夏の予定
「璃勾ちゃん、小テストの点数良くなったよね」
「授業サボるようになったら成績良くなるってどういうことさ」
「いや、まあスキルのおかげだろうなあ」
月詠先輩と一緒にダンジョンへ潜るようになってしばらく。
今日は五、六時間目に潜ったのは放課後は自由時間。最近来てなかったからとカフェテリアに寄った。
話題は午前中にやった小テストの点数だ。
「記憶力が良くなったし、うろ覚えのやつも思い出せしやすくなった気がするんだよな。あと計算の速さとか」
「じゃあ、真面目にやってればもっと早く成績上がってたんじゃない?」
「それを言うなよ」
二歳分一気に成長した時の効果が大きかったとか、勉強した成果が出るのに少し時間がかかったとか、そういうのもあるだろ、たぶん。
「これなら授業サボってもあんまり困らないかもな。その分、ダンジョン攻略を頑張れる」
「そっちはどうなの? 璃勾ちゃんが強くなってるのはわかるんだけど、わたしじゃどう変わったのかはよくわからなくて」
「ああ。とりあえず実戦での状況判断と身体の使い方、槍の振り回し方と敵のデータの把握とかかな」
当たり前だけど実戦の空気はだいぶ違う。
経験の積み重ねは授業での模擬戦や試合にも生きてる気がする。
突き刺す時とぶん殴る時の判断、使い分けとか、戦場を広く見る能力とか。
「けっこう回数潜ったからランクも上がったぞ。ZからXになった」
「2ランクか。意外と月詠先輩に追いつくのも早いのかな?」
「どうかな。先輩と一緒に潜ってるわけだし」
最初のZランクは『未経験』の枠で、一回でもダンジョンに潜ればYに上がれる。だから俺が上がったのは実質一ランクだ。
先輩は中等部の頃から誘われてちょくちょく潜ってたみたいだし、すぐには難しそうだ。
「でも、けっこう報酬は入ったんだぜ?」
ダンジョン攻略の報酬は解放されたデータ領域の広さ、重要度によって決まる。
だいたいの場合は敵の強さ=難易度とだいたい比例するらしい。
振り込まれた金額を見せると、博己たちは揃って目を丸くした。
「これだけあったら、高級プリンが何個買えるかな」
「可愛い服が何着も買えるよ……!」
「先輩が報酬を山分けしてくれてるお陰だけどなー」
あと、徐々に潜るダンジョンの難易度が上がってるせいもある。
最初は「チームランクと同じくらい」の設定だったのに、回を重ねるたびにちょっとずつ、先輩が難易度を上方修正してるのだ。
おかげで歯ごたえのある戦いができている。いざとなったら先輩が助けてくれるし、俺は緊張感のある戦いの中で成長に挑めばいい。
「璃勾ちゃん、使い道は決めてるの?」
「ああ。全部ストレージの拡張につぎ込む」
そうすればもっと強い武器が使えるように──。
「待って。全部使っちゃうなんてもったいないよ!」
ふわふわの髪の美少女、可愛い服やおしゃれや猫に目がないうちのヒーリング担当が、身を乗り出して俺の手を取って言った。
「あんまり外出ないし、服は間に合ってるぞ?」
「なに言ってるの、璃勾ちゃん。夏休みがあるんだよ? あと一ヶ月くらいだよ?」
そういえばそうか。
四月からいろいろあったのですっかり忘れていた。
「っても、今年はダンジョン三昧じゃないかなあ。先輩もたぶんそのつもりだし」
「別に一日中攻略するわけじゃないんでしょ? 遊ぶ時間くらいあるよ」
「どこか行きたいところでもあるのか?」
尋ねると、柊は「よく聞いてくれました」と言いたげに笑った。
「海に行こうよ!」
「海か。確かに泳ぐのは気持ちいいよな」
「でしょう? だから水着を買いに行こ?」
そういうことか。
「水着か。……そうなると俺、女物の水着をつけるんだよな?」
「当たり前じゃないか。男物じゃ変態だよ」
海パンだけ穿いた中二女子──確かに、海で見かけたら「なんだあれ」と言う自信がある。
「博己。俺と柊の水着姿でも想像してるんじゃないだろうな」
「なっ!? なに言ってるんだよ。そもそも僕も行っていいの?」
あ、俺はともかく柊のは想像してたな。
「もちろん、日比野くんも一緒に行こ? 同じチームだもん」
「チームか」
ふむ、と少し考えていると、膝に乗った白猫がなー、と鳴く。
ああ、お前も同じ考えか。
「じゃあさ、先輩も誘ってみていいか? あの人、ほっとくと息抜きとかしない気がするんだよな」
言うと、博己は「僕はもちろんいいけど」と眉をひそめて。
「説得は璃勾がやってよ?」
「わたしも、先輩が来てくれるなら大歓迎だよ! ……先輩を説得できる自信はないけど」
「わかってる。誘うのは俺の役目だろ」
っていうか、もし先輩も一緒に行くことになったら博己の肩身が狭そうだな。
俺はともかく、可愛い女子が二人もいるんだからむしろ役得なのか?
