遺産迷宮攻略課~極楽浄土と伝説の霊鳥~

桜月零歌

遺産迷宮攻略課~極楽浄土と伝説の霊鳥

 曇天の空の中、俺は数十メートル先に見える朱色の建物へ走っていた。砂利の音が辺りに響くと同時に隣から荒い呼吸音も一緒に聞こえてきた。隣をふと見ると赤毛のポニーテールが揺れている。パンツスーツ姿の彼女――織部紗奈おりべさなは額に汗を滲ませながら、先に見える朱い建物を睨みつけていた。

 

「なんで今日に限って電車遅延すんねん!」

「知るかそんなもん。というか、お前が道に迷わなかったら、遅延に引っかかることもなかったんだろーが」

「あ゛ー、もう! うっさいな!」

 

 大変走りにくい砂利道を爆走しながら言い合っていると、朱色の建物――平等院の本堂に到着した。平等院は世界遺産に登録されている建物の1つで、日本でも有数の観光地。本来であれば大人2人が爆走できるほど、道は空いていない。だが、辺りにはほとんど人はおらず、俺たち2人と老人と犬が歩いているだけだった。

 そして、目の前にそびえ立つ平等院は教科書などに乗っている豪華絢爛といった感じではなく、どんよりとした邪の空気を醸し出している。

 俺と織部は息を整え終わると、片手で鍵穴の着いた本堂の扉に軽く触れた。すると、見るからに重そうな朱色の扉がゴゴゴッ! と音を立てながら1人でに動く。完全に扉が開くのを待っているうちに、俺は腰に差している刀の柄を持ち、中から引き抜く。織部も腰につけているホルスターから2丁の拳銃を抜いて、引き金に指を添えた。

 2人の準備が完了したタイミングでガタンッ! という音が響く。視線を前に向けてみたら、扉は完全に開き、早く中に入れと言わんばかりの威圧感を放っていた。真っ暗だった中は扉が開くと同時に次々と松明が灯され、お堂ではなく、よく古代遺跡などでありそうな土レンガの通路が現れる。そう、まるでダンジョンの中のような空間が広がっていた。いや、まるでと言ったがこの中は正真正銘のダンジョンなのである。

 

「ほなさっさとあの人らと合流しよか」

「くれぐれも道には迷うなよ」

「分かっとるわそんなこと」

「ハハッ……どうだか」

 

 俺と織部は躊躇することなく、慣れたようにダンジョンの中に突っ込んでいく。何故こんなことになったのか。それは2時間前まで遡る。


 

 京都中の世界遺産がダンジョンと化してから早2年。ダンジョン攻略専門の部署――遺産迷宮攻略課が文化省に誕生して1年半が立とうとしていた。ほんの3年前まで、平凡な日々を送っていたというのに、何故こうなったのか未だに分からない。世界遺産がダンジョンになってしまったのか原因不明のまま、攻略に必要なアイテムや武器が量産され、今では日本国民の半分がダンジョン攻略に乗り出す始末。この国終わってるんじゃないかと思うことは何度もあった。

 だが、実際そうなってしまったのだから、仕方ない。一介の公務員にこの事態を止められるはずがないのだ。そして、俺自身、何も分からないまま流れるように攻略課へ配属になり、ダンジョンに行っては湧き出てくるモンスターを倒している。ヒトというのは適応能力が高いので、もはや何の違和感も持たずに誰しもこのような状況に慣れてしまっている。そう、立った今、課長に呼び出しを喰らって課長室に着いた瞬間、俺と織部が早く終われと願ってしまっているこの状況にも。

 

「急に呼び出してすまないね。猪口いのぐち君、織部君」

「で、課長。用件ってなんです? こちとら他の業務で忙しいんですけど」

「せやせや。早う自分のデスクに戻ってゲームしたいんやけど?」

「そうカリカリしないでよ2人とも。って、織部君は真面目に仕事しなさい」

 

 織部はめんどくさそうに「はーい」と返事をする。課長もっと言ってやってください。じゃないと仕事がこっちに回ってきて俺の胃がストレスで死ぬ。隣で髪の毛を弄ってる彼女をジト目で見ていたら、課長が咳ばらいをした。直後、室内に緊張が走り、俺と織部はピンッ! と背筋を伸ばす。

