思いがけないスカウト

 ホテルから連絡があった後、すぐに先輩からコールがあった。

 どうやら呼ばれたのは俺と先輩らしい。

 律さんは保護者として来てくれると言うし、柊も半端に聞いてしまったので気になると主張。


「博己は部屋で待っててもいいぞ?」

「僕だけ仲間外れはひどいよ!」


 というわけで、全員でロビーへ降りた。


「姫宮璃勾……かい? またずいぶんと美人になったものだ」

「八条。……と、そっちの人は?」


 ロビーでは本当に八条が待っていた。

 それから高そうなスーツを着た大人の男。その側には二人、探索者っぽい人がついている。

 五年生における俺のライバル的存在、八条孝太郎は、ふう、と息を吐くと答えてくれた。


「僕の父、八条はちじょう孝志こうじだ」

「八条のお父さん……?」


 確かセキュリティ関係の偉い人だったか?

 そんな人がどうして、と思っていると、彼が進み出て挨拶してくれる。


「初めまして。孝太郎からの紹介の通り、私は八条孝志。肩書きとしてはこのようなものになります」


 差し出された名刺を律さん、それから先輩、俺、ついでに博己たちも受け取って。

 せっかくだからと律さんの差し出した名刺を孝志さんが受け取った。

 いや、芸能プロデューサーの名刺は必要か?

 思ったけど、孝志さんは意外にも「ほう」という反応をして、


「本日伺ったのは他でもありません。この近辺にて発生したダンジョンとその攻略の件です。皆さんにお話を窺えればと」

「ん? じゃあ八条、お前はなんで一緒に来たんだ?」

「父がいきなり声をかけるよりも僕がいたほうが話が早いだろう?」


 それだけのために夏休み潰して来てくれたのも律儀だな。

 ともあれ、孝志さんはホテルのラウンジ──じゃなくて、VIP用の個室に俺たちを招いてくれた。



    ◇    ◇    ◇



 ふかふかのソファに、ここにしかないデザートや飲み物まである。


「さっきジンジャーエール飲んだのは失敗だったか」

「こういう時は別腹だよ、璃勾ちゃん!」


 柊、SAで俺になんて言ったか覚えてるか? 夕飯食べた後だからな?

 と言いつつ、せっかくだから俺もケーキと飲み物を注文させてもらって、先輩たちと一緒にダンジョンでのことを話した。


「けれど、戦闘の経緯はログが残っているのでは?」

「その通りです。とはいえ、突発的な戦闘に関しては詳細なデータを追いづらい部分がありまして。補完のために皆さんの証言が重要になります」

「タイプNTFナインテイルフォックスの交戦データはやはり少ないのでしょうか」

「多くはありません。そちらも貴重ですが……より重要なのは、突発的に発生したダンジョンに、月詠さんと姫宮さんがどう対応したのか、です」

「やはり、わたくしたちに話を聞くことだけが目的ではないのですね」


 先輩はなにかを察しているらしい。

 俺にはよくわからないけど、


「あの。戦ったのは俺たち二人だけじゃありません。柊と博己がいなかったらたぶん勝てませんでした」

「ええ。もちろんお二人の力を軽視しているわけではありません。柊さん、日比野君も将来的に活躍が期待できるでしょう」


 ただ、と、孝志さんは言葉を切って、


「お二人に求めているのは『即戦力』としての価値です」

「っ」


 ダンジョン関係の偉い人。

 その肩書きは伊達じゃないらしい。彼は一見穏やかそうだけど、目の奥はなにかを狙っている。

 それとも、見極めようとしている。


『こいつ、キツネかタヌキの類ね』


 さすが猫、そういうのには詳しいのか、と思ったら髪の毛を引っ張られた。

 ここで律さんが割って入って。


「それは、うちの恋と璃勾ちゃんをスカウトしたいと言うことでしょうか」

「先輩はともかく俺は律さんのものになった覚えは──」

「いいの。璃勾ちゃんには私が先に声をかけたんだから。私が先にスカウトする権利があるわ」

「スカウトは先輩だけにしてくださいよ!?」

「わたくしがスカウトされる話はいつ決まったのですか……!?」

「さっき『なんでもする』って言ったでしょう!?」


 こほん。

 孝志さんの咳払いで俺たちは揃って「すみません」と謝った。


「もちろん、我々としても無理強いするつもりはありません。ただ、今回の戦績を加味し、お二人には我が社と契約を交わしていただきたいと思っております。……よろしければ、あなたの事務所とも」

