第17話 魔女にかける魔法 3

 転校初日から失敗したって事は、勘の悪い私でも分かった。

 まだ新しい友達が作れていないのに、4月は終わろうとしている。なのに、私のどんよりとした気持ちとは裏腹に、気温はグングン上がって、太陽は燦燦と輝いている。

 いつものように一人で下校していると、2メートルほど前にクラスメイトの白井雪子しらいゆきこちゃんが、私と同じように一人で下校しているのが見えた。

 雪子ちゃんがクラスで浮いているのは、転入早々気が付いていた。

 まず服装。

 学校に制服は無いから、女子も男子もジーパンやトレーナーとか、動きやすくて汚れが気にならないような服装が普通なのに、雪子ちゃんは、発表会で着るようなフワフワとしたスカートやワンピースを毎日着ていた。おまけに、長い髪には可愛いリボンや飾りが付いているし、ピカピカに磨かれた可愛い靴を履いている。

 それから白い肌。

 背は芽衣子ちゃんと同じくらいだけど、少しぽっちゃりとしていて柔らかそうな頬っぺたや足は、外で遊んだことが無いのかと思うほど白い。「雪子」と言う名前の通り、雪のように白い肌をしている。

 極めつけは、ゆっくりとした仕草。

 白くてフワフワした見た目を裏切らない、ゆっくりとした話し方や動きは、授業で発表する時も、掃除の時間も、体育の準備体操でさえも、みんなよりほんの少し遅れているように感じてしまう。

 雪子ちゃんに興味はあったけど、転入早々女子に良く思って貰えていない事に気になって、自分から声を掛ける事をためらっていた。だけど今、目の前でクルクルと回る傘に、今まで抑え込んでいた好奇心が目を回したようにあふれ出した。

 ゆっくりと歩く雪子ちゃんに直ぐに追いつき隣に並ぶと、傘の前から覗き込むように雪子ちゃんの顔を見た。雪子ちゃんは、少し驚いて目を大きく開いたけど、直ぐに笑顔になって「うふふ」と笑った。

 「こんなにいいお天気なのに、何で傘、さしてるの?」

 私は、笑い返すよりも先に、抑えきれない疑問を質問した。

 雪子ちゃんは、私の質問にまた「うふふ」と笑って答えた。

 「私、お姫様になるのが夢なの」

 「?」

 答えの意味が分からずに「お天気の日に傘をさしたらお姫様になれるの?」と更に質問すると、楽しそうにまた「うふふ」と笑いながら答えた。

 「これは、日傘って言って、日焼けしないようにさす傘なの。日に焼けて真っ黒なお姫様なんていないでしょ?」

 そうなんだ。と納得したけど、私は雨も降っていないのに傘をさすなんて面倒くさくてイヤだなと思って、「よくそんな面倒くさい事ができるね」と言って、また雪子ちゃんを「うふふ」と笑わせた。

 一緒に帰ったのはその日だけで、次に雪子ちゃんが私に「うふふ」と微笑んだのは、ゴールデンウイークが終わった頃の音楽の授業中だった。

 ピアノが苦手な東村先生は、音楽の授業ではピアノを習っている芽衣子ちゃんに、歌の伴奏をお願いする。でもその日は、芽衣子ちゃんは風邪で休みだったので、雪子ちゃんが伴奏に指名された。

 先生が雪子ちゃんに歌う曲を弾けるかと聞いたら、音楽の教科書を見て直ぐに、いつものように「うふふ」と微笑みながら「はい」と答えて、ゆっくりとピアノの前に座わり、みんなで歌う前に、一度だけ先生の指揮と合わせて弾いた。

 雪子ちゃんの奏でるピアノは、正確にリズムを刻む芽衣子ちゃんのピアノとは違って、先生の指揮に合わせてはいるけど、歌っているようだった。

 だから、雪子ちゃんがピアノを弾き終わった後、私は思わず拍手をした。

 パチ、パチ、パチ、パチ。

 小さな手から出る、拍手は他から音が重なり合うことは無く、虚しく音楽室に響いた。みんなはそんな私を冷たい目で見ていたけど、雪子ちゃんはピアノ越しに顔を半分だけ覗かせて「うふふ」と微笑んでくれた。

 私は、雪子ちゃんのピアノがもっと聴きたいと思ったから、下校の時に日傘をさす後姿を追いかけて、いつかみたいに隣に並んで質問した。

 「雪子ちゃんがピアノ弾けるのも、お姫様になりたいからなの?」

 雪子ちゃんは、一瞬だけ目を丸くしたけど、また「うふふ」と微笑んで口を開いた。

 「最初はそうだったけど、今は好きだから弾いてるの。今日、拍手をくれて嬉しかったわ。ありがとう」

 いつものようにゆっくりと話しながら、私の目を見てお礼を言った。

 「どんな曲が弾けるの?アニメの曲とかも弾ける?」

 私が話しかけても嫌そうな素振りを見せない雪子ちゃんに、調子にのって次々と質問をする。

 「譜面通りじゃ無いかもしれないけど、耳で聞いたら、大体の曲は弾けるわ。でも私は、アニメの曲よりもワルツの方が好きよ」

 耳で聞いただけで弾けるなんてスゴイと思って、ワルツが何なのかはどうでもよくなった。

 「へぇー、凄い。私も小学校に入って直ぐ、ピアノを習ったんだけど、どうも向いて無くて、2回行っただけで辞めちゃった」

 ピアノは、私が習いたかったわけじゃ無くて、お母さんが習わせたかったからで、ご褒美につられて2回は行ったけど、家で一度も練習しない私を見て、これ以上は無理だと早々に諦めてくれた。おかげで、音楽はキライじゃないけど楽譜はほとんど読めなくて、今となっては、もう少しだけ習っておけば良かったなと思ったりもする。

 「花音ちゃんは、気持ちよさそうに歌うから、ピアノを弾くよりも歌う方が向いているわ」

 雪子ちゃんはまた「うふふ」と笑うと、日傘をクルクルと回した。

 「ホント?私の歌、変じゃない?」

 褒められたことが嬉しくて私は「うふふ」じゃ無くて「えへへ」と笑った。

 「えぇ。素敵な歌声だと思うわ。将来オペラ歌手になれるかもしれないわよ」

 「えー、オペラ歌手?ヤダそんなの。私、本屋さんになりたいのに」

 褒めてくれたのに、意にそわない職業を言われて、唇を尖らせた。

 「本屋さん?」

 「そう、私、本が好きなんだ」

 「そう、素敵ね。でも、本が好きなら、作家になればいいんじゃない?」

 雪子ちゃんは質問するテンポもゆっくりで、話すテンポが早い私とは対照的だ。

 「えー!それは無理。本を読むのは好きなんだけど、作文は苦手なの。だから、作家は無理。でも、本屋さんならいつでも本が読めるでしょ。あっ、図書館のお姉さんもいいな」

 私は思いついた事を、そのまま口にする。「図書館のお姉さん」と言って想像したのは、お気に入りの図書館で微笑む七々子さんだ。

 「あぁ、だから花音ちゃんは、いつも休み時間に本を読んでいるのね」

 本が好きなのは嘘じゃ無いけど、休み時間に本を読んでいるのは、誰にも遊びに誘ってもらえない、惨めな気持ちを誤魔化すためでもあった。

 「うん、まぁ」

 曖昧な顔で、曖昧に答えて、別々の道になる交差点で別れた。

 雪子ちゃんは「バイバイ」と手を振る仕草までゆっくりで、口元は「うふふ」と微笑んでいた。

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