 

「呼び出したのは君たちに頼みたいことがあってね。4カ月前、君たちに事前調査に行ってもらった平等院、覚えてるだろう? あそこの攻略が間もなく終わる。君たちにはいつも通り最前線ギルドと合流し、共にボスを討伐。その後、ダンジョンの封印を行ってもらいたい」

 

 俺たち攻略課は、ダンジョンを攻略するとともにダンジョンとなった世界遺産を元に戻すことが役目だ。じゃないと、いつまで経っても文化財の継承ができんからな。民衆だって、教科書に取り上げられるのがダンジョン化した平等院だなんて嫌だろう。

 え、むしろ喜ぶって? いや、だとしても俺たち文化省や教科書会社、歴史家が困る。話がズレている気がするので戻すが、ダンジョンの攻略をするにしても人手がいるし、攻略課の面々が常時ダンジョン内にいられる訳でもない。そこで、ある程度の事前調査を攻略課で行い、ダンジョンマップを民衆に向けて発行。民衆たちでパーティーやギルドを組んでダンジョンを攻略してもらい、ボス戦一歩手前で俺たちが最前線ギルドと合流し、一緒にボスを討伐する。その後、ダンジョンを元に戻すために必要な鍵をゲットし、出入り口の扉に鍵をかけて世界遺産を元に戻す。これが一連の流れだ。

 何だか美味しいところを取っているようにも思えるが、鍵が出現するのは何故か俺たち攻略課のメンツがいるときのみなので、そうなってしまうのも仕方ないだろう。

 課長の話によれば、最前線ギルドがボス部屋の一歩手前で待機しているらしい。討伐時刻は15時ちょうど。討伐まで後、4時間しかない。平等院へはここから徒歩と電車で2時間はかかる。入り口からボス部屋へ向かうまで最短で1時間半はかかるだろう。俺と織部は急いで準備をするために、課長室を出た。


 

 そして今、俺たちは何故か十数体の菩薩像に追いかけられて、部屋の中を走り回っている。雲に乗ったそいつらは執拗に俺たち目掛けて矢を放ったり、矛や剣を振り回していた。そう一言で言うなら罠にかかってしまったのだ。

 

「お前なぁ! あれほど先々進むなって言ったのに、何やってんだよ!」

「はぁー⁉ しゃーないやん! はよ行かなあかんかったんやから」

 

 逃げ回っていたら、視界の左端に映る緑のHPバーが徐々に削られていることに気づく。何故、HPバーなんてゲームでしか見かけないようなものが見えているのかというと、このダンジョン内は物理法則の通用しない異空間だからだ。となると、HPバーが視界の隅に表示されたり、ダンジョン内で死んでセーブポイントで生き返ったりしても何らおかしくはない。

 そして、どうやらこの空間には何か悪いものが巻かれているようで、先ほどからHPバーの下に霧のマークが表示されていた。加えて、視界が徐々に霞み始めていることに気づく。あ、これ、完全に見えなくなったら死ぬ奴だ。でもってこの部屋にいる敵全部倒さないと、出られないやつだ。そう直感した俺は隣の織部にアイコンタクトを送る。

 すると、横を走っていた彼女は頷く素振りを見せる。俺たちは壁際に到達する寸前で身体を反転させた。俺は刀を、彼女は銃を構えると、菩薩像に向かって突撃する。次々やってくる菩薩像を切り伏せていると、ひと際大きい菩薩像が目の前にやってきた。織部の方を見るとそいつ以外は倒し終わったようで、大きな菩薩像に銃口を向けている。

 菩薩像に視線を戻した瞬間、そいつが手に持っている矛を俺の方に向かって上から下へ振りかざしてきた。すかさず、後退。刀を下の方で構え直して踏み込む。そして、菩薩像の胴体を斜め切りするように刀を振り下ろす。が、矛で攻撃を防がれた。室内にギチギチと音が響き渡る。一度仕切り直した方が良いかと距離をとると、発砲音が鳴った。菩薩像が振り向こうとするが、追い打ちをかけるように織部が連射。残弾数がゼロになったところで、菩薩像のHPがレッドゾーンまで達していた。

