第21話 魔女にかける魔法 7

 校外学習は、バスで2時間ほどかかる隣の県へ。

 歴史のあるお寺や建造物を見学したら、帰るまでの2時間はそれぞれの班で自由行動になる。

 体が小さくて、勉強も得意じゃなくて、運動も苦手な上に、余計な事を言ってしまう私は、まだ苦手なものがある。

 それは、乗り物。

 車もバスも、飛行機も。乗ったことは無いけど、きっと船も、乗り物酔いをしてしまう。そんな訳で、長時間の乗り物での移動には必ず、酔い止めを飲むことにしている。

 今朝も、朝ごはんの後にしっかり飲んだ薬は、お昼を過ぎてもまだ効いていて、お弁当も半分しか食べられず、自由行動の時間になってもまだ頭がボーっとしている。

 3人に声を掛けたのが私だってことで、校外学習の班長は私なんだけど、行く予定をしていた神社へ向かう気力が湧いてこず、解散になった場所からまだ動こうとしない私に、雪子ちゃんが声を掛けた。

 「花音ちゃん。行かないの?もう、みんな行ったわよ」

 周りを見渡すと、先生がみんなに手を振って送り出していて、残るは私達の班だ。

 「…うん」

 気の無い返事を返して、仕方なく重い体を運ぶように歩き出す。

 確か、ここから2駅ほど先にある大きな神社が目的地。

 リュックからノロノロと地図を探していると、目の前に紙が現れた。

 「これ」

 まだ地図を見つけられない私に、悠一君が自分の地図を差し出してくれた。 

 「ありがと」

 受けとって地図を見るけど、今、自分がどこに居るのか、それを見つけるのにも時間がかかる。

 「2駅先で降りて真っ直ぐ行ったら見えてくる」

 悠一君がボソボソと言って、私の少し前に立った。

 「場所、分かるの?」

 「多分」

 「じゃ、案内、お願いします」

 悠一君に素直に先導をお願いして、駅へと向かうが、眩しい太陽の光が、容赦なく目に入って来て、鈍い頭痛を呼び起こし、歩くたびにジワジワと痛みが広がる。

 乗り物酔いがヒドイ私は、酔い止めを飲んだ日は大体ボーっとして、使い物にならない。でも、酔い止めを飲まないと、立っていられないほど具合が悪くなり、校外学習に参加することも出来なくなる。

 だから今回も、2時間の移動だけど、山道を走ることも考えて、軽めの酔い止めを飲んだんはずなのに、体が小さいせいか、思っていたよりもよく効いていて、寝不足のようなだるさが全然消えない。

 私は重い足取りで、悠一君の青いジーパンと、雪子ちゃんの水色のスカートと、太輔君の白くてムキムキのふくらはぎを見ながら、はぐれない様について行くので精一杯。でも、悠一君は、私の体調と反対に、迷う事も無く目的の駅に着き、神社までの道を進む。

 「こんなにお天気良かったら、日焼けしちゃうね」

 雪子ちゃんは、少し遅れてついてくる私に声を掛けると、ピンクのリュックから白のレースが付いている折り畳み傘を取り出し、いつものように傘をさして、私の隣に並んで私にも日傘をかけてくれた。

 日傘で日差が遮られたら、ズキズキと鳴り始めた頭痛の少し弱まった気がした。

 「ありがとう」

 日陰になっても、浮き上がるように白い雪子ちゃんの顔を見てお礼を言った。

 神社の参道に入る石の鳥居をくぐると、両側に木が沢山植わっていて大きな枝と緑の葉っぱが石畳に影を作っている。

 枝を揺らす風を少し汗ばんだ首筋に感じると、息苦しかった呼吸が少し楽になったような気がした。雪子ちゃんが傘を畳み、私達4人はみんな同じように、長く続く石階段を見上げた。

