海水浴

 途中でSAサービスエリアに寄って軽く休憩+腹ごしらえ。

 高速だし、とりあえずトイレは済ませておかないと──。


「璃勾ちゃん、こっちこっち」


 男子トイレに向かおうとした時、柊に手を引かれた。


「学校じゃないんだからちゃんとこっち使お?」

「俺が使っても怒られないかな?」

「向こう使うほうが変な目で見られると思う」


 別に今の時代、女装しようが男装しようが自由ではあるんだけど。

 それはそれとして、見た目が異性に見える人につい戸惑ってしまうのはある。


「しょうがないなあ」

『とか言って、本当はちょっと怖がってるでしょう?』


 ああ、そうだよ。悪いか。

 若干開き直りつつ、俺は未開の地へと足を踏み入れた。

 ……正確には、踏み入れる前に足止めを食らった。


「混むよなあ」

「しょうがないよ。夏休みだし人が多いから」


 男子トイレに比べて女子トイレのほうが広く作られているのだけれど、利用者の多くなる時期はどうしても足りなくなるらしい。


「やっぱり向こうで良かったんじゃ」

「『今だけ男』になってくる?」


 恥じらいを捨てた女にだけ許されるという伝説の技。……それと一緒にされるとさすがに勇気が起きない。

 そんなやり取りをしつつようやく用を済ませた。

 水の流れる音を出して他の人に配慮する機械は男子トイレにもついてるので使い方はわかる。……普段ほとんど使ってないけど。


「さて、なに食うかな。こういうところって美味そうなものがいっぱいあるんだよな」

「あんまり食べると向こうで食べられなくなるよ?」

「それはそれ、これはこれ。今日しか食えないのは一緒だし」


 母さんと一緒だと好き放題はできないのでここぞとばかりに豪遊する。

 俺の金で買い食いする分には自由だ。


「えーっと、メロンパンと、牛串と、あとギョウザだろ」

「璃勾ちゃん、ほんとに食べすぎないようにね?」


 と言いつつ、柊もでかいフルーツサンドを買って頬張っていた。


「はい、二人とも。ちょっとこっち見てー」


 振り返ると、指を「コ」の字に曲げた律さん。

 続いてカシャ、とシャッター音。


「ちょっ、いきなり撮らないでくださいよ」

「ごめんごめん。じゃ、もう二、三枚」


 昔はカメラだったり、スマホだったりといった機械で写真を撮っていたらしいけど、今は自分の見ている景色をそのまま映像として残せる。

 なので棒立ちでも撮影できるわけだけど、それだとわかりづらいからと「カメラのポーズ」だけ生き残った。


「そういえば先輩たちは?」

「向こうでプリン食べてたわよ」


 ああ、博己は卵料理大好きだからな。

 プリンくらいならそんなに腹にたまらないしいいチョイスかもしれない。


「じゃ、私はちょっとラーメン食べて来るから」

『この人もかなり無茶するわね?』

「ほら、柊。みんなこんなもんだって」

「璃勾ちゃんを基準にしたらみんな太っちゃうよ」

「ダンジョン探索もけっこうカロリー使うからな」


 目的のビーチに着いたのは十三時を回った頃。


「さすがに時間がかかりましたね」

「どうする? 先に例の神社に行く手もあるけど」

「いえ、海に行く時間がなくなりそうですし、後にしましょう」


 車の中で着替える手もあるけど、ちゃんとした更衣室もあるということでそっちへ。


「じゃ、博己。また後でな」

「あ、そこは素直に行くんだ」


 着替えは学校でも女子更衣室だっての。


「いや、ほんとに女ばっかりだな」

「女子更衣室なんだから当たり前だよ?」


 更衣室とロッカー、休憩所を兼ねたそこはかなりしっかりした建物だった。

 掃除も行き届いているし、利用料もそんなに高くない。

 中には歳がいろいろな女たち。


「そうだけど。なんていうか、学校とはまた雰囲気違うじゃん」

『大人も一緒だものね』


 下着脱ぐ時もさりげなく隠す人が多いから「裸見放題!」ってわけでもないんだけどな。

 なんか同世代以外が多いと恥ずかしい。

 なるべく隅っこを取って服と下着を脱ぐと、律さんがじっと見てきた。


「な、なんですか?」

「ううん。綺麗な身体してるなーって」


 人差し指を立てて俺のほうへかざす彼女。

 またカメラか? いや、これはサイズを測っているのか。


「……羨ましいスタイル。これで中二、ううん、小学五年生?」

「璃勾ちゃんスタイルいいよねー。わたしも大きくなるかなあ」