ともあれまずは先輩を説得するところからで、
◇ ◇ ◇
「わたくしは遠慮します。みなさんだけで行ってきてください」
やっぱりそう来るか。
次の日のダンジョン攻略後、休憩がてら話をするとすぐに「ノー」が返ってきた。
さすが先輩、手強い。
「先輩、海嫌いですか?」
「特にそのようなことはありませんけれど……。一人だけ上級生が交じってもお互いに気まずいだけでしょう?」
「俺たち三人で行っても俺だけ上級生に間違われると思うんで、あんまり変わりませんよ」
そういや俺、見た目中学生だから場所によっては子供料金断られるかもな。
在学データ見せればさすがに小五だってわかるだろうけど……って、画像が男の時のままだ。早めに更新しておこう。
と、それはともかく。
「あれですよね。また周りからハブられるんじゃないかって心配してるんですよね?」
「……そうです」
ぷいっと顔を背けながらの小さな返事。
俺は思わず雪と顔を見合わせてしまった。
先輩は「わかってるなら誘わないでください」とでも思ってるんだろうけど、やれやれ、意地っ張りな人だ。
「大丈夫ですよ。博己も柊もそういうの気にしませんから」
「……根拠がありません」
「俺と同じチームなのが根拠です。それに年下だし、二人ともサポート系です」
戦う役が強くても二人は別に困らない。
高校生の先輩が強くても小五から見たら「すごい!」で終わる。
「柊なんか、雪を見て『可愛い』って興奮してましたし。華も見せてやったら喜ぶんじゃないですか?」
「……ですが、せっかくの長期休暇に遊んでいるわけには」
「気分転換も必要ですよ。俺と一緒に行動してれば合間にダイブする時間もあるかもですし」
海にいる間に「ダイブしましょう」とか言われたら適当に誤魔化して遊んでもらうけど。
「別に泳がなくても、砂いじりとか海を見てるだけでも楽しいと思いますよ」
昔は海水浴って言うと「人いっぱい」「海もそんなに綺麗じゃない」っていう感じだったらしいけど、今は環境整備などによってどこのビーチもすごく綺麗になった。
透き通るような水と砂浜が太陽を反射していい景色だ。
どこに行ってもそうやって楽しめるので、有名な海水浴場ばかりが混むこともない。二年前くらいに行った時も普通にのんびりできた。
「それに、砂浜の上を歩くのももしかしたら役に立つかも」
そう言うと、先輩は少し考えるようにして。
「確かに、海岸のステージは一度遭遇したことがありますね」
「あるんですね」
「ダンジョンの構造は千差万別ですから。水辺は敵が変則的な行動をすることもありますし、慣れておくのは 悪いことではありません」
「でしょう?」
一番食いついたのがダンジョン対策ってのが真面目すぎって感じだけど、乗り気になってくれたならそれでいい。
俺はここぞとばかりにプッシュした。
「なんなら泊まりで行きましょう。そのくらいは稼げばいいですし。そのためにダイブを増やしても」
「いえ、でしたら費用はわたくしが出します」
「え? 先輩が、四人分ですか?」
高くね? と思ったけれど、俺自身が稼いだ額を思い出して「ああ、平気か」と納得する。
先輩もこくりと頷いて、
「せっかくですから近隣の自社にも足を運びましょう。こういった機会でもなければなかなか行けませんから」
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