夏のはじまり

「璃勾さんもストレージを拡張し始めていますので、ある程度は余裕があるでしょう? 雪のデータ量なら入ると思います」


 告げられたデータ量は確かになんとかなる程度だった。

 盾とプロテクターは削除するか、どこかに退避させないとだけど──盾は学校のデータのコピーだから消して問題ないし、プロテクターは柊が引き受けてくれた。


「こいつすごく頭がいいし、もっと重いのかと思ってました」

「わたくしの『式神使役』は使い魔のデータを圧縮して保存できますので」


 展開できるのは先輩だけになるうえ、データ量を節約できる。

 四体もの使い魔を操れる秘密はそれか。


「いかがでしょう、璃勾さん?」

「はい。そういうことならぜひ」


 雪との繋がりができるのはいいことだ。

 一も二もなく頷くと、先輩もどこか嬉しそうに頷いた。


「わかりました。では、データを転送します」

「作業中は雪はいったん消えるんですか?」

「いいえ。特に問題ありません。転送自体もすぐに終わりますよ」


 ……どうやってるんだそれ?

 データの転送ってのは箱を別の場所に移すようなものじゃない。

 箱の中身を一つ一つ取り出して運ぶわけで、生き物で考えるとつま先や毛の一本一本を剥がされるようなものだと思うんだけど。

 先輩が転送を始めても雪は実際きょとんとしていた。


 まあ、スキルだしな。


 深く考えても仕方ないと俺は理解するのを諦めた。

 それを言ったら俺のスキルだって「どうやったら男が女になるんだよ!?」って話だし。

 数分後、先輩が「終わりました」と宣言。


「サブオーナーとしての認識も無事に行われています。これで雪の言葉がわかるようになったはずですよ」

「本当ですか? ……俺の言ってることわかるか、雪?」


 膝の上に話しかけると、白猫はめんどくさそうに伸びをして、


『あたしは最初からあなたの言葉がわかっていたわ。わかっていなかったのはあなたのほうでしょう?』


 凛とした声が鳴き声と重なって頭に響く。


「すげえ、本当にわかる。……にしてもお前、イメージ通りの喋り方だな」

『あら、それは褒められているのかしら?』

「うん。可愛いけど可愛くないのがすごくイメージ通りだ」

『ぜんぜん褒めてないじゃない。まったくもう、璃勾はそういう適当なところが欠点よね』

「ははっ。なんか面白いな、これ」


 一人の時でも退屈しなさそうだ。

 先輩がくすくすと笑って、


「気に入っていただけてなによりです。これからはお願いすれば戦闘中も力を貸してくれるはずですよ」

「マジですか。……雪、お前なにができるんだ?」

『機会があったら教えてあげる。あたしの助けが必要なくらい強い敵が出てきたらね』

「ああ、期待して待ってるよ」


 七月に入ると夏休みまではあっという間で。

 俺は休みに入ってもしばらく先輩とのダンジョン攻略、それから夏休みの宿題に追われた。

 そして七月の終わり頃。


 かねてから計画していた海水浴の日がやってきた。



    ◇    ◇    ◇



 泊りがけの海水浴を母さんはわりとあっさりOKしてくれた。

 悪いことをするとどこにいても検知されて通報される社会。犯罪者なんてそうそういないし、いても俺はそこらの大人より殴り合いが強い。

 あと、先輩の知り合いが保護者役を引き受けてくれたおかげだ。


「気をつけてね。みなさんに迷惑のないように」

「わかってるよ。子供じゃないんだから」

「あなたまだ小学五年生でしょう」


 そうだった。

 子供料金のための学生証更新は無事に終わらせてある。制服姿を撮影しないといけないのがめんどくさかったけど。


『璃勾。着替えと下着、それから水着はちゃんと荷物に入れた? タオルも多めに持っていったほうがいいわ。それから日焼け止めに──』

「わかってる、大丈夫だって。お前、母さんより口うるさいぞ」

『母親にされるような歳じゃないわ。せいぜい姉ね』

「へえ。そういやお前何歳なんだ?」

『まだ生まれて半年も経ってないけど?』


 めちゃくちゃ子供だった。

 いや、先輩がスキルを手に入れてからだとすると長くても五歳とかなんだけど。

 猫の寿命を考えると人間とそのまま歳を比べるのも変化。