 俺はその隙を逃すまいと跳躍。眼下にいる菩薩像目掛けて、刀を大きく上から下に振りかぶり、地面に着地する。瞬間、菩薩像の胴体が縦に割れ、そのまま塵となって消滅した。俺は刀を鞘に仕舞い、織部の方を向く。

 

「はい、お疲れさん」

「全く、誰のせいだと思ってるんだよ」

「ごめんやって。でも、その代わりええもん貰えるみたいやで」

 

 織部が俺の斜め後ろを見ながらそう言うので、身体をそっちに傾ける。するとそこには、中ぐらいの金属でできた宝箱が。さっそく宝箱の元まで向かい、重い蓋を開けてみる。中には4つの手榴弾が入っていた。色が水色ということは、投げたら水属性か氷属性のミストが噴き出すのだろう。俺は中の物を取り出し、後にいた織部へ4つのうち2つを手渡す。それぞれアイテムをポーチの中に仕舞った。そのついでにふと、左手首に嵌めている時計を確認してみる。

 

「げっ! ボス討伐時刻まで後、三十分もないぞ!」

「マジか。急がなヤバいやん!」

 

 俺たちは足早に部屋を出て、ボス部屋に続く通路を走った。


 

 その後、道中の敵を討伐しながら進んでいると、通路の方から鳥の鳴き声が聞こえてきた。と同時に、前方からここは火山口ですか? と勘違いしそうなぐらいの熱風が吹いてくる。あまりの暑さに腕で視界を覆っていると、火傷マークがHPバーの下に表示された。すると、前方から鳥の形をした炎の塊が、鳥特有の甲高い鳴き声を上げながら突進してきた。俺は咄嗟に壁際の方に向かって横に転がる。織部の方も何とか避けられたようで、後ろに行った火の鳥――鳳凰の方に目を向けていた。

 

「鳳凰なんて前来た時おったっけ⁉」

「確かいなかったはずだ。まぁ、どちらにせよ倒さないと先には進めんぞ」

「せやね。さっさとケリつけよか」

 

 俺たちが迎撃体勢を取ったと同時に後ろにいた鳳凰が再度突進してくる。どんどん迫ってくる中、俺は腰を落として柄に手をかけ、タイミングを見計らう。そして目の前に来た瞬間、抜刀。抜いた勢いのまま、横一線に鳳凰の胴体を切り裂いた。かに思えたが、鳳凰は俺の真後ろで姿を再構築し、再びこちらに突っかかってくる。

 すぐに身を翻して避けた瞬間、じりじりと自分の右腕が痺れる感覚を覚えた。右腕を見てみると、火傷の跡のようなものができている。ハッとHPバーを確認したら、イエローゾーンまで下がっていることに気づく。

 

「鳳凰様様だなおい」

「そんなこと言ってんと、はよポーション飲めや! 次来るで!」

 

 向かいの壁際に退避していた織部から緑の回復ポーションと黄色の状態異常を直すポーションを投げられる。見事、キャッチした俺は受け取ってすぐに2つの液体を飲み干した。これで当分死ぬようなことにはならないだろう。

 気を取り直して鳳凰の方を見てみると、なんとHPが少しも減っていなかった。その事実にあんぐりと口を開けそうになるが、鳳凰の口から火炎放射が俺に向かって繰り出され、ギリギリで横に避ける。ふと先ほどいた壁に目を向けてみたら、マグマのように溶解していた。避けなかったら間違いなく死んでたなこれ。そう思うと同時に、あれ? もしかして物理攻撃は通らないのでは? ということに思い当たる。物理が駄目なら属性アイテムを使うしかない。となるとだ。

 

「織部ー、さっき手に入れた手榴弾あるだろ? あれ使えねぇか?」

「あー、あれな。確かにあれなら倒せるかもしれん」

「よし、なら俺の持ってるやつも全部預けるから、後頼むわ」

「了解や」


 鳳凰から逃げ続けて数分が経過。現在、鳳凰のHPは半分を下回っている。俺はあれから、囮になり鳳凰から逃げるために走っていた。ダンジョン内のみ使用可能なスキル・俊足を使って。スキルとは探索者なら誰しも持っている特殊能力のことで、1人1つずつ与えられる。

