神域と侵食
こんなに注目されるもんなのか。
50メートルくらい泳いでは戻るを何回を繰り返した俺は、新鮮な感覚に妙な感心を覚えていた。
気づくといつも誰かがこっちを見ている。
学校じゃここまでじゃないんだけど。
やっぱり水着のせいか? 雪に聞いてみようと思ったものの、彼女は「塩水なんて最悪じゃない」と先輩の腕に収まっていてそばにいない。
「美人ってのは得なんだなあ」
それだけで注目度が上がる。
有名になるのはいいことだ。ひとつ頷いて、とりあえずみんなのところへ戻ろうとすると、
「ねえ、良かったら俺たちと遊ばない?」
高校生くらいの男二人組に声をかけられた。
俺は何度か瞬きをして、
「……これって、もしかしてナンパですか?」
噂には聞いたことがある。
女子から男子のナンパも存在しないわけじゃないだろうけど、それはもう伝説級。経験なんてあるわけがない。
男子から女子へのナンパも思えばこれが初めてで、
「あんまりそういうの経験ない? 大丈夫だよ、変なことしないから」
「ジュースでも買って話そうよ。ね?」
マンガで見た光景が目の前で再現されていることに感動してしまった。
……って、そんな場合ではなくて。
我に返って苦笑する。
「すみません。俺、男なんで」
彼らは俺の返答に硬直して──。
爆笑した。
「男? いや、ないわー。どうみても女の子じゃん」
「あ、もしかしてそういう年頃? いいよ、男の子でも気にしないから」
自称男子の痛い女の子扱いである。……いや、こいつらから見たら事実なのか?
それにしても高校生男子の生態もよくわからない。
こいつらに比べたら先輩のほうがまだわかりやすい……っても、先輩は女子高生の普通からはかなり外れてるしな。
いっそ学生証を見せてやろうかと思ったけど、それよりも、たしか先輩や柊からこういう時のための対策を──。
「しつこいと通報しますよ?」
見た景色をいつでも撮影できるように、誰でも「思っただけで」警察に通報ができる。
証拠を動画で残すこともできるので……彼らはヤバいと思ったのか半笑いのまま俺から離れていった。
勝った。
しつこいナンパや痴漢に関しては基本、女子側が優遇されるらしい。絡まれたらああやって脅せばいいわけか。
「璃勾ちゃん、今の人たち大丈夫だった!?」
そこで、ナンパに気づいた柊が駆けつけてくれた。
彼女は俺の顔を覗きこんだ後、不思議そうな顔をして、
「? なにかいいことあった?」
「いや、うん。……なんていうか。女になりきるつもりはないけど、見た目が可愛いのは得だなって」
このぞくぞくはなんなのか。
小学五年生の俺に高校生の二人組が注目している。
それが嬉しいというか誇らしいというか、可愛いだけで他人を夢中にさせて動かせてしまうのだと思うと──変な興奮がある。
クラスメートが変な反応するのはもう知ってたけど、まさか年上相手でも通用するとは。
俺は本格的に、他人からの視線に妙な快感を覚えるようになってしまった。
◇ ◇ ◇
海で泳いだ後はみんなと合流。
先輩と博己は軽く遊泳をし、柊は足だけ水に浸かったり砂遊びをしていたらしい。
合流後は遅い昼飯を注文。
昔は海の家とかいう臨時の店舗があってそこでいろいろ食べられたらしいけど、今は近くのレストランとかかからドローンで注文した料理が運ばれてくる。
「これこれ。海と言ったらこの、あんまり美味くない飯だよな」
「……いつも思うのですけれど、プロが調理しているのですよね? わざと下手に作る意味があるのでしょうか?」
「なに言ってるの恋。これも夏の風物詩よ。普通に美味しかったら風情がないじゃない」
「わたしは美味しいと思うけどなあ。このクレープとか」
「柊さんのは当たりなんじゃないかな。僕のオム焼きそばはちょっと微妙だよ」
ちなみに雪と碧にはイカ焼きを注文して食べさせてやった。
本物の猫や亀よりも雑食でなんでも美味しく食べられるらしい。彼女らがのんびり食べている姿もなかなか和むものがあった。
「さて。チェックインまでにまだちょっと時間があるわね。恋、神社行ってみる?」
「そうですね。明日に回してしまいますと慌ただしくなってしまうかもしれません」
明日は朝一から海で遊ぶことにして、今日のうちに近くの神社に寄ることにした。
シャワーを浴び、私服に着替えて、律さんの車で移動。
距離としたら大したことないけれど、街中に行くとけっこう雰囲気が変わるもので。
