第14話 ドレスとおまじない 8
お姉さんの言っていた通り、緑の袋に入った飴を二つ食べたら、希望通り声が出なくなった。後は、佐伯さんが自ら、シンデレラをやると言うだけだった。
これは私の余計なお世話の、恩返し。
野村君の好きなタイプは、「自分の意見をはっきり言う子」だそうだから、これで少しは、印象が変わったんじゃないかな?
これをきっかけに、上手くいくといいね。
私は舞台下の客席との衝立に隠れて、順調に進んでいる「シンデレラ」を見ながら、微笑んだ。
舞台の上で光を浴びている二人は、とってもお似合いで、本当の王子様とお姫様みたいだ。
私には大きかったドレスも、佐伯さんにはピッタリでしょ?
とっても似合うと思ったの、そのドレス。
佐伯さんが頑張って繕ってくれたけど、私には全然似合ってなかったよ。
私は、ポケットからマスクと取り出してはめた。
これで、また地味な私に戻れる。
この一ヶ月は、柄でもない事をし過ぎて、おかしくなりそうだった。
「マチちゃんがシンデレラ役じゃ無かったかしら?」
耳元で声がして振り返ると、黒縁眼鏡をかけた図書館のお姉さんが、暗い体育館の闇に紛れそうな黒い服を着て立っていた。
「マチちゃんのおまじないは、効いたようね。小春ちゃん、とっても堂々として素敵ね」
お姉さんは、舞台上の佐伯さんを見て微笑んだ。
眼鏡越しに光るお姉さんの目は、紫色に見えて、吸い込まれるように目が離せなくなった。
「マチちゃんのおまじないは、あの本から選んだものだったけど、マチちゃんの願いだけで十分叶いそうだったっから、私は何もしていないの。
今回、私がかけた魔法は、この袋」
お姉さんが手に持っている細い木の棒の先を、まるで魔法の杖のようにスッと上に向けると、私のスカートのポケットから、飴が入っていた緑色の袋が出て来て、お姉さんが差し出した左手の上で宙に浮かんだ。
「この袋に、願いが叶う魔法かけておいたの。『一粒は喉に良いけど、二粒は声が出なくなる』っていうのは、嘘。本当は、飴を食べながら願ったら叶うっておまじない。あぁ。入っていた飴は市販のオーガニックなのど飴だから安心して。
今、マチちゃんの声が出ないのは、マチちゃんが声が出ないように願いながら飴を食べたって事。
私のおまじないは、飴が無くなるまでって決めてたから、もうお終い」
お姉さんが「お終い」と言うと、左手の上で浮いている、緑の袋が青白い炎に包まれて、あっという間に燃えてしまった。
「それから、これも」
お姉さんがまた魔法の杖の先を上に向けると、私のスカートの右のポケットから擦り切れた小さな紙が出て来て、緑の袋と同じように、お姉さんの左手の上で宙に浮く。
「このおまじないはね、叶ったら燃やさなければならないのよ。そうしないと、叶った事と反対の事が起きてしまうの。マチちゃんの願いは叶ったかしら?」
お姉さんは、紫の目で私に問いかける。
私は、返事をする代わりに、目を見たまま頷いた。
「そう、良かった。じゃぁ、燃やしておきましょうね」
左手の上で浮いている「佐伯小春」と書かれた紙は、さっきと同じ青白い炎に包まれてあっという間に燃えてしまった。
「5年生になった頃からかな。マチちゃんは人に優しく出来るようになったよね。それまでは、良い事でも行動する事をためらって、見て見ぬふりをすることがほとんどだった。でも、落とし物を拾って届けてくれたり、破れているページを教えてくれたり、お母さんとはぐれて泣きそうな子供に声を掛けて、私達に知らせてくれたり。
マチちゃんの小さな優しさは、とっても温かくて、嬉しかった」
あぁ、それはきっと、佐伯さんに貰った優しさが嬉しくて、私も何かしたいと思ったから。
「だから、秘密の図書館に招いたの。あの図書館の事、あの本の事。誰にも話さないでくれてありがとう。
これからマチちゃんに忘れる魔法をかけるけど、マチちゃんが忘れるのは、秘密の図書館と秘密の本。それから、私と二人の秘密のお話だけ。だから、震えながら頑張ったことは忘れない。きっとそれは、これからのマチちゃんのお守りになるわ。
マチちゃんの誰かを思って頑張る姿を見てたら、孤立する個性を認め合って仲間になった、あの子たちを思い出した。ありがとう」
お姉さんは懐かしそうに微笑んだ後、真剣な顔になって紫色の目で私を捉えると、魔法の杖を振りながら呪文を唱えた。
「ダガ―シ アンクエ パナート!」
魔法の杖の先からさっき見た炎のような光が出て、私を包んだと思ったら、一瞬体が宙に浮いたようにフワッとなった。
私は思わず目をつぶると、頭の中も真っ暗になった。
パチパチパチパチ。
小さな拍手が聞こえて目を開けると、拍手は段々と広がって、体育館中に響いた。
私は、舞台を見上げ、水色のドレスに身を包んで、晴れやかな笑顔をしている佐伯さんを見ながら拍手を送る。
あぁ、やっぱり、私はここでいい。
こうして、影から主役を見守る、裏方がいい。
こんな地味な私でも、佐伯さんはきっとまた声を掛けてくれるだろう。
そんな時私は、マスクの下で嬉しくて泣きそうになるんだ
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