 いつも、温かい春の太陽のように微笑んでいる七々子さんは、時々、寂しそうな目をする。そんな時、決まって目の色は濃い青になって、すぐに違う色に変わる。

 「そうだ。この森にある植物の事なら、悠一くんが詳しいわよ。聞いてみたら?」

 「悠一君?」

 「ええ。そろろ来る頃じゃないかな…」

 七々子さんが何気なく入り口を見た時、ドアが開いて、野球の帽子をかぶった悠一君が入って来た。

 「こんにちわ、悠一君」

 「こんにちわ」

 七々子さんは驚く事も無く挨拶をすると、悠一君は野球の帽子を取って挨拶をして、チラッとだけ私に視線を向けたけれど、真っすぐカウンターに向かい、鞄から本を取り出した。

 「もう読んじゃったの?全部」

 七々子さんは少し驚きながらカウンターに置かれた本を見ながら問いかける。悠一君が3日前に借りて行った5冊の名探偵の本は、結構なページ数があって、私なら、1週間はかかりそうだから、七々子さんが驚くのも分かる。

 「いや。読んだのは、1冊だけ。弟が、次は冒険する話が良いって言うから」

 「そう。じゃぁ…この本なんてどうかしら?」

 七々子さんはカウンターの近くにある本棚から1冊本を抜くと、悠一君に手渡した。

 「…読んでみる」

 「良かった。それから、花音ちゃんがね、自由研究はこの森でとれる植物を調べようと思ってるんだって。悠一君、詳しいから色々教えてあげたら?」

 「あっ!それ、まだ決めた訳じゃ無いのに…」

 動機が「魔女みたいだから」っていうのが恥ずかしくて、本当はもう決めていたのに、思わず否定した。

 「そうなの?とってもいいテーマだと思ったのに。ねっ、悠一君」

 「うん、まぁ…」

 悠一君の何とも言えないような態度に、私は気を悪くするどころか、「悪くない」と言われた気がして、動機が恥ずかしかった事なんて忘れて、聞いてみた。

 「夏に咲く花とかあるのかな?薬草とか木の実とか?どの辺りにあるのか教えてくれるだけでいいの。私、探しに行ってみる」

 「一人で山に入るのは、危ないからやめろ」

 私の質問に間髪を入れず、強い口調で注意をされて、驚いた。悠一君にこんなにハッキリ注意されたのは初めてだ。

 「…あぁ、うん…」

 「じゃぁ、悠一君が一緒に行ってあげれば?何処に何があるのかも詳しいでしょ」

 「えっ?俺が?」

 「えぇ。二人でも心配なら、他の友達も誘ってみたら?」

 「あっ、雪子ちゃんも誘ったら来てくれるかな?太輔君は…水泳の練習で忙しいから無理かな…」

 校外学習で班になったメンバーが頭に浮かんで、名前を挙げる。

 「あっ、そうだ!自由研究はグループでやっても良いって、先生が言ってたよね?もし、まだ取り掛かって無いなら、4人で一緒にやらない?」

 私は悠一君に問いかけながらも、次々と思いついた事を口にして、悠一君が答える隙間を与えなかった。でも、話しているうちに、みんなで山の中を散策したり、調べたことを一緒にまとめたりする姿を妄想したら、楽しくなって来た。

 「悠一君は、もう自由研究のテーマ、決めた?」

 長い前髪から覗く目を見上げながら「まだ」という言葉を期待して最後の質問をした。

 「…まだ」

 期待通りの言葉が悠一君の口から聞こえたから、私は思わず大きな音を立てて椅子から立ち上った。

 「じゃぁ、決まり!私、雪子ちゃんを誘ってみる。悠一君は太輔君を誘ってみて。明日、朝から来られる人は、図書館に集合ね!」

 私は、悠一君の返事も聞かずに、バタバタと勉強道具を片づけて図書館を出た。

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