ちょっとした森のような場所に囲まれるようにしてその神社はあった。
『パワースポットとか言ったっけ。言うだけあって不思議な場所ね』
「そういうのわかるのか、雪?」
『あたしをなんだと思ってるの? 情報の密度くらい簡単にわかるわ』
石段に石畳。
そういや、八条も情報量がどうのって言ってたっけ。
「先輩。実際、ここって危険なんですか?」
尋ねると、黒髪黒目の美少女は「そうですね」と俺と目を合わせずに答えた。
彼女が見ているのは朱色の鳥居。
「人の多い街に比べて、という意味であれば確かに危険です。需要の高い人口密集地ほど情報の密度は高く、ダンジョンの干渉を受けづらいので」
要するに街をぶっ壊して別の建物を建てる難易度、みたいな話だ。
しっかりしたビルが建っている場所より掘っ建て小屋しかない場所のほうが好き勝手しやすい。
なので、人のいない、ただそこにあるだけの自然はダンジョンの自然発生を受けやすい。
「それでも訪れておきたかったのです。神社は、やはり特別な場所ですから」
正直、俺はあまりピンと来なかった。
石段を上がって鳥居をくぐっても、別になにかが変わるわけじゃない。
神域と人の世を分ける境界なんて言われてるけど、これに比べたら現実世界とダンジョンのほうがよっぽどわけがわからない。
「神様って架空の存在なんですよね?」
尋ねると、先輩は「そうですね」と苦笑した。
「実在する証拠はありません。いない、と考えるほうが自然でしょう。ですが、いる、と考えるほうがロマンチックではありませんか?」
先輩がそういうことを言うのは意外な気がしたけど、考えてみるとダンジョン攻略に巫女服を着る人だ。
こういうのにはきっと、人並み以上の思い入れがあるに違いない。
「先輩はこういうの、好きなんですね」
「……そうですね。子供の頃から神話に憧れていました。いえ、そんなに高尚なものではありませんね。おとぎ話に憧れていたんです」
無人の神社。
手を合わせてお参りし、がらんがらんと鐘? 鈴?を鳴らす。
先輩は真剣になにかをお祈りして、終わった後も、まるで恋人に向けるような目を向けていた。
博己が深く頷いて、
「ユニークスキルにはその人の性格や大事なものが影響するって言いますよね」
「俺も聞いたことあるけど、だったら柊は『服を作るスキル』とか『動物と話をするスキル』とかになるんじゃないか?」
「璃勾ちゃん? 自分のこと棚に上げてない?」
「別に必ずそうなるわけじゃないよ。たぶん運もあると思う。でも……」
「ええ。わたくしはそういったものに憧れがありました。『式神使役』のスキルはその影響でしょう」
高い知能を持つ使い魔を何体も使役するなんて確かに特殊だ。
雪が生まれたのも先輩の思いがあったからこそ、ってわけか。
「今の時代、神話や伝承は多くが失われてしまいました。寺社も『古くからあるものだから』保存されているだけでその役割はほとんどありません」
先輩は「けれど」と言葉をつないで、
「わたくしたちにはスキルがあります。これこそ、現代における『神秘の力』ではありませんか?」
神秘への憧れ。
「だから、先輩は
「ええ。わたくしは神秘に触れたい。関わりたい。そう、幼い頃から願ってきました」
雪が『気負いすぎよ』と呟く。
でも、その声は決して冷たくはなかった。
胸に抱かれた先輩の手がきゅっと握られて、
「そして、わたくしはいつか、この世界の秘密を解き明かしたい」
そんな願いが口にされた直後だった。
ぐらり。
世界そのものが歪むような感覚。ふらついた律さんが寄りかかってきたので慌てて支える。
続いて博己が、柊が俺にしがみついてきた。
そうしている間に、神社の風景に「データの欠け」ができたように黒い点が混じって。
『まずいわね』
雪が呟いた直後に俺も理解した。
『ダンジョンに呑み込まれるわ』
見れば、俺たちの身体さえもデータへの変換が始まっている。
任意のダイブと違って少しずつ身体が置き換えられていく感覚は乗り物酔いに近い感覚を俺たちに与えて──慣れていない人ほどその影響を大きく受けた。
そして。
決定的な転換が起き、気づくと俺たちは、石畳と鳥居が無限に続く『ダンジョン』に放り出されていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます