第16話 魔女にかける魔法 2

「転入生の吉村花音よしむらかのんさんです。みんな、友達になって、この学校の事をたくさん教えてあげてくださいね」

 春休みは、引っ越しのせいでいつもよりも短く感じて、あっという間に終わってしまった。6年生の自覚もないまま、初めての登校日には、転入生として想像通りに紹介された。

 担任の東村ひがしむら先生は、私の3倍くらいありそうな大きな体から良く響く声を出す人だ。

 「吉村花音です。よろしくお願いします」

 私も東村先生の声には負けるけど、緊張しながらも大きな声で自己紹介をして、真っ赤なランドセルを背負った体を大きく二つに折り曲げた。

 もう6年生になったのに、まだ4年生くらいに間違われる小さい背は、お辞儀をしたら後ろの席の人には見えくなったんじゃないかな?

 そんな事を頭の片隅に思いながら顔を上げると、私を興味深そうに見る沢山の目にドキッとして改めて緊張が広がり出す。

 「花音さんの席は、廊下側の一番後ろの席ね」

 東村先生は柔らかそうな指で、誰も座っていない席を指した。

 私は頷いて、自分のために用意された席に着く。

 何とも言えない緊張感が私の体から出ているし、周りのクラスメイトからも感じとれる。

 でも、それに気付かないふりをしながら、スカスカのランドセルから筆記用具を取り出して、机の中へしまう。

 私が席に着いたのを確認すると、東村先生は教室を見渡しながら声を響かせた。

「では、6年生になったので、こっちの列から順番に自己紹介をしていきましょう」

 クラスのみんなは口々に「えー」とか「なんでー」とか言ってるけど、東村先生は聞こえて無いみたいに、窓際の一番前の人に「後ろを向いてみんなに顔が見えるように、してちょうだいね」と言って、進めた。

 各学年1クラスしかないこの学校では、クラス全員が幼馴染みで、新学年になったからと言って、自己紹介なんて、本当は必要ない。だからこれは、私の為にしてくれてたんだと思うんだけど、自己紹介で覚えられた顔と名前は10人もいない。

 元々、そんなに頭は良くないし、物覚えも良い方じゃないから当然の結果なんだけど、それでも、転校初日は良い印象を残したいと思った。だから、休み時間になっても、名前をしっかり覚えていない隣の席の女子に話かけたり出来ない。だって名前を間違えたら、すごく印象が悪いって事ぐらい、私にだって分かる。

 休み時間になって、自分の席で俯いていたら「花音ちゃん」と一番に話しかけてくれたのは、覚えた中の一人、安原芽衣子やすはらめいこちゃんだった。

 自己紹介だけなのに、笑顔で明るくはっきりと話す姿は元気で良い印象あるし、彼女が話している時のクラスの空気が、安心と信頼が感じ取れるものだったから、きっと、このクラスのリーダー的な存在なんだろうと思った。

 「花音ちゃん。私、安原芽衣子。よろしくね」

 「吉村花音です。よろしく」

 芽衣子ちゃんは、溌溂とした笑顔で私の机の前に立った。

 背が高く、健康的に日焼けをしてる肌に、白い歯を全部見せてくれるんじゃないかと思うくらい、顔いっぱいの笑顔の芽衣子ちゃんに、私は少し物怖じしながら、まだ緊張が解けていないぎこちない笑顔を向けた。

 「花音ちゃんのお家って、あの『吉屋きちや』さんなんでしょ?」

 芽衣子ちゃんの周りに数人の女子が集まりだし、背が低いうえに席に座っている私はみんなから見下ろされて、妙な圧力が私にのしかかり、小さいのにもっと小っちゃくなったみたいに感じて、さっきよりも小さな声で答える。

 「うん」

 おじいちゃんの仕出し屋は『吉屋』という屋号で、普通に挨拶するだけでも、近所の人からは「吉村さん」と呼ばれず、「吉屋さん」と呼ばれる。

 「いいなぁ。天ぷらとかお刺身とか、毎日食べられるの?」

 芽衣子ちゃんは、取り囲んでいるみんなを代表しているかのように、少し大きな声で質問する。

 私は芽衣子ちゃんの声とは対照的に、さっきよりも小さな声で答える。

 「そんなの、毎日食べないよ。それに、私、お刺身、食べられないし」

 「えー、お刺身がキライなの?美味しいのに」

 芽衣子ちゃんの後ろにいるまだ名前を覚えていない女子が、ちょっと大げさに声を上げる。

 「花音ちゃんはキライな物が一杯あるんだ」

 芽衣子ちゃんが決めつけるように言うと、別の女子がからかうように後に続いた。

 「好き嫌いばっかりしてると、大きくなれないよ」

 6年生なのに背が低く体が小さい事は、私にとって大きな悩みの一つだった。それに、これまで大人たちに散々言われいて、私は習慣になりつつある言葉を反射的に口にした。

 「私が小さいのは、食べ物のせいじゃ無くて、遺伝です」

 お父さんは普通に背が高いけど、お母さんは大人の女の人にしては背が低い。だから私の背が低いのは、食べ物の好き嫌いじゃ無いと勝手に分析していた。

 私の言葉は、取り囲んでいた女子たちの表情を固まらせたのに、言葉はまだ止まらなくて、いつものように言ってしまった。

 「それに、お刺身がキライだって言っただけなのに、嫌いなものが一杯あるって勝手に決めつけないでよね。私がキライなのは、お刺身とピーマンとイチジクだけだから」

 時間が止まったように、固まった芽衣子ちゃんと女子たちは、驚いた顔をして私を見降ろしている。

 あっ、やっちゃった。

 私はみんなの顔を見て、転校初日から自分の悪い癖が出てしまった事を悟った。

 私は気が強い上に、一言余計な言葉を言ってしまうという、悪い癖を持っている。

 今朝、お母さんに気を付けるようにと注意されたばかりなのに。転校初日の私の印象は最悪なものになってしまった。

 私は何とか取り返そうと、口を開きかけたけど、2時間目が始まるチャイムが鳴って、言い訳をする事も叶わなかった。

 自分の席に戻って行く芽衣子ちゃんをはじめとする女子たちの背中は、私を拒否している様に見えて、キュッと心が痛くなった。

 斜め前の席の女子が、私を見ている視線に気が付いて視線を合わすと、白い頬をピンク色に染めて、少し分厚い唇でニッコリと微笑んで私に笑いかけた。

 その顔は「うふふ」と笑っているように見えた。

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