一難去って?

 九尾が動きを止めると、ダンジョンがゆっくりと解けていって。

 気づくと俺たちは神社の、元いたあたりに立っていた。

 武器はなくなっている。

 華たちは小型サイズになり、晴は思ったよりも愛らしい蛇に。


「璃勾! 良かった、無事……でも、ないのかな?」

「ははっ。まあ、服がボロボロになるのはいつものことだよな」


 博己と律さんも一緒。

 向こうでかなり移動しただろうに、こっちでは一歩も動いてないってのも不思議なものだ。

 怪我も残ってはいないけど……ボタンを引きちぎったブラウスに弾けたブラ、あちこち焦げたスカートはそのまま。


「り、璃勾ちゃん! 着替え! 着替え持ってない!?」

「あー、車の中だな」


 柊が慌てて俺を隠そうとするも、唯一の男である博己は自主的に俺から目をそらしていた。


「華、碧、晴。それから雪も、ご苦労さま。頑張ってくれてありがとう」

『大したことじゃないわ。あれを倒せたのはこの馬鹿が張り切ったおかげでしょ』

「な、馬鹿ってなんだよ」


 むっと抗議したら柊の指が俺にデコピンを喰らわせて、


「いった!?」

「あんなに無茶するのは馬鹿って言われても仕方ないよ。もう」


 ほっとしたのか、彼女は目を潤ませていた。

 俺の体温を確かめるように抱きついてくる。俺は柊を軽く受け止めると、手のやり場に困った挙げ句、軽く相手の背中に回した。

 まあ、友達だしセーフ……か?

 俺は男だと思ってるけど、柊は女同士のつもりだろうし。博己もそれどころじゃなさそうだし。


 先輩も、いつになく疲れた様子で、


「……本当に良かった。誰も殺されることなく戦いを終えることができて」


 そういえば、雪も似たような話をしていた。


「先輩、どういうことですか? ダンジョンの中で死んでも平気なんじゃ?」

「確かに、その通りです。ただ、任意にダイブした場合とダンジョンに『呑み込まれた』場合では事情が違うのです」


 そんな話、俺たちはまだ聞いたことがない。

 柊や博己と顔を見合わせて。


「教えられるのは本物のダンジョンに慣れてきた頃──中学二年生頃ですから無理はありません。もちろん、呑み込まれたからといって絶対に危険というわけでもありません」


 同じ場所に立て続けでダンジョンが出ることは確率的にめちゃくちゃ低いけど、とりあえずその場を離れながら、


「ただ、ダンジョンに呑み込まれ、かつ、そのダンジョンの攻略が見込めない場合──ごくごく不運な状況において、その人物は帰還すべきリアルを確保できず、行方不明者となります」


 俺たちは知らなかったダンジョンの事実を教えられた。



    ◇    ◇    ◇



「しまった。着替えも入らないわこれ」


 正確に言うと「着られないこともないけどパツパツになる」。

 あまりにもみっともないということで律さんが着替えを貸してくれた。


「すみません律さん。洗って返します」

「いいのいいの。女同士だし。むしろ返しにくるほうが面倒でしょ」

「先輩に選んでもらった服も着られなくなっちゃいました。すみません」

「気にしないでください。それにしても……育ちましたね」


 しみじみと言う先輩。


「律さんの服が入るくらいですもんね」

「十六歳相当だっけ? 高校二年生なら成長止まってる子も多いからそんなものよ。というか、胸は私より明らかに大きいでしょ」


 ブラまで借りるのは気が引けたのでノーブラだけど、それでも律さんの服がちょっときつい。


「小学五年生でこの身体は反則でしょ」

「律さん? またよからぬことを考えていますね?」

「ま、まさか。……それより、ほら、さっきの話の続きをしなさい」


 着替えがひとまず終わったところでようやくホテルへの移動を開始。

 律さんが運転してくれている間に俺たちは先輩から話の続きを聞くことにした。


「そっか。神社が呑み込まれてダンジョンになったから、俺たち、あのままだと復活したくてもできなかったんですね」

「ええ。通常は長くて半日もあれば攻略されますから、その後普通に戻って来られますけれど」

「……その、攻略されなかった場合って」

「アバターが復元されるだけの時間が経てば、ダンジョン内で復活します。対策を講じられなければその繰り返しですね」

『ちょっと想像したくないわね』


 意識が戻るたびにエネミーに殺され続ける。現代に地獄があるとすればこの状態がそうだろう。


「でも、そんな事件があるならもっとニュースになるんじゃ」

「璃勾さんたちも知っている通り、都市部はダンジョンの影響を受けづらいんです。もし呑み込まれても規模の小さいものがほとんどですし、そういったダンジョンは攻略者が多くいます」