「あら。うちの事務所に広報の一部を任せていただけると?」

「もちろん、お二人の同意があれば、ですが」

「……なかなかいい話ですね」


 律さんの目までギラギラし始めた。

 うん、話がすごいところに飛んでいったせいで理解が追いつかないけど、


「あの。契約って、つまり」

「企業に雇われ、正式に『業』としてダンジョン攻略を行う。つまり、わたくしたちにプロになれ、ということですね?」

「その通りです」


 孝志さんの返答によって、俺は「マジか」と口を大きく開けることになった。

 プロ。

 もっとずっと先の話だと思ってたんだけど。


『ま、あなた、身体だけはもう十分立派だしね』


 そういう問題なのか?



    ◇    ◇    ◇



 孝志さんは「詳しい話は街に戻った後、社で行いましょう」と言って俺たちを解放してくれた。

 八条ともども今日はホテルに泊まるらしい。

 ついでに俺たちには考える時間が与えられたわけなんだけど、


「プロ。プロかあ。俺がプロかあ」

「璃勾ちゃん、さっきからそればっかり」


 部屋でひたすらニヤニヤしていたら柊が控えめに抗議してきた。


「だって、しょうがないだろ。ずっと夢だったんだから」

「じゃあ、プロの話受けるんだ?」

「そりゃ受けるよ。……先輩と母さんがOKしてくれたら」


 先輩は孝志さんの話を聞いて浮かない表情をしていた。

 尋ねてみても「なんでもありません」と言っていたけど、なにか考えているに違いない。

 場合によってはこの話は流れるかもしれない。


「まあ、だめだったらまた地道に頑張るだけだけどな」

「うん、璃勾ちゃんの頑張り方はぜんぜん地道じゃないと思うよ?」


 障害物全部ぶっ飛ばして進めるならそれはそれでいいだろ。


「でも、プロになったら学校はどうなるんだろうね?」

「そのまま通えるんじゃね? 高校生とか大学生でプロって人は今までにもけっこういるし」

「小学五年生は最短記録だろうなあ」


 記録保持者ってのもなかなか気分いいな。


「わたしとしてはむしろ律さんの話が気になるんだけど」

「俺と先輩をアイドルデビューさせようって話か」


 どうしてそうなったって感じだけど。


「柊、ひょっとして自分もスカウトされたかったんだろ」

「え!? そそそ、そんなことないよ!?」


 うん、ぜんぜん取り繕えてない。


「隠さなくてもいいって。そういうの好きそうだし」

「うん。……でも、わたしじゃ璃勾ちゃんたちには敵わないよね?」

「そんなことないと思うけどな。可愛いし」


 よく気がつくし、二重の意味で癒し系だし、ファッション詳しいし……と指折り数えていると「恥ずかしいからやめて」と言われた。


「そうだ。律さんに条件出してみようぜ。柊も一緒じゃないと嫌だって」

「え。そんなこと言って『じゃあこの話はなしで』ってなったらどうするの?」

「別に俺、アイドルには興味ないし」


 さらっと答えると、柊はむー、となにかを考えて。


「璃勾ちゃんなら人気出ると思うんだけどなあ。番組に出られるようになったりしたら大注目だよ」

「大注目?」

「大注目」


 それは、うん。……悪くないかもしれない。


「柊。俺さ、なんか人に注目されたりナンパされたりしてるとぞわぞわして、ぞくぞくしてくるんだよな。癖になりそうな感じで」

「あー。それは璃勾ちゃん素質あるよ、絶対」

「それってアイドルの?」

「うん。それと悪女の素質」


 そんな素質はいらないんだけど。

 可愛い服を着て歌って踊ってきゃーきゃー言われる。……意外と悪くないんじゃないかとついつい思ってしまう俺だった。

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