「何回見ても不思議。本当に雪ちゃんとお喋りできてるんだもの」

「周りから見ると『猫と話してる変な奴』なのがアレだけどな」

『そんな奴ら放っておきなさい。探索者クエスターのやることにいちいち驚くなんて無駄よ』


 というわけで、俺は念のため荷物を再チェックしてから出発した。

 待ち合わせ場所は最寄りの駅前広場。

 噴水の前にはもう博己が来ていた。


「よー、早いな。お前が一番乗りか」

「おはよう、璃勾。今日はなんだかお洒落な格好してるね」

「ああ。柊にオススメされてな」


 変か? と首を傾げるとふるふると首を振られて。


「いいんじゃないかな。活動的な女の子って感じで可愛いよ」

「あんまり嬉しくないな。そういうのは柊に言ってやれよ」

「そ、そんなの言えるわけないだろ!?」

『ヘタレ』


 これに関しては雪に同感だ。


「引率してくれるのってどんな人なんだろうなー」

「叔母さんって言ってた気がするよ。月詠先輩に似て真面目な人かな」

「先輩がもう一人ってすげえな、それ」


 なんて言ってると柊もやってきた。

 動くからか柊も今日は短めのパンツルック。上は日光対策の白なのでなんかぱっと見は俺とそんなに変わらない。

 彼女は笑顔で「おはよー」と俺たちに言って、


「あ、璃勾ちゃんやっぱり似合ってる。可愛い!」

「柊も似合ってるぞ。なんかお揃いみたいだな」

「えへへ。仲良しに見えるかな?」

『そりゃあもう。そっちの子が不憫になるくらい』


 しまった、博己をそっちのけで盛り上がって(※柊が)しまった。


「なあ柊。博己の服も褒めてやってくれよ」


 そう言うと柊はようやく博己のほうを見た。

 ジーンズにTシャツ。


「博己、お前普通だなー」

「なんで璃勾が先にディスってきたのさ!?」

「ごめん、つい」

「む。璃勾ちゃんと日比野くん、やっぱり仲良いなあ」

「そりゃ男同士だし」

『都合の良い存在よね、あなた』


 最後に、大きめのワゴン車が広場に滑り込んできた。

 降りてきたのは淡いクリーム色のワンピースを着た先輩と、伊達っぽい眼鏡をかけた大人の女性。

 三十歳くらいか?

 パンツルックを決めた彼女は「こんにちは」と俺たちに笑顔で挨拶してくれる。


「恋の叔母の月詠律です。律って呼んでね?」

「よ、よろしくお願いします!」


 慌てて挨拶した後、博己と脇をつつきあって、


「なんかイメージしてたのと違う人が来たぞ」

「月詠先輩とそっくりとか言ったのは誰だよ」

「ふふっ。恋とはあんまり似てないでしょ? よく言われるの」


 うん、性格はぜんぜん似てなさそうだけど……。


「顔はなんとなく似てますね」

「そう? 私、この子に似て美人かしら?」

「すごく綺麗だと思います! あの、モデルさんですか?」


 柊が目をきらきらさせながら尋ねると、律さんは「あははっ、まさか」と答えた。


「律さんは芸能プロデューサーをしているんです。家はわたくしの母が継ぎましたので、今は別々に暮らしております」

「だから姉さん、この子の母親とはあんまり仲良くないのよね。恋とは仲良しだけど」

「特別仲良くなったつもりはありませんけれど」


 抱きつかれた先輩がむっとした感じで答える。

 ……なるほど。先輩が素で鬱陶しそうにしているというのもなかなか貴重だ。

 仲が良いというのはそんなに間違っていないのかもしれない。

 感心していると、律さんが俺と柊をじっと見て、


「な、なんですか?」


 服が似合ってないとか言われるのかと思ったら、彼女は真面目な顔で、


「ね、二人とも芸能界に興味ない? あなたたちならきっと人気が出ると思うんだけど」

「律さん。わたくしの知人をいきなり勧誘しないでください」


 さっと名刺を取り出した律さんを先輩が止めた。


「ごめんごめん。勧誘は仲良くなってからでも遅くないわよね」

「……はあ。申し訳ありません。律さんはこの通りの人でして。わたくしにも『アイドルは興味ないか』などとしつこいのです」


 なるほど、確かに先輩のお母さんとは馬が合わなさそうだ。


『それはそれとして、恋のアイドル姿は見てみたいわね』


 うん、正直同感。

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