 俺の場合は自身の脚力を強化できる。そして、俺が逃げている間、じっと鳳凰を見つめて手榴弾を投げようとしている織部のスキルは照準。彼女のスキルは狙ったところに必ず攻撃を当てることができる。但し、そのスキルは中・遠距離攻撃に限定される。

 俺が何度目かの火炎放射から必死に逃げている隙に、織部は3発目の手榴弾をお見舞いする。すると、HPがレッドゾーンに突入した。後、一撃加えられれば、討伐できるだろう。しかし、生憎と俺の足が持ちそうにない。

 

「早くしてくれ!」

「分かっとるちゅうねん! こっちは狙い定めなあかんねんから、もうちょい気張れや!」

「あぁもう……!」

 

 鬼畜かよこの女! 取り敢えずスキルが切れるまで、後、10秒。なんとか逃げ切るしかない。俺はできる限り全力で通路を走り回る。残り5秒。4、3、2、1――。

 

「――おらぁ!」

 

 背後から怒号が聞こえたかと思いきや、手榴弾が爆発。氷粒のミストが降りかかり、鳳凰は悲鳴を上げて消滅していった。その瞬間、地面に膝をついて乱れた呼吸を整える。織部の方を見てみると、手首をぶらぶらさせながら、鳳凰のいた箇所を見つめている。

 すると、視界に22という数字が表れた。この数字は探索者ランクと言って、スキル同様探索者全員に割り当てられるものだ。ダンジョン内のモンスターを倒したり、宝箱を開けたりすると経験値が溜まり、ランクが上がる。ちなみに今の上限ランクは25で、最高ランクは23。俺と織部は鳳凰を倒した経験値で、共に21から22に上がった。

 

「あ、なんか落ちてる」

「え? あー、指輪?」

 

 ゆっくり立ち上がり、落ちていた2個の指輪と説明書を拾う。説明書を読んでみると、これを指につければ、5分間だけ自分の武器に炎を纏わせることができるらしい。尚、この指輪は10分間のインターバル後、再度使用可能のようだ。流石、鳳凰を撃退した報酬だけはある。俺は指輪の一方を織部に渡し、ポーチの中に自分の分を仕舞う。さて、ゆっくりしている暇はない。俺たちはギルドメンバーたちと合流するため、先を急いだ。


 

 しばらくの間通路を走っていると、30名程度の探索者のギルドを見つけた。その中には過去のボス討伐で見かけた顔も何人かいる。どうやらギリギリ間に合ったようで、遅れてやってきた俺たちに気づいたのか、大きな盾と鉄斧を持ち、大柄な体躯を鎧で包んだ坊主頭の男――北斗ほくとが話しかけてきた。

 

「おー、やっと来たか。待ちくたびれたぞ」

「すまんな。途中で道に迷ったり罠に引っかかったりしてたら遅くなった」

「それはご苦労さん。その様子じゃ鳳凰にでも遭遇したか?」

「そりゃもうバッチリとな。何回火傷負わされたことやら」

 

 北斗はこのギルドの副リーダーで、過去2回の攻略でも世話になっている。職種はタンクで主に敵からの攻撃を防ぐ役目を担っており、彼が持っている大きな盾は前回の攻略の際、手に入れたものだ。探索者ランクは22。スキルは硬化で、文字通り己の武器を固くすることができる。防戦を得意とする北斗にとってはぴったりのスキルだろう。

 

「紗奈も久しぶりだな」

「せやね。元気にしとった?」

「まぁな。うちのリーダーもピンピンしてるぜ」

 

 北斗が全体に指揮を執っている勝気そうな赤毛蒼眼の女性の方に視線をやると、俺たちに気づいたようで軽く手を振ってくれた。彼女は華南かなん。このギルドきっての凄腕剣士でリーダーでもある。華南のスキルは剣に炎を纏わせる炎舞。探索者ランクは最高ランクの23。もし、探索者同士で戦うようなことがあれば彼女が1位に躍り出るのは間違いないだろう。