 「これ、登るんだよな」

 太輔君が珍しく嬉しそうな顔をして言った。

 「すごく大変そう。でも、頑張って登ってから神様にお願いしたら、願いが叶いそうね」

 雪子ちゃんも、「うふふ」と微笑みながら言う。

 「俺、パス」

 悠一君は短くそう言うと、端にある石のベンチに向かった。

 「私は…」

 「花音ちゃんは、私と太輔君の荷物持っててくれる?」

 「えっ?何で」

 私が答える間もなく、雪子ちゃんが太輔君のリュックをトントンと叩いて下ろさせると、自分のリュックも肩から下ろして、悠一君が座る石のベンチに置いた。

 「交代で行きましょう。先に私と太輔君。戻ったら、花音ちゃんと悠一君ね。悠一君、花音ちゃんと二人で荷物見ててね」

 雪子ちゃんは「うふふ」と微笑みながら手を振って、太輔君が待つ階段の下へ向かった。

 二人は並んで石段を見上げると、「うん」と大きく頷いて、太輔君はトレーニングするみたいに駆け足で階段を登り始め、雪子ちゃんは銀色の手すりをしっかりと掴んで、水色のスカートを揺らしながら登り始めた。

 「パス」と言った悠一君はいつの間にか、本を取り出して読んでいるから、私は言われた通り、悠一君の隣に置かれた、雪子ちゃんと太輔君のリュックを抱えて座り、まだ重たい頭を二つのリュックに沈めた。

 ゴワゴワと顔に当たる感触は良くなかったけど、クッションの代わりには十分なる。

 まだズキズキと痛む頭とボーっとする視界を休めようと目を閉じた。

 瞼を閉じていても、木の枝が揺れる度に差し込で来る光が分かったし、隣に座る悠一君の気配も感じる。そして、私達の前を行き交う人がいることを、石畳を踏みしめる足音が教えてくれた。

 私はまだ目を開けたく無くて、風に擦れる葉っぱの音や、何処からか聞こえる鳥の鳴き声、話しながら通り過ぎる人達の音を聞いた。

 何だか魔女の修行みたい。

 本で読んだ場面を今の状況と交差させて、妄想する。

 目を閉じて、自然の音に耳を澄ますと、どこかで内緒話をしている妖精の声が聞こえてきそう。妖精は、薬草が何処にあるとか、誰がどんなことをに困っているかとか、よく知っているから魔女にとっては大切な仲間。

 鳥の鳴き声も、何か大切な情報を教えてくれているのかもしれないから、耳を澄ましてよく聞こう。

 なんて、妄想をしていたら、目を開けるのがイヤになった。だから、もう少し、もう少し…。そう思っているうちに寝てしまっていた。

 目が覚めると、目を閉じる前に見えていた物の見え方が変わっていた。

 何度か瞬きをして、ここが何処か思い出す。

 確か、校外学習に来ていて、自由行動の目的地の神社に来たんだ。それで、ベンチに座って、荷物を抱えて目を閉じながら、魔女の修行を…。

 顔に当たっていたリュックのゴワゴワとした感触が、硬くもあり、少し柔らかくもあり、何より温かい感触に代わっている事に気が付いた。枕にしている物の感触を手でも確かめる。

 何か、固めの布?

 手の感触を確かめながら、視界に入ってくる情報を整理する。

 石畳、歩いている人。鳥居かな?大きな石の柱。それにしてはみんなおかしな方向を向いている。

 眠っている間に私が魔法をかけてしまったんだろうか?

 魔女でもないのに?

 「あら、花音ちゃん起きた?」

 目の前に見覚えのある白い顔が急に現れて、驚いて頭を上げた。

 ガツンッ!!

 目から星が飛び出すような衝撃と痛みを感じて、こめかみを押える。

 「まぁ!悠一君、花音ちゃん。大丈夫!」

 雪子ちゃんが驚きながら、私達に呼びかける。

 悠一君?