「あら。胸の大きさだけが魅力じゃないわ。ね、恋?」

「そこでわたくしに触れないでくださいませ」


 律さんの発言は話半分に聞いたほうが良さそうだけど、スレンダーな女性にも独特の魅力があるのはその通りだと思う。

 俺は自分の胸を軽く下から持ち上げて、


「余計な重りついてないほうが完成度は高いんじゃないかなあ」

「……ふふっ。璃勾さんは本心からそう言っているのがわかりやすいので、とても愛らしいですね」

「わわっ」


 まだ着替え中なのに抱き寄せられてしまった。


「わたくしはあまり気にしませんが、男性人気を勝ち取りたいのであれば胸は大きい方がいいと聞きます。璃勾さんはきっと大人気になれるでしょう」

「そういうものなんですか、律さん?」


 首を傾げた柊が『職業:プロデューサー』に尋ねて、


「そうね。アイドルとしては大きすぎても人気が落ちる傾向だけど……恋と璃勾ちゃんを足して二で割るとちょうどいいかしら」



    ◇    ◇    ◇



 着替えの段階からわいわいやりつつ、この前買った水着に着替えて。

 男女共用スペースに移動すると博己がアイスを食べていた。


「あ、美味そう。俺も買ってこようかな」

「……うん。なんだかんだ璃勾は女の子満喫してるよね」

「どういう意味だよ」


 俺は男でもアイス買いに行ったぞ?

 頬を膨らませて抗議すると苦笑されて、


「似合ってるってことだよ。それが買いに行ったっていう水着?」

「ああ。なかなか格好いいだろ?」

「うん、可愛いよ」


 むう、もっと格好良さを追求するべきだったか。

 俺たちのやり取りに律さんがくすっと笑って。


「はいはい。アイスは後にしましょ。泳いでからのほうが美味しいんじゃない?」

「確かにそうですね」


 ようやくビーチへ。


「私はいろいろレンタルして来るから、みんなは先に遊んでいてくれる?」

「はーい」


 一面の砂浜は適度に人で賑わっている。

 寂しくはないし、鬱陶しいほどじゃない。これなら砂遊びも泳ぎもできそうだ。

 俺は「っし」と拳を握って、


「博己、競争しようぜ」

「璃勾。僕が運動得意じゃないの知ってるだろ!?」

「しょうがないなあ。じゃあ先輩、どうですか?」

「わたくしも戦闘は式神任せですので競争できるほどでは」


 それもそうか。


「そういや、華以外の二体ってどんな感じなんですか? 水属性もいたり?」

『ちなみにあたしは金属性よ』


 金属製? っていうか金じゃ色じゃね? 色で言うなら白属性だろうし。


「ええ、水属性の子もいますよ。……いらっしゃい、へき


 せっかくだからと召喚して見せてくれる先輩。

 彼女の呼びかけによって形作られたのは、硬い甲羅と短い手足を持つ生き物。


「うお、亀だ。でっか」

「この子は碧。見ての通りの亀です。水を操ると共に守りを担当します」

「へー。亀って近くで見るの初めてです。よく見ると可愛いかも」


 碧はおとなしい性格なのか、しゃがみこんだ柊と目が合っても特に動じた様子がない。むしろ柊の手にすりすりして好意を示している。


「……こいつに乗ったら竜宮城へ行けるかな?」

「竜宮城は無理ですが、力持ちですので乗せて運ぶことはできると思います」

「マジですか」


 試しに乗せてもらうと、碧はのそのそと、人ひとりくらいの重量はものともせずに歩いた。

 スピードはゆっくりだし、足の置き場に困るので実用的じゃないけど。


「もう一体は鳥……それに亀。なるほど、つまり月詠先輩の使い魔は」

「あ、なにあれ楽しそう!」


 なにやら博己が呟いていたけれど、それは途中で子供の声に消された。

 俺たちより低学年っぽい子供が碧を見て集まってきたのだ。わかる。乗ってみたいよな、こういうの。


『あらあら。大人気ね』

「悪い。俺のせいで注目されたな。大丈夫か、碧?」


 こいつも言葉がわかっているんだろう。俺の問いにこくこく頷いた亀は一人ずつ子供たちを乗せていく。良いやつだな、こいつ。

 華も人懐っこかったし、むしろ雪がツンツンしすぎか?

 と。


「うお、見ろよあれ」

「姉妹、いや家族か? レベル高え」


 俺たちにも視線が集まってくる。その多くは若い男からのもので。

 律さんや先輩、柊のほか、俺に向けられる視線も含まれていた。

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