 

「さて、準備も整ったし、メンバーも全員揃った。今まで入念に準備してきたんだ。私たちなら必ず攻略できる! ま、1回ぐらい死んでも大丈夫なように体制は整えてあるから、まずは様子見といこう。それでは、今からボス討伐を開始する!」

 

 華南がそう言うと、ギルドメンバーたちは雄叫びを上げた。と同時に時計の針が15時になり、ボス部屋への大扉が開かれる。リーダーを先頭にギルドメンバーたちは続々と中へ入っていく。最後尾の俺と織部もそれに続いて中に入る。

 その途端、自動的にボス部屋への扉が閉まり始めた。この扉はボスを攻略するか、俺たちが全滅しない限り再度開かれることはない。扉の閉まった音が部屋に響き渡り、真っ暗だった部屋に明かりが徐々に灯り始める。

 どうやら最終決戦は極楽浄土をイメージした金の部屋で行われるらしい。隙間なく壁や床、天井一面に金箔が施されている。現実でこれをやろうと思ったら、1億はかかるだろうな……。そう呑気なことを考えていたら明かりが全て灯ったようで、部屋の中心にボスが出現。

 今回のボスは、全長十五メートルはあろう阿弥陀如来。例えるなら大体、奈良の大仏の大きさだ。阿弥陀如来の頭上には大きな金の天蓋が設置されており、手には同じく金色の等身大の大きさの戟矟――簡単に言うなら矛を持っている。仮にも仏の最高位が人間に攻撃して良いものなのかとツッコみたくなるが、ここは異空間のダンジョンだ。そういうのがあっても何らおかしくはない。二本のHPバーが表示されると、皆どこから攻撃が来ても良いように武器に手をかける。

 すると、天蓋が一瞬光ったかと思えば、そこから無数の光が俺たちに向けて発射された。ボスの正面に固まっていた俺を含めたメンバーは一瞬のうちに散り散りになる。初手からおっかない攻撃を繰り出してくるものだと思っていたら、第2射、第3射と光が放たれた。光の合間合間をすり抜けてボスへ近づこうと試みる。だが、斜め前から大きな戟矟が降りかかり、慌てて後退。その後も何とか接近しようとするも、攻撃に阻まれてしまう。そして、敵は阿弥陀如来だけではなく、ボスを守るようにして100体の菩薩像まで出現し始めた。

 

「このままじゃいずれ全滅するぞ! 何か策は⁉」

 接近してくる菩薩像を次々と斬り伏せながら、後ろで敵の攻撃を押し返している北斗に向かって言い放つ。

「取り敢えず……! こいつらをどうにかしないことにはボスを倒すことは厳しいだろう。一応、中・遠距離攻撃のできるやつらがボスのHPを削ってるが、これじゃあいつ燃料切れになってもおかしくない」

 

 北斗は襲い掛かって来た菩薩像の脇腹に向かって、強烈な蹴りを入れながら答える。取り敢えず、ボスに近づけない以上、ボスは中・遠距離攻撃のできる織部たちに任せるしかないか。となると、自分のやるべきことは目の前の敵を片っ端から倒していくことだけだ。俺はスキルを発動させ、足にできる限りの力を込め、蹴り上げる。そして、視界に入る全ての菩薩像たちを一掃しにかかる。徐々にHPを削られていくが、そんなこと構っている暇はない。残りHPが3分の1に減少した辺りで壁際に到達。切り返して、また先に進もうとした瞬間。ボスの1本目のHPバーが消滅したかと思えば、天蓋が緑に光り、ボスのHPがみるみるうちに回復していく。

 

「嘘だろおい……」

「そんなことあって良いのか……」

 

 ボス部屋にいるギルドメンバーの口から絶望の声が漏れる。戦意喪失しかけている面々に「まだだ!」と華南が声を荒げるが、時すでに遅し。天蓋から無数の光が発射され、呆然と立ち尽くしたギルドメンバーたちは次々と攻撃を受け、消滅。かくなる俺も、光と菩薩像たちの持つ剣や矛に身体を貫かれ、HPがレッドゾーンまで減少。キラッと阿弥陀如来の紫の白毫が光ったのを最後に視界が真っ白に染まった。


