初めての実戦

「参加メンバーが全員、ダイブ可能状態になった後、リーダーが代表してダイブするだけです。これにより、タイミングがズレたりアクシデントで分断される事態を防ぐことができます」


 もちろんリーダーは月詠先輩だ。


「ダイブするダンジョンは選ぶこともできますけれど、他のパーティと競合してしまう可能性があります」


 ああ、チケットの予約競争みたいになるのか。

 一覧からよさげなダンジョンを見つけてダイブ、ってやってると別の奴とかぶったり、先に攻略されてしまう可能性がある。


「ですので、わたくしはランダムダイブ機能を用いております。指定した条件に合うダンジョンを自動選択する機能です」


 ダンジョンは日々、かなりの数が発生している。

 それらに対処するためにも自動マッチングはとても便利だ。


「今回はパーティランクに適合し、他のパーティに選択されていないダンジョンを条件にしましょう」

「えっと、俺たちのパーティランクって?」

「所属メンバーのランクに応じて決まりますので、現在はXランクですね」

「X」


 うん、高いのか低いのか全然わからない。

 そんな俺の表情を読み取ったのか、先輩はくすりと笑って、


「姫宮さんは今回が初めてですから、最低のZランクです。わたくしは現在、五段階上のUランクに位置しております」


 探索者クエスターのランクは当初、EからAまでの五段階だったらしい。

 その後、SからSSSが追加され、ランクの見直しによってIからAまでに振り分け直され、それでも足りなくなってS以降が使われ──最終的に「じゃあもうZから始めようぜ!」ということになった。


