第3話 秘密の書3

 青空君に知られてしまっては、密かに片思いをする事も出来なくなる。

 もう、魔法でも、黒魔術でも、呪いでも、何でもいいから片っ端にかけて、忘れさせるしかない。

 そう思い詰めて、図書館に行って、眼鏡をかけている司書のお姉さんに魔法の本が置てある場所を聞いて、たどり着いたのが、関係者以外立ち入り禁止の書庫の扉がある場所だった。いつもは閉ざされているその扉は、今日は何故が開いていて、導かれるように入ってしまった。

 図書館の一番奥にある薄暗いその場所は、何だかそこだけ空気が違うような気がした。薄暗いけど怖く無くて、窓なんて無いのに太陽の光を浴びているような温かさを感じて、初めて踏み入れた場所なのに、何度も来たことがあるように、自然と奥の方まで足が進んだ。

 天井まで届く沢山の高い本棚がずらりと並び、そのどれもが本物の木で出来ていて、一目で古いものだと分かる。古い本棚に並ぶ本の背表紙は、ほとんどが外国の文字で書かれたもので、私には何の本かさえ、分からない。

 奥へと進むと、艶々と光る木のカウンターがあった。

 いつもの図書館のカウンターとは全然違う、まるで、古い外国の映画に出てくるような、カウンター。

 そのカウンターに司書の人は見当たらないのに、声が聞こえて来た。

 近づきながら、耳を澄ませて聞いてみる。

 「…みつ…も…のちえ…う」

 カウンターに手を触れて、中を覗き込んでも誰もいない。

 でも、声はハッキリと聞こえる。

 「秘密を守れる者にのみ、望みの知恵を授けよう」

 男の人のような、女の人のような、大人のような、子供のような。性別も年齢も分からない声がハッキリと私の耳に届いた途端、声は聞こえなくなった。

 私は、声の持ち主を探すように、本棚の間を探し回った。

 けれど、私が見つけられたのは、声の持ち主では無くて、一冊の本だった。

 沢山の本が並ぶ中、一冊だけ光って見えた本は、まるで、私に見つけて欲しくて存在をアピールしているみたいだ。だから私は、迷わずその本を手に取って、薄暗い場所から抜け出した。そして、借りるまで我慢できずに、書庫の扉の前で本を開いて、呪文を唱えてしまったのだ。


 借りて来たその本をベッドの上で1ページずつめくる。

 読めない文字は諦めて、絵を頼りに記憶を消す呪文を探した。

 そして、見つけた!

 と思う。

 人の頭の所に「?」マークが浮かんでいるから、きっと記憶を消す呪文に違いない。

 明日、早速試してみよう。

 私は口の中だけで何度も呪文を練習すると、気分は魔法使いで、ローブの代わりになるものは無いかとクローゼットの中を探した。ローブの代わりは無かったけど、ボーダーのマフラーを見つけた。そう言えば、何年か前に家族で遊びに行った大型テーマパークで、「魔法の杖」なる物を買ってもらった事を思い出した。買ってもらった当時は友達同士で、呪文を唱えて遊んでいたけど、今はどこに仕舞ったのか思い出せないくらい、見ていない。

 あの時唱えた呪文は、一つもかからなかったのに、この本に書かれている呪文は見事にかかった。

 私はクローゼットに押し込んであるおもちゃ箱を漁って、つぶれかけた箱に入った杖を見つけた。

 木でできた杖は、記憶していたよりも大きくて、服に隠して持ち歩くのは、さすがに無理そうで、学校に持って行くのは諦めた。でも、魔法の杖で呪文を唱えたくて、図書館ではじめてかけた魔法の呪文をもう一度唱えた。

 「ルイベージ ドンテ ミクラート」

 部屋の電気に向かって杖を振る。すると、杖の先から青白い光が出て、低い天井にぶつかった。

 パチッ。

 一瞬にして部屋が暗くなる。

 「クルース トラ―タ デュスタ」

 今度は、明かりが点く呪文を唱える。

 パチッ。

 直ぐに部屋が明るくなる。

 やっぱり、これは魔法の呪文が書かれた本なんだ!

 半信半疑、イヤ、ほとんど信じていたものが、確信に変わった。

 これが本物の魔法の本だと分かったら、嬉しいのか、怖いのか。緊張なのか、好奇心なのか。急につま先から頭の天辺まで鳥肌が立った。

 湧き上がるゾワゾワ感を身体全部で感じながら、心臓がありえない位大きな音を立てて響き出した。

 これで、明日、青空君に呪文を掛けたら、私の片思いは誰にもばらされないで済む。

 「ニコぉ~。ご飯出来たわよぉ~」

 ママが私を呼ぶ声で、我に返る。

 私が魔法使いだってばれないように、いつもの自分にならなきゃ。

 白いフレームの鏡を覗き込みと、ニヤついている顔が映った。いつもの自分の顔ってどんなだったっけ?と思いながら、とりあえず両手で頬を包み込んで、抑えても上がってくる口角を力ずくで押し戻す。それから、まだ体に残っているゾワゾワ感は、深呼吸を何度もして吐き出した。

 あぁ、早く明日にならないかなぁ~。

 いつもの自分に戻したはずなのに、部屋を出る時にはもう、ニヤニヤが戻ってしまっていた。

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