 

 あれからどうなったのやらさっぱり分からないが、目を開けて周囲を確認する。まだ、意識が戻っていない奴もいるようだが、どうやらボス部屋近くのセーブポイントまで戻ってきたようだ。既に意識が戻った華南と北斗、織部が何やら立ち話をしているので、寄ってみる。

 

「あぁ、起きたかイノ」

「何の話してるんだ?」

「あー、ボスの弱点と攻略法について話してるところやで」

「今のところ、やはりあの天蓋を先に撃ち落とさない限り攻略は不可能だろうという話になっていてな。お前は何か気づいたこととかあるか?」

 

 そう華南に問われ、ついさっきまでの戦闘を振り返ってみる。確か、菩薩像を片っ端から倒すために走ってて、壁際に着いたからもう1回スキルを発動させようとした時に――。

 

「あ、天蓋が緑に光ってボスのHPが全快して、それでまた光が発射されて最後に阿弥陀如来の白毫が光ってるのが見えたな」

「白毫……ってなんだ?」

「えっとな、白毫っていうんは悟りの証みたいなもんでな。仏様にはみんなついてんねん」

「ってことは、その白毫が弱点かもしれんな」

 

 と、俺たちが話している間に全員意識を取り戻したようだ。華南は分かったことを皆に共有。別のギルドに先を越される前にボス部屋へ急ぐことになった。

 

 再びボス部屋への扉が開かれ、中に入ると先ほどと同じように阿弥陀如来が出現。取り巻きである菩薩像が出現する前に一気に天蓋を落とすことになった。天蓋を撃ち落とすには二丁拳銃では射程が足りないため、織部はライフルに持ちかえる。彼女の左人差し指には鳳凰討伐で手に入れた指輪が嵌められていた。織部が天蓋に向けて炎を纏わせた銃弾を発射すると同時に、天蓋に向けて数多の攻撃がなされる。

 その隙に俺は弱点である白毫を討ち取るためにありったけのバフポーションを飲んでいく。3本目を飲み終えたところで、菩薩像が出現。5本目を飲み終えた俺は、肩慣らしにはちょうどいいと菩薩像の群れに突っ込んでいく。バフポーションに重ねてスキルを発動させているので、先ほどよりも数倍速い速度で敵を蹂躙。刀で突いて、斬って、体術を駆使しながら、襲い掛かってくる菩薩像を撃破。他のメンツも先ほどよりも手慣れたように100体にも及ぶ菩薩像を討ち取っていく。

 そうしているうちに天蓋の方から爆発音が聞こえ、思わずそっちを見る。すると、織部の発射した弾丸が天蓋にクリーンヒット。そのまま天蓋が地面に落下した。

 

「後は頼んだで!」

「あぁ。任せろ!」

 

 俺は再度、スキルを発動させる。天蓋が落とされ、菩薩像が全て撃破され、残る攻撃は戟矟のみ。他のメンツが絶え間なく攻撃をして、意識をそっちに向かせている隙に俺は北斗の元へ全速力で走りだす。俺のスキル・俊足で出せる跳躍力は最大でも10メートルが限界。対して阿弥陀如来の全長は15メートル。いくらバフがかかっていても13メートルが限界だろう。そこで、北斗の持っている盾を利用する。彼の盾まで目算で50メートル。俺はどんどん速度を上げ、スタンバっている北斗との距離を詰める。

 その間にも阿弥陀如来のHPは2本目のイエローゾーンに到達していた。残り数メートルまで来たところで、北斗が盾を斜めに傾けた。その瞬間、俺は右足で盾を踏むと同時に方向転換。盾がへこむような音が響くも、北斗が盾ごと俺を上へ押し上げる。瞬間、阿弥陀如来目掛けて大きく跳躍。空中で体勢を作り、抜刀すると同時に指輪の効力を発動する。途中、戟矟に阻まれそうになるが横から高火力の魔法攻撃を当てられ、阿弥陀如来が体勢を崩した。もう遮るものはない。これで決めてやる。そう思い、刀を持つ腕を後ろに振る。