「普通に考えると初期から五段階上ってかなりすごいですよね?」

「そうですね……。最上位のAランクまではまだまだ遠い道のりですが」


 上のほうのランクは設定されてはいるものの、未だ到達した者は誰もいない。

 それでもいずれ到達する者が現れるのではないかと言われている。

 歴史と共にデータが集まり、新しい装備が開発され、攻略法も伝えられていっているからだ。


 先輩は深呼吸を一度行うと俺を見て、


「姫宮さん、準備はよろしいですか?」

「はい、いつでも」


 黒髪黒目の美少女は深く頷くと、静かに唇を動かした。


「ダイブ、スタート」



    ◇    ◇    ◇



 一瞬の後、俺たちは通路に立っていた。

 ダンジョンの形はモノによってバラバラ。今回はどこかSFっぽい、宇宙船の中をイメージするような壁に挟まれている。

 通路の広さは、一人が武器を振り回すのが限界くらい。


「なんか、ほんとに迷宮ダンジョンって感じですね」

「侵入者を阻むために入り組んでいるダンジョンも中にはあります。今回はそれほど複雑ではないはずですけれど……」


 巫女服姿の先輩は通路の左右を確認して、


「片方は行き止まりですね」

「あ、本当だ」


 先のほうが壁になっていてなにもない。

 ということは実質、一方通行か。


「姫宮さん。二人で協力して戦うには狭いようですので、まずはお任せしてよろしいですか?」

「お手並み拝見ってことですね。任せてください」


 ダイブしたことで、俺の手には博己特製の槍が握られている。

 それをぎゅっと握り直すともう一方の通路を見る。

 どこかひんやりした空気。

 今のところなにも危険はないけれど、独特の緊張感を覚える。


 俺はまだ、ダンジョンの中で死んだことがない。

 本当に死ぬわけじゃない。現実世界で目覚めるだけだとわかっていても、できれば死にたくない。

 なにより、どうせなら先輩にいいところを見せたい。


「俺が前を歩くので、先輩は後からついてきてください」

「わかりました」


 制限時間はないので急ぐ必要はない。

 先輩のペースに合わせるように意識しながら通路を進む。

 幸い、天井に照明があるので足元は心配ない。

 するとしばらくして曲がり角が来て、それを曲がると──奥のほうに複数の敵がいた。


「あれが、俺たちの敵……!」


 ダンジョンと言っても、ゴブリンやオークが闊歩しているわけじゃない。

 一般的な侵入者撃退要員──通称エネミーは、機械仕掛けのロボットだ。

 まだ小学五年生の俺たちも初歩的な説明くらいは受けているし、俺は公開されているエネミーのリストを何度か自主的に眺めたことがある。


 今回の敵は、たくさんある種類の中でもごくごくシンプルな、


「自走型量産機A、ですね」


 円柱に近いボディ上部にアイカメラと制御コンピュータ。

 ボディの中から細いアームと警棒が出てきて侵入者を殴るタイプだったか。

 ……飛び道具がないならどうとでもなる。

 俺はほっと息を吐くと一歩を踏み出して、


「これくらいなら俺一人で大丈夫です!」


 向こうが警棒を準備し終える前に急接近。

 槍の穂先を突き出してアイカメラごと頭脳部分を破壊し、一体を無力化した。

 初めて貫いた敵の感触は固くて無機質。

 けど、人間の身体を突き刺すよりはずっと気持ちが良かった。


「次!」


 残りの敵も上から叩き壊し、胴体を串刺しにし、あっという間に無力化。

 念のため動き出さないか観察してみたものの、しん、と通路は静まり返っていて。


「お見事です、姫宮さん」


 ゆっくりと追いかけてきた先輩が微笑んでくれる。


「素の身体能力のみで機械を破壊できるのであれば、戦闘力は高等部一年生と遜色ありません。後は技術と経験ですね」

「ありがとうございます。……これなら、先輩の力になれそうですか?」


 すると、整った顔が困ったように変わって。

 小首を傾げた先輩は「では」と言った。


「一度、わたくしの式神もお見せいたしましょう」


 相変わらず一本道の中、しばらく進むと新しい敵が現れる。

 種類は同じ。ただし、数はさっきよりも多い。

 脚部のタイヤを回して近づいてくるそれらに先輩は慌てず、


「華」


 声を共に、空中に火の粉が散った。

 現れたのは赤い小さな鳥。華と呼ばれた彼女(?)は先輩の右肩に留まると、右手の指が敵を指し示すのに合わせて──。


「うお」


 口から火の玉を吐き出した!

 着弾した火の玉が燃えて一体が停止する。その間にも二発目、三発目。

 さらに「行ってらっしゃい」と送り出された華は駆虫で羽ばたきながら火を吐き出し、残りの敵をあっさりと片付けた。


「……すっげ」


 なー、と雪が鳴くと、華がふふん、と言うような顔(?)をして俺のほうへ。

 手を伸ばすと手の甲に留まったのでもう片方の手で撫でてやった。


「あ、熱くはないんだな」

華は身体が燃えているわけではありませんので。小さくて可愛いでしょう?」

「はい、可愛いです」


 素直に答えつつ「すごいな、お前」と呟く。

 御主人様の指示もちゃんと聞くし、自分で考えて攻撃もできる。

 雪と華、二体を同時に出してるあたり複数使役も余裕みたいだし、これでもまだまだ本気じゃないっぽいというのが──。

 くそ、俺ももっと頑張らないと。


「先に進みましょう、先輩!」


 勢い込んで言うと、先輩は淡々と「そうですね」と答え、どこか遠い目で通路の先を見据えた。


 徐々に数の増えていくロボを倒すこと、さらに二度。

 ようやく行き当たった部屋には同じロボが複数と、それから大きめの機械があった。

 セントラルコアA、だったか?

 据え付け型の動かないメカで、八本のアームを持つ。耐久性が高く、今までの相手に比べると危険度が高い。

 そいつを槍で何度も何度も攻撃して──。


「ダンジョンが消滅します」


 華によって雑魚は殲滅。敵のいなくなったダンジョンがぱらぱらと光の粒になって解けていく。


 これが、ダンジョンの最後。


 綺麗だ。

 これを見るためだけに攻略するのもいいと思えるくらい。

 現実だけあってゲームとはまた違う感動があるけれど、正直俺はそれどころじゃなかった。


 チームの控室に戻った後、槍のなくなった右手を開いては握って。


「先輩の言ってたことがよくわかりました。……あんなに強いんじゃ、ちょっとやそっと頑張っても大して役に立てないって」


 このままだと俺はたぶん、どう頑張っても華と同じくらいの成果しか挙げられない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る