再戦と買い物(後編)
柊の提案で何件かまわり、なんとか水着を買うことができた。
月詠先輩は黒のワンピースタイプ。
最小限の模様がアクセントになってお洒落感を演出。背中が少し開いていてある程度の通気性も確保。
初等部のダイブスーツを思い出したのか、先輩は「懐かしいですね」と言っていた。
柊は白とピンクのツーピースタイプ。
ピンクだけだと派手に見えそうなところを白い部分がうまく抑えている。
愛嬌のある彼女には明るい色もよく似合う。
で、俺は。
なー。
「うるさいな。お前の見立ては確かだったよ」
最終的に雪の選んだ水着──の色違いを選んだ。
黒いやつ。
赤だとさすがに目立ちそうだけど、デザインは気に入った。
あれこれ見たせいで頭がこんがらがって「あれ、あの水着けっこう良かったんじゃね……?」ってなったのもある。
ほら言ったじゃない、っていう顔が腹立たしいけど、終わってみるとありがたい助言だった。
「用事は済んだし帰るか?」
先輩に雪の件を聞いてみたいけど出先だと落ち着かないし、と思ったら。
「待った、璃勾ちゃん」
柊に服の袖を摑まれて。
「自分の服をよく見て」
「……ん?」
白ブラウスにスカート、首にリボン。
「制服だけど?」
「なんでお休みの日に遊びに来たのに制服なのっ!」
「だって制服着ときゃ間違いないだろ」
この格好で「うちの生徒にあるまじき行い」とか言われることはない。
「そうだけど、そうだけどもったいない! 先輩だってちゃんとしてるのに!」
お前それ先輩に失礼じゃね?
「先輩もちゃんと私服とか持ってるんですね」
「璃勾さんはわたくしのことをなんだと思っているのですか……?」
真面目人間?
ジト目で俺を見てくる月詠先輩は清楚な白のワンピースだ。
こういうのが似合う人間って本当にいるんだな、と感心する。
参考になるかと見ていると恥ずかしそうな顔になって。
「母から『当家の一員として恥ずかしくない装いをしなさい』と言われているだけです」
「ああ、ダイブするのに着物を着ろって言ってくるお家なんですよね」
普段着が着物じゃないだけマシか。
と、柊が俺の腕を取って、
「先輩から見て璃勾ちゃんの格好はどうですか?」
「一般の学生ならば許容範囲かとは思いますけれど、あらたまった場には不向きですし、普段も周囲から浮くかもしれませんね」
正論。
「じゃあなんですか。まさかこのうえ『服を買おう』って言うんですか?」
「そのまさかだけど?」
さっき取られた腕を柊が離してくれない。
「じゃあ水着と一緒に買えばよかったじゃん……」
「服を買うのはいま決まったんだもん。それにまだ午前中だよ?」
「まる一日服買うのに使うとかどれだけだよ!?」
などと言いつつ引っ張って行かれる俺。
「さっき会員になっておいて良かったね」
「服屋の会員証がどんどん溜まっていきそうなんだけど」
「電子データなのですから特にかさばりませんよね?」
個人のデータに紐づいているので、会計時に「会員証があります」と自動で教えてくれる。出し忘れとかはないし管理も楽だ。
他の店の会員証も母さんと行った時にいくつか作った。
だけど、
「一覧で見た時にごちゃごちゃするじゃないですか」
「ジャンルごとにフォルダに分けてください」
またしても正論。
「くそ、博己を連れてくるんだったか」
「日比野くん一人だけじゃ可愛そうだよ」
あっさりと俺の愚痴を切り捨てた柊は先輩と「どういう服がいいか」相談し始めた。
俺の服について。
俺の服について。
「璃勾ちゃんならすっごく可愛いのも似合うと思うんです」
「璃勾さんはスタイルがいいですから、わたくしでは似合わない服も着られそうですね」
女子に任せておいたほうが楽そうではあるのだけれど。
「なんでだろう。なんとなく危険な気がする」
なー。
「そうか。そういえばお前も女子だったな。大丈夫、お前の目は確かだ」
人任せじゃ悪い気がするので俺もコーナーを見て回ってみるものの、水着以上に目移りする。
私服なんて適当で良くないか?