 俺たちみたいな学生がこぞって低難易度を潰しているからだ。

 早ければ数分で解放されるし、それでさえめったにあることじゃない。


「こうした地方に来るなんて、それこそ夏休みのようなイベント時くらいでしょう? そしてそういう時は人も集まりますから、情報強度が上がります」

「そっか。神社みたいな人の少ない場所に来なければ安全なんですね」

「はい。……もちろん、神社だってそう簡単には呑み込まれないはずなのですけれど」


 街にいるより可能性は高くて、それがたまたま当たってしまった。


「律さん、柊さん、日比野くんにはお詫びしてもしきれません。せめてわたくしの分の攻略報酬を受け取ってください」


 今回の報酬はけっこういい額になるはずだ。

 慰謝料に足りるかはわからないけど、小遣いとしてはかなり大きい。

 けど、柊たちは揃って首を振った。


「本当に気にしないでください。わたしも日比野くんも探索者の卵です。危険は覚悟していたつもりです」

「はい。……もし報酬をもらえるなら均等に分けてもらえると嬉しいです」

「でも」

「はいはい。若い子の気持ちは素直に受け取っておきなさい。まあ、恋も十分若いけど」


 律さんがハンドルから手を離さないまま笑って、


「私もお金はいいわ。その代わり、お願いを一つ聞いてもらえる?」

「ええ。もちろん、なんでも言ってください」

『恋。いまなんでもって言ったわね』

「……言ったな」


 先輩、不用意に「なんでもする」とか言うのはよくないと思います。悪い人につけこまれたらどうするんですか。

 まあ、律さんはある意味悪い人だけど、犯罪に利用するとかそういうことは絶対ないからまあいいか。


「みんな疲れたでしょ? とりあえず今日はゆっくり休みなさい。明日どうするかは起きてから考えるってことで」

「はーい」


 俺たちはホテルに着いて少し休憩し、風呂に入り、夕食を食べて今日の疲れを少しでも癒やした。

 そして。



    ◇    ◇    ◇



「ここ、けっこういいホテルだよね? 高かったんじゃないかな?」

「んー。まあ、先輩は金に困ってないみたいだからな。大丈夫なんじゃね?」


 先輩は二人部屋を三つ取っていて、俺は柊と同じ部屋になった。

 別に博己と同じ部屋で良かったんだけど「絶対だめ」とみんなから言われてしまったので仕方なくこうなった。

 柊の言った通り部屋はけっこう広いしベッドもふかふか。

 夕飯も美味くてつい食べすぎてしまった。


「冷蔵庫にもいろいろ入ってるんだよな。せっかくだからなんか飲むか」

「璃勾ちゃん、それ余分にお金かかるんだよ?」

「平気だって。柊も今回の金五分の一入るんだからたまには贅沢しろよ」

「……そっか。えへへ。わたしこういうの一回飲んでみたかったんだ」


 もちろん入っているのは普通の飲み物なんだけど、なんとなく特別感がある。

 普段家族と来る時は遠慮してしまって「飲みたい!」なんてなかなか言えないので、ここぞとばかりに飲み物を選んだ。


「って、半分くらい酒だな」

「しょうがないよ。……あ、璃勾ちゃん、お酒はだめだからね?」

「わかってるって。あと八回成長したら二十歳になるとか思ってないから」

『データ上は小学五年生なんだから捕まるんじゃないかしら』


 結局、俺はジンジャーエール、柊はオレンジジュースを選び、それぞれに味わっていると。


「うお」


 通信ウィンドウとコール音。

 なにかと思ったらホテルからの連絡だった。なんだろうと思いつつ応じると、


『お休みのところ申し訳ありません。みなさまにお客様がお見えになっております』

「お客様?」

『はい。お名前は八条様と』


 わかりました、と言って通話を切った後、俺は柊と顔を見合わせた。

 なんで八条がこんなところまで会いに来るんだ?

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