 私は頭を押えながら、隣でおでこを押えている悠一君を見つけた。

 まだ目の前がチカチカしているけど、今の状況が飲み込めた。

 私、悠一君に膝枕をしてもらってたの?

 だから、起き上がった時に悠一君のおでこにぶつかったのか。

 何も言わずに目を瞑っておでこを押えている悠一君に謝った。

 「ごめん」

 そして、おでこを押えている大きな手を力ずくで引きはがすと、長い前髪をかき上げて悠一君のおでこの状態を確認した。

 赤くなっている。

 「うわっ。何か冷やす物無い?」

 そう言って周りを見ると、雪子ちゃんが濡らしたハンカチを差し出してくれた。

 「これ、さっき濡らしたところだから、まだ冷たいわよ」

 雪子ちゃんから受け取った濡れたハンカチを、悠一君の赤くなっっているおでこに当てた。

 悠一君は目をギュッとつぶり、痛そうに顔を歪めて私の手からハンカチを引き継いだ。

 「花音ちゃんはこれ」

 太輔君が私に渡してくれたのは、良く冷えた缶のオレンジジュースだった。

 「ありがとう」

 私は素直に受け取って、まだジンジンとするこめかみに当てた。髪の毛を通して伝わる缶の冷たさは、ジンジンとする痛みを少し和らげてくれた。

 「悠一君、ごめんね。何か恩を仇で返したみたいになっちゃって」

 おでこを冷やしながら、横目で私を見ると、悠一君右の眉毛に辺りに細く筋が入っている様に見えた。

 傷跡?

 そう言えば、悠一君が前髪を上げている姿を見るのは、初めてだ。

 「その傷、小さい頃の?」

 私も幼稚園の頃、お父さんのお気に入りのガラスのコップが使いたくて、内緒で使ったら、見事に落として割ってしまい、ばれないうちに片付けようとして、右手の人差し指をザックリと切り、3針縫うケガをした。バレないどころか、大騒ぎで病院に駆け込んだ事を、思い出した。

 悠一君の傷跡は、私の指に残る傷跡と似ていると思ったんだ。

 悠一君は大きな目で私を睨むと、石階段の方へ移動して、階段の一番下に腰掛けると、いつものように前髪を下ろして、その上から濡れたハンカチを当てた。

 悠一君を怒らせてしまったと、動揺する私に、雪子ちゃんは「うふふ」と微笑みながら隣に座った。

 「怒ったんじゃないわ、きっと」

 「悠一は、あの傷を気にしてるんだ」

 雪子ちゃんに続くように、太輔君が悠一君を見ながら、傷の事を教えてくれた。

 「5年生の夏に、弟と木登りをして怪我をした傷跡だよ。悠一は顔の他に肩にも大きな傷跡がある。でも弟は、目を傷つけてしまって、見えなくなったんだ」

 「悠一君。怪我をする前は、明るくて元気なクラスのムードメーカーだったのよ」

 「嘘っ。そんな風には見えないけど…」

 「そうだよな。変わってしまった悠一に、みんな、どんな風に声を掛けたらいいのか分からないんだ。だから、増々一人になって、今は、あんな感じだけど。花音ちゃんが時々悠一に話しかけるようになってから、少しずつだけど、明るさが戻って来た気がする」

 「うん、そうね。さっきも、体調の良くない花音ちゃんを休ませてあげたくて、『パス』って言ったんだと思うわ」

 私の知らない悠一君が二人の口から聞かされても、上手く想像は出来ないけど、話しかけたら、一応は返してくれる姿を思い返すと、嘘じゃ無い事は分かる。私は、階段に座る悠一君の前まで行くと、おでこを抑えて俯いている頭に話しかけた。

 「おでこ、ごめんね。後、一緒に休憩してくれてありがとう。もう大丈夫だから」

 悠一君は、何も言わずただ頷いただけだったけれど、私には「分かった」と言ってくれたように感じた。

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