 

「はああああー‼」

 

 刀に炎を纏わせた状態で一気に白毫目掛けて渾身の突きを入れる。すると、阿弥陀如来のHPバーがみるみる減少。完全にHPがなくなった瞬間、阿弥陀如来が消滅した。俺はそのまま重力に従って地面に着地。その時、ボス部屋内に歓喜の声が渦巻いた。その様子を眺めながら刀を仕舞っていると、探索者ランクが一気に22から24まで上がった。ボス討伐の経験値はやはり美味い。そう思っていたら、後ろから北斗に突っかかられる。

 

「よくやったぞ! イノ!」

「ありがとな。でも、クリアできたのもみんなのおかげだ。ラストの援護がなかったら今頃一人だけセーブポイント行きだっての。にしてもあの援護って一体誰が……」

「そんなんあたしに決まっとるやろ。あんな状況下であんなピンポイントに当てられるん自分しかおらんわ」

 

 後ろから来た織部がそう言ってきた。彼女の手には何故かランチャーが。おいおい、そんなもんいつの間に持ってたんだよ。多分あれか。こいつのことだから誰かからぶんどって来ただろ。さっきのライフルと言い。てか、あの攻撃は魔法じゃなくてランチャーだったのかよ。

 

「後で返しておけよ」

「分かっとる分かっとる。それより、今回の報酬が現れたみたいやで」

 

 後ろを振り返ると大きな宝箱があった。かなりの大きさなので、織部にも開けるのを手伝ってもらう。蓋を開け終わると同時に再度歓声が上がった。なんだなんだと中を見てみると大量の小判が。宝箱の上に1万両――現在の価格で1500万円と表示されている。流石の俺や織部もこれには目を見開かざるおえない。

 だが、1万両全てをメンバーたちで山分けできるわけではない。このボス討伐を成功できたのはギルドメンバーたちだけのおかげではなく、アイテムや武器を作っている人たちのおかげなのだ。そのことも考えると、1万両の3分の2は政府が。その残りはこのボス攻略に参加した人たちの間で山分けされる。全部が全部貰えるという訳ではないのだ。この制度は最初のダンジョン攻略の時からあるため、何とも世知辛いなと毎回思ってしまう。

 と、俺の手のひらに鍵が出現した。今回は紫の玉が埋め込まれた鍵らしい。この鍵をダンジョンの入り口である扉の鍵穴に差し込めば今回の任務は完了だ。俺は鍵をポーチの中に仕舞う。そうしている間にも、小判を報酬袋に詰め終わったようだ。するとその直後、部屋全体が揺れ始めた。

 

「もう崩落か。早いな」

「まぁ、小判の方は回収できたからな。とっととずらかるぞ」

「あぁ」


 

 あの後、俺と織部は手分けしてダンジョン内にいた全ての人たちを出口まで誘導し、無事に脱出することに成功。本堂の扉が閉まると、そこの鍵穴に先ほど入手した鍵を差し込んで回す。カチャリという音と共に、平等院全体の空気が晴れた。これで、今回の任務も完了だ。俺は鍵をポーチに仕舞い、グッと伸びをする。

 

「はぁ……疲れた」

「久々に動いたからお腹減ったわ。一仕事終えたしこの後、ご飯でも行かへん?」

「っと。その前に報告が先だろう」

「真面目やな~。ちょっとぐらい息抜きしようや」

「報告し終わってからな」

「ケチやな。ほんなら、先行ってるで~」

「あ、おい待て!」

 

 織部はそういうと駅の方に向かって歩き出した。俺は北斗と華南にお礼を言ってから織部の後を追いかける。また迷子にでもなられたら困る。ふと、空を見上げると来たときとは打って変わってガンガンに日が差していた。

 確かここに来る前は大雨が降ってて電車が遅延してたんだったっけな。でも、こんなに晴れてりゃ遅延していることもないだろう。俺は目に焼き付けるように少し離れた平等院を見つめ、再び織部の後を追いかけるのだった。


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