年頃になった身体

「呑気に遊んでていいのかなあ」

「大丈夫だろ。スケジュール通りでいいって言ってくれたし」


 翌日、俺たちは早い時間から海水浴に繰り出した。

 博己は若干、俺たちのプロ入りの件が気になってるみたいだったけど、せっかくの海を逃がすわけにもいかない。


「八条も遊ぶ気まんまんみたいだし」

「……言っておくけど、僕がこうしているのは君達が遊ぶ気満々だからだ。僕が遊びたかったから、みたいに言われるのは心外だな」

「そう言って水着まで用意してたくせに」

「これは念のためだ、念のため!」


 こいつ、からかうと面白いな。


「でも良かったよ。博己も男一人より気楽だろ?」

「そうだね。銃の話もいろいろ聞けそうだし」

「まあ、即戦力と言っても今日明日で契約を済ませたい、というほど緊急じゃない。せっかくだから楽しむといい」


 そういうことならと、俺たちは帰るまでの時間でできる限り海を楽しんだ。


 向けられる視線に優越感を覚えたり。

 沖のほうへ泳いで戻ってを繰り返したり。

 柊の砂遊びに付き合ったり、水の掛け合いをしながら「いかに水を避けるか」に執念を燃やしてみたり。

 昨日食べられなかった海フードを堪能したり。


 シャワーを浴びてさっぱりして、私服に着替えてから律さんの運転する車に乗り込む。


「……あ。っていうか俺、借りた服を脱いで返す暇がないじゃないですか」

「あー。璃勾ちゃん、着替えがないと困るよね? ついでにどこかお店に寄って行こっか」

「みんなが良ければ、そうしてもらえると助かります」

「構わないけど、璃勾、意外と乗り気だね? 『家に帰ればジャージがある』とか言いそうなのに」

「博己。俺だって少しは成長してるんだぞ?」

「璃勾ちゃん、可愛いって言われるのが楽しくなってきてるんだよね?」

「柊、そこはバラすんじゃない。俺が変態みたいじゃないか」



    ◇    ◇    ◇



 俺たちがわいわいやっている間、先輩はなんだか静かで。

 移動中の車内で俺はそっと尋ねた。


「……先輩。やっぱりプロ入りの件、悩んでるんですか?」


 黒髪黒目の美少女の憂いを帯びた表情。

 先輩は微笑を浮かべると、


「悩んでいるわけではないのです。お誘いには応じたいと思っていますし、母も二つ返事で了承するでしょう」

「じゃあ、どうして?」

「急いている……というのが正確でしょうか。知りたかったことを知るチャンスが生まれて、どうしても気持ちがそちらに行ってしまうのです」

「まだ、俺たちの知らないなにかがあるってことですか?」


 そりゃまあ、これから学校で勉強することもあるんだろうけど。

 先輩でさえ知らないってことはたぶん、学校では教えてくれないようななにか。


「世界の真実。もしかすると、それに手が届くかもしれません」

「……なんか、マンガみたいな話ですね?」

「ある意味ではその通りです。ダンジョンと探索者にまつわる話には神秘が溢れていますから」


 高度に発達した科学は魔法と同じ、みたいなやつか。


「わたくしはプロ入りの条件として『情報の開示』を求めるつもりです。もしかするとそのせいで璃勾さんに迷惑をかけてしまうかもしれません」

「いいですよ、そんなの全然。俺も柊もアイドルにスカウトしてくれって言うつもりでしたし」

「璃勾ちゃんそれ本気だったの!?」

茉莉まりちゃんならもちろん大歓迎。……三人でユニットを組んだら売れそうね」

「わたくしはまだやるとは言っていないのですけれど」

「恋は『なんでもする』って言ったから拒否権ないわよ?」


 しまった、俺が変なこと言ったから話題がズレてしまった。

 まあいいか。

 俺は笑って博己を見る。


「悪い。女子が服見始めると長いかもしれないけど、ちょっと我慢してくれ」


 ちなみに八条はここにはいない。

 海水浴を満喫した後、父・孝志さんと合流した。なのでまたしても博己は孤立無援である。

 それでも彼は(苦笑気味ながら)笑って、


「あはは。璃勾がそんなこと言うなんて、ほんと、なにが起こるかわからないもんだね」

「あ、日比野くん。自分には関係ないとか思ってるでしょ? 将来女の子と付き合う時のためにもお洒落は大事だよ?」

「ひ、柊さん。うん、それはわかってる」


 頬を赤くしながら柊に答える。


「……俺と柊でぜんぜん対応が違うんだよなあ」

『別にあなたはその子と恋愛したいわけじゃないでしょうに』


 そりゃそうなんだけど、それとこれとは話が別なんだよ。なんとなく。



    ◇    ◇    ◇



「うお。女子高生の服ってけっこうするなあ」

「ピンキリだけどね。良いブランドの服はやっぱり値が張るし、安く済ませようとすると可愛さか耐久性か機能性が犠牲になることが多いかな」

「むう、難しいですねほんと」


 今回は柊、月詠先輩に加えて律さんもいる。

 芸能プロデューサーというだけあってファッションにもうるさいらしく、俺たちにいろいろアドバイスをしてくれた。


「もし本当にアイドルやる気があるなら服にもそこそこお金を使ったほうがいいわ。プライベートの服装も広告みたいなものだから」

「それは……アイドルとはコストパフォーマンスの悪い職業なのでは?」

「なに言ってるの。お洒落するためのお金をアイドルで稼げるんだからコスパは抜群じゃない」


 先輩みたいに「服は体裁を取り繕うもの」と考えている派閥とは相容れない考え方である。


「り、璃勾さん。璃勾さんはわたくしの味方ですよね?」

「すみません先輩。俺もどうせなら可愛くするのはありかなって思い始めてます」

「……そんな」


 いや、そんな愕然とした顔をしなくても。


「璃勾ちゃんがお洒落に興味を持ってくれて嬉しいっ。可愛くしてればきっと彼氏もできるよ?」

「いや、俺、彼氏とかは興味ないぞ」

「? どうして?」

「どうしてって、俺、男だし」


 柊が「こいつはなにを言っているんだ」という目になった。


「身体が女になったのと、俺が自分をどう思ってるかは別だろ。外面は取り繕うし、せっかくだから楽しむけど、男と恋愛する気はない」

「璃勾ちゃん、同性愛は別になんにも変なことじゃないよ?」

「わかった、言い直す。俺はノーマルだし宗旨替えの予定もない」


 ちなみにあらためて測ってもらったところ、胸は「限りなくF寄りのE」だった。


「これがEカップかあ……」

「璃勾。変なこと聞くけどそれ、どんな感じなのかな?」

「お、触ってみるか、博己?」

「…………。いや、遠慮しておくよ。なにか良くない気がする」

『明らかに沈黙が長かったわね』


 興味よりも柊に嫌われたくないほうが勝ったか。

 まあ、柊も将来かなり大きくなりそうだしな。


「璃勾ちゃん。大きいサイズのブラは数も種類も少なかったりするから注意してね。いいの見つけた時に買っておいたほうがいいかも」

「そうなのですか? わたくしは気にしたことがありませんでした」

「そりゃ恋は可愛いの選び放題だし」

「……どこか馬鹿にされている気がするのですけれど」


 律さんのアドバイスはありがたかったけど、俺の場合、またすぐサイズが変わってしまう可能性がある。


「ほんと俺のスキル、どこまで歳取るんだろうなあ」

「その検証も含めて手元に置いておきたい可能性はありますね。といってもある程度の仮説は立てられますけれど」

「え、そうなんですか?」


 わかるなら教えて欲しい。

 期待を込めて見つめると、先輩の代わりに雪が答えてくれた。


『スキルの効果に「美少女になる」って書いてあるんでしょ? だったら少なくともおばさんになったりはしないわよ』

「その説明文が胡散臭いんだよなあ。なんだよ美少女になるって」

『実際なってるじゃない』


 それは確かに。

 まあ、いったん「これ以上大幅に成長することはない」と仮定しても、じゃああと何歳までは伸びるのかという問題はある。

 成人年齢は十八歳だけど、そこまでは伸びるのか。それとも十六歳で打ち止めか。意外と二十歳くらいまではいけるのか。


 悩んだ末、俺は下着を計十セット(普通のを五セット+スポブラ五着)と多めに買った。

 仮に一週間後に再成長することになっても洗い替えは必要だし、俺は毎日ダンジョン攻略の予定がある。これくらいは必要だ。

 服はとりあえず可愛い系と格好いい系を一セットずつ。


「制服も新しくしないとなあ。金が飛ぶ飛ぶ」

「璃勾ちゃん、辛いならわたしなにかプレゼントしようか?」

「いや、それは大丈夫。毎月レジェンド給付金があるから」


 金使いは荒くなってるけど懐はまだ全然プラスだったりする。これに関しては『プリンセス・プロモーション』さまさまだ。

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