第8話 ドレスとおまじない 2

 私がシンデレラ役に決まる、数日前。

 いつものように一人で下校している途中、水筒を教室に忘れたことに気が付いて、まだ学校を出たばかりだったので、私は迷うことなく、教室まで水筒を取りに戻った。

「北斗、お前、王子様やってくれない?」

 教室のドアを開ける直前に、中から男子の声が聞こえたから、とっさに手を引っ込めて息を潜めた。

 「何で?」

 微かに聞こえる二人の会話。

 野村君ともう一人は、恐らく、黒田君だ。

 「だって、皆、お前がいいって、思ってるんだぜ。どうせ、推薦とかしても、お前になるんだから、立候補してくれた方が早く進むだろ」

 きっと、来週の月曜日にある学級会の事を言ってるんだ。聞いてはいけないと思いつつ、好奇心からかその場を離れられずに、会話に耳を澄ましてしまう。

 「駿がやれよ」

 「俺は、演出」

 黒田君は決定事項のように、ハッキリと言う。

 「まぁ、いいけど」

 野村君はあきらめたように言うと、疑問を口にした。

 「シンデレラは、誰がするんだろ?」

 「そんなの、小春に決まってるだろっ」

 「何で?アイツ、やるって言ってるのかよ」

 納得いかない声で、確かめる野村君。

 「やる。とは言ってないけど、小春を差し置いて、シンデレラするヤツ、このクラスに居るわけないだろ?推薦されて決まるのが目に見えてるよ」

 「何か俺。小春、苦手なんだよなぁ」

 野村君がため息交じりにそう言うと、黒田君が呆れたように大きな声を出した。

 「はぁ~??お前、おかしんじゃねぇ?小春だぞ、小春。可愛くて、優しくて、頭良くて。芸能事務所から何軒もスカウト来てるって噂だぞ」

 そう、佐伯さんは、誰もが認める美少女だ。

 「まぁ、確かに可愛いかもしれないけど。俺、アイツの、はっきりしない性格が嫌なんだよなぁ」

 「はっきりしない性格?」

 「そう。何か、いつも目立つ事してる割に、周りから言われて仕方無くって感じだし。嫌なら嫌でハッキリ言えばいいし、やるならやるで、初めっから手ぇ挙げろって。思うんだよな」

 少し嫌悪が感じられる野村君の言葉は、気配を殺して聞き耳を立てている私に、衝撃を与えた。

 「仕方ないじゃん。アイツ、目立つ割に控え目な性格だし。でも、そこが良くねぇ?自信満々な女子より、可愛げがあるって言うか」

 「駿、小春の事、好きなのかよ?」

 からかって野村君が言うと、焦って黒田君が言い訳をした。

 「好きじゃねぇよ。みんながそう言ってるんだよ」

 うろたえる黒田君を少し笑いながら、野村君は言った。

 「俺、キャーキャー騒いでるだけの女子も嫌だけど、ハッキリ自分の意見を言わない女子も嫌だ」

 野村君の言葉は衝撃的だった。男子はみんな佐伯さんに好意的だと思っていたから。

 私は、水筒を取りにきたことを忘れて、静かに教室を離れた。

 背が高くて、カッコよくて、運動神経もよくて、勉強も、黒田君といつも学年のトップ争いをする野村君は、当然の様に、女子から憧れの目で見られている。そんな野村君と佐伯さんは、とってもお似合いなお姫様と王子様だと、クラス中が思っているに違いない。事実、私もそう思っている。

 秋の芸術発表の演目が「シンデレラ」になったのも、二人が主役をする事を思ってだと、友だちのいない私でも分かっている。

 でも、野村君は佐伯さんを良く思っていない。

 その事実が頭から離れない。

 帰り道も、夕食中も、ママに水筒を忘れた事を謝った時も、怒りはしないで「マチちゃんもうっかりさんなところがあるなんて、可愛いわね」と言って、いつものように、うふふと微笑んだ時も、私はずっと考えていた。

 これは、私に回ってきたチャンスかもしれない。

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