水着はある程度基準が明確だった。泳ぎやすくて色合いが落ち着いたやつ。
私服も似たような基準で選んでみるか。
まずは動きやすさ。あと夏は暑いから通気性。
「……いっそこの水着でいいんじゃね?」
「璃勾ちゃん? ぜったいいろんな人から注目されるよ?」
「今日ここまで来る間も注目されまくったぞ」
柊も先輩も可愛いせいだ。
男からはもちろん、女からも「姉妹かな? かわいいー」という目で見られまくった。
「だからって楽しようとしすぎ。それより、わたしたちで選んでみたんだけど、どうかな?」
「うお」
なかなかに意外なチョイスだった。
まず、柄の入った白ブラウスにシンプルなズボン。それに細い首輪──じゃない、首に巻くアクセサリー。なんだっけ、チョーカー?
「これは柊か?」
「うん。ロリータとかあればよかったんだけど、お店の雰囲気と違ったから」
店の雰囲気に助けられたか。
そしてもう一つのコーデは、半ズボン──じゃなくてショートパンツに丈の短い七分袖のTシャツ、それから首、チョーカー。
髪用なのか、それとも腕につけるのか、淡い色のシュシュまでついている。
俺が着たところを想像すると、確実にへそが出るんだけど。
「……先輩が、これを?」
「やっぱり、変でしょうか……?」
先輩の趣味と合わないって意味ではきっぱり変だけど。
「いえ、こういうファッションも似合う人には似合うと思うんですけど」
「璃勾ちゃんにも似合うよっ! わたしはもっと大人しくて可愛いのが好きだけど」
「わたくしも、自分が着るならシンプルで露出の少ないものを選びますけれど、璃勾さんならと」
二人とも俺のポテンシャルを過剰評価しすぎじゃないか。
と言いつつ、せっかくなので試着させてもらうと、
「意外と似合うな……?」
他人目線なら「美少女じゃん」って言える気がする。
柊のコーデと先輩のコーデ、順番に着てみて、
「璃勾ちゃん、どっちが良かった?」
「先輩の選んでくれたほうかな」
なんと言っても動きやすい。こういうのもアリだとわかれば楽でいいかもしれない。
「夏場はジャージで出歩くと暑いしな……」
「冬場でもやめようよ璃勾ちゃん。可愛くないよ」
「ジャージだって可愛いかもしれないだろ」
無理矢理反論したら「それはない」とばかりに雪がなーと鳴いた。
「じゃあ、先輩のほうを買う?」
「いや、せっかくだから両方買うよ。二着くらいあっても問題ない……っていうか泊まりで海行くなら必要だし」
というわけで会計。
ダンジョン潜って金に余裕ができたおかげだ。半分くらいはストレージの拡張に使ったけど、ある程度残しておいてよかった。
「これで本当に用は済んだよな」
「うーん……。せっかくだから他のお店も見てみたいけど、そうだね。とりあえずお昼ご飯でも食べよっか」
確かにいつの間にか昼だ。
ファミレスとか先輩は来ないかと思ったけど、「何度か来たことはあります」とむっとした顔で主張されてしまった。
「ハンバーグとエビフライのセット、ライス大盛りで。デザートにバニラアイスお願いします」
「わたしはマルゲリータのセットとストロベリーアイスで」
「ペペロンチーノのセットを。それからチョコレートのアイスをお願いいたします」
それとドリンクバー。先輩の分は俺が汲んできた。
「ありがとうございます、璃勾さん。そこまで気を使わなくても構いませんのに」
「いえ、いつもお世話になってますからこのくらいは。……それで先輩、俺のストレージに雪を移すっていう件なんですけど」
俺が制服を着ていたのもあってか、雪は「使い魔です」の一言で出入りを許された。
ネズミとか食べないし風呂も入るしトイレもしないので、ある意味動くぬいぐるみみたいなもの。衛生的にはそこまで気にする存在でもない。
膝の上を見ると、本人はわかっているのかいないのか、のんびりした様子。
先輩はこくりと頷いて、
「はい。データを転送してもわたくし以外には起動できません。ある意味ではストレージを専有する余分なデータとなりますけれど、代わりに璃勾さんが雪のサブオーナーとなることができます」
先輩的にはその分、ストレージが空く。他の使い魔に回したり、新しいのを作ることもできるかもしれない。
「サブオーナーになるとどうなるんですか?」
「雪に命令を出す権利が得られ、それから雪と話ができるようになります」
なんですと。
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