第5話 秘密の書5

 「ねぇ、ニコちゃんが好きな人って、青空君?」

 音楽室の掃除は今日で終わり、来週から図工室の掃除になる。

 璃々ちゃんと一緒に鍵を職員室に返しに行く時にこっそり言われて、驚いた。

 「何で?」

 「だって、最近、青空君の事ずっと見てるよね?青空君もニコちゃんの事見てるし」

 それには深い訳があるんだけど、上手く説明できる自信は無い。

 「きっと、両思いだよ。良かったね」

 いやいや、良くは無いし、両思いでも無いんだよ。

 「青空君の事は好きじゃないよ。私、一緒に本読んだりできる人がいいんだ。青空君は本読むより、サッカーって感じでしょ。それより、璃々ちゃんの好きな人って?」

 1週間前、聞きそびれたの事を、話を逸らすために聞いてみる。

 「私?私はね、かい君が好きなの。内緒だよ」

 魁君?

 私は思わず立ち止まった。

 立ち止まって、動けなかった。

 「私が、返して来るね」

 璃々ちゃんは一人、職員室に入って行った。

 私が立ち止まったのは、ちょうど職員室の前で。私がショックで立ち止まったって事は気付かれなかったようだった。

 魁君。

 璃々ちゃんが好きなのは、魁君なんだ。

 じゃぁ、あの時。

 私が音楽室で魁君の名前を言った時、璃々ちゃんもこんなにショックを受けたんだ。

 私は、璃々ちゃんみたいに平気な振りをして、一緒になんてられない。

 だから、逃げるように教室へ戻った。

 途中、誰かに肩がぶつかったけど、立ち止まって謝る余裕は無かった。

 とにかく走って、教室の席に座って、混乱している頭を落ち着かせたかった。

 放課後、璃々ちゃんが「一緒に帰ろう」と誘ってくれたけど、「図書室に行く」と白々しい嘘をついて断った。

 返す本も借りたい本も無かったけど、嘘を本当にするためと、璃々ちゃんと距離をとるために、学校の図書室に一人で立ち寄った。

 いつもは、真っ先に新刊の棚に行って、面白そうな本が無いか一冊ずつちゃんと見るけど、今日は背表紙のタイトルさえ、頭に入って来ない。ただボーっと図書室の本棚を眺めながら、ゆっくりと小さな図書室を歩く。

 「ニコ。お前、璃々とケンカでもしたのか?」

 図鑑の本棚の前で立ち止まっていると、何冊か本を持った青空君に話しかけられた。

 「璃々」と言う名前を聞いただけで、心臓がビクリと跳ねて、じわりと苦い何かが広がっていく。

 私はどんな顔をしていいのか分からなかったから、わざと不機嫌な顔をして、青空君に言葉を返す。

 「ケンカなんてしてないよ。何で?」

 「いや、一緒に帰らなかったし、それに…」

 「それに。何?」

 不機嫌な振りはわざとだったのに、本当に機嫌が悪くなって来た。

 もしかしたら、青空君のいつもと違う真面目な顔と心配そうな声が、私の機嫌を逆なでしているのかもしれない。それに、そんな風に聞かれたら、本当に璃々ちゃんとケンカしてるみたいじゃない。

 「璃々も、魁が好きなんだろ」

 予想もしない言葉が青空君から出て来て、おまけに核心をついているから、驚いたのを通り越して、本当に腹が立った。

 私はグッと顔に力を入れて青空君を睨むと、無言で青空君の青いシャツの袖を掴んで、図書室を出た。

 青空君は抵抗することなく、大人しく私に引かれるままに付いて来る。

 私は誰も居ない廊下まで来ると立ち止まり、振り返って青空君を睨みながら口を開いた。

 「何言ってるの。それに、も、って。やっぱり、この間の私達の話、聞いてたんじゃない!」

 本当は腹の底から大きな声を出して責めたかったけど、誰かに聞かれたく無い気持ちの方が上まって、声を押し殺しつつ、気持ちをぶつけるように叫んだ。

 「聞いてたって言うか、聞こえたっていうか…」

 なぜか青空君も私と同じような音量で、囁くように応える。

 「それで、今日も聞いてたの?」

 「いや、俺が後ろに居るのに話してたのは、お前らの方だし」

 「後ろに居た?」

 「あぁ。ぶつかっただろ、掃除の後に職員室の廊下で」

 あ、あれは青空君だったのか。

 「とにかく、璃々ちゃんとはケンカしてないし、魁君のことも誰にも言わないでっ」

 青空君の目をしっかり睨んで、お願いというより、命令のような気持ちで言った。

 「言わないよ、そんな事」

 「ホント?約束出来る?」

 私の勢いに引いている、青空君にさらに圧をかけて確認する。

 「あぁ」

 「じゃ、指切り」

 「はぁ?指切り?」

 私は左手の小指を出して、青空君の左手を掴んで指切りを強要した。

 青空君が渋々小指を立てると、私は強引に小指で絡めとり、ブンブンと振り回して指切りをした。

 「絶対、言っちゃダメだからね!」

 捨て台詞の様にそう言い、振り払うように青空君の小指を放して、下駄箱へと走った。


 あーーー、もーーー最悪だぁーーー!

 青空君に全部聞かれてるなんて。

 まだ璃々ちゃんと同じ人を好きだっていう事実も受け入れられて無いし、私の好きな人を、璃々ちゃんは忘れてしまっているのに、明日には青空君から伝わってしまうかもしれないなんて。

 指切りなんて気休めで、青空君には何の効果も無いと分かっている。

 明日、璃々ちゃんと普通に話せるかな?

 それより、早く私も魁君の事が好きだって話さないと。

 あぁ、こんなことになるんだったら、璃々ちゃんの好きな人なんて聞かなきゃ良かった。そして、璃々ちゃんと同じ人を好きにならなきゃ良かった。 

 もうどっちも忘れて、無かった事にしたいよぉ~。

 あっ。

 せっかく青空君と二人っきりになれたのに、忘れる呪文を掛けるのを忘れてた。

 あぁ、もう、ヤダぁ~。

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