第18話 魔女にかける魔法 4

 あの図書館で初めて本を借りてから、2週間の返却期限を待たず図書館に通うようになった。

 3回目に行った時に気が付いたんだけど、毎回、本の位置が変わっている。それは全部じゃ無いのかもしれないけど、私の好きな魔法使いや魔女が出てくる本が、背の低い私の目線に入るように並んでいたり。初めて来た時に、私の頭の天辺当たりの高さに並んでいた、世界の偉人の伝記が、日本と外国の名探偵のシリーズに変わっている。

 利用者がほとんどいないから、七々子さんが時間を持て余して、並び替えてるんだなと思って、通う度に、どの本棚が変わっているのか探すのも、間違い探しをしているみたいで楽しくなった。

 図書館は相変わらず、利用者はほとんどいないけど、時々、私と入れ違いで、図書館の外で見かける人いた。背の高い中学生くらいのお兄さんで、いつもプロ野球チームの帽子を深くかぶって、黒い自転車に乗っている。いつも後ろ姿しかハッキリ見えないけど、私は勝手に親近感を持っていた。


 ゴールデンウイークの最終日。

 お父さんとお母さんは仕事で大忙しだから、私はいつものように読み終えた本を持って、七々子さんの図書館に行った。夏のような暑い日差しを背中に受けながらたどり着き、いつものように自転車を止めると、黒い自転車が先に止まっていた。

 あっ、いつものお兄さんのだ。

 名前も顔も知らないけど、同じ図書館を利用してるってだけで、勝手に親近感を持っていた私は、自転車を見ただけなのに嬉しくなって、図書館のドアを開けた。

 「はい、悠一ゆういち君。返却は2週間後ね」

 奥から七々子さんの声が聞こえたと思ったら、帽子と本を抱えた背の高いお兄さんとすれ違った。

 すれ違う瞬間に初めてお兄さんと目が合った。

 長い前髪から覗く目。

 お兄さんは一瞬大きく目を見開いたけど、直ぐに顔を逸らして出て行った。

 悠一君。

 七々子さんが呼んだ名前と、私が知っている「悠一君」をジグソーパズルのようにつなぎ合わせると、一人の男子が現れた。

 あっ!藤井悠一ふじいゆういち

 私はバタバタとカウンターに駆け寄って、七々子さんに確かめた。

 「花音ちゃん。走っちゃダメよ」

 「今の、藤井悠一?」

 七々子さんの注意と私の確認がピッタリ重なり合って、お互い同じタイミングで「はい」と言うように頷き合った。


 藤井悠一君は、男の子にしては珍しく、長い髪をしている。長いと言っても、女子にしたらショートカットくらいなんだけど、他の男子はみんな、耳もおでこも見えるくらい短い髪型をしているから、悠一君の髪の長さは印象に残って、転入初日の自己紹介で名前を覚えた一人でもあった。

 悠一君は、目にかかって鬱陶しいくらい長い前髪をしている上に、クラスで一番背が高かった。背は高いのに、自己紹介や授業での発表の声は聞き取るのがやっとなくらい小さくて、ボソボソ話す。おまけに休み時間は、窓側の一番後ろの席で肘をついて窓の外を見ているか、長い前髪を気にする事も無くノートに何か書いているかで。他の男子と一緒に校庭でサッカーやドッジボールをして遊んでいる姿は見たことが無い。おまけに、顔の半分は髪の毛で隠れているから、ちゃんと顔を見たことも無かった。

 だからかな?何度も後ろ姿を見ていたのに、名前を聞くまでクラスメイトだってことにも気が付かなかった。

 七々子さんの図書館ですれ違って以来、同じ図書館を利用する者同士って事で、勝手に仲間意識を持ち始めた私は、日に日に強くなる日差しが、梅雨を飛び越えてもう夏が来るんじゃないかってくらい、天気のいい日の昼休みに、クラスメイトのほとんどが校庭に遊びに出たタイミングを見計らって、声を掛けた。

 「悠一君が読んでる本って、七々子さんの図書館で借りたのだよね?いつもどんなのを借りてるの?」

 今日の悠一君は、珍しく休み時間ごとに本を開いていたから、私の好奇心はそのまま言葉になって口を出た。

 悠一君は長い前髪の間から驚いたように私を見て、一瞬固まったけど、答える代わりに、本を持ち上げて表紙を見せた。

 それは、外国の名探偵が活躍するミステリー。

 前に数ページだけ読んだことがあるけど、私には面白さが分からなくて、諦めて途中で返してしまった本だった。

 「ミステリーって、私には面白さが分からないんだよね」

 悠一君は私の言葉なんか聞こえてないみたいに、本を元に戻すと長い前髪を気にすること無く、再び読み始めた。

 あぁ、また余計な事を言ってしまったのかもしれない。

 折角教えてくれたのに、「それは面白く無い」と言っているようなものだったのかも。私は悠一君の長い前髪で隠れた横顔を見ながら、独り言のようにもう一度話しかけた。

 「私、あの図書館好きなんだよね。来年の夏に無くなっちゃうなんて、やだな」

 「…そうだな」

 ボソッと。

 校庭から聞こえるみんなの遊び声にかき消されてしまう程の声だったけど、確かに応えてくれた。

 それだけで、何だか嬉しくてまた勝手に、仲間意識を強めてしまった。

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