先輩とパーティ控室
『高等部一年 月詠恋
初等部五年 姫宮璃勾』
並んで表示された名前に、おお、と感動する。
加入申請は無事学校側に受理されたらしい。
ウィンドウを消した俺はよし、と、気合いを入れ直してた。
白猫──雪が机の上からぴょん、と肩に飛び乗り、頭の上に登る。それを確認してから立ち上がって、
「璃勾。今日から月詠先輩のところだっけ」
「ああ。特訓できなくて悪いな」
「気にしなくていいよ。僕たちは他にもいろいろできることがあるし」
博己が軽く声をかけてきた。
確かに。裏方のほうが得意な彼はああでもないこうでもない、とデータをいじくり回すのも特訓のうちだし、柊も杖を振り回すより応急手当の本でも読んだほうがいいかもしれない。
「俺が強くなれば俺たちのチームも強くなるしな。お互い、できることを頑張ろうぜ」
「そうだね」
荷物を持った俺に柊が手を振ってくれたので、軽く振り返してから教室を出る。
向かう先は先輩から指定されたとある地点。
高等部の区域内にある訓練棟、その一室らしい。座標データが地図と連動してナビしてくれるので迷う心配はない。
「楽しみだなあ、実戦」
なー。
「わかってるって。死んでも死なないからって気は抜かないようにしないとな」
それにしても、普段行かない区域に入るのはちょっと変な気分だな。
初等部から離れるほど年上が増えていく。
なんでこいつ、こんなところにいるんだ? みたいな顔をされてないだろうか。
「あれ? あの子、なんで初等部の制服着てるんだろ?」
「単に発育がいいだけじゃね? それか、制服汚れて仕方なくとか」
聞こえてきたのはそんな会話だ。……そういや俺、見た目は中二くらいなんだっけか。
「じゃあ、そこまで目立たないのかもな」
若干安心しつつ目的地にたどり着いた。
初めて入る建物に緊張しつつ、部屋にたどり着く。隣との間隔から考えると広さは教室の三分の一くらいか。
訓練場にしちゃ狭いけど。
そう考えてから、本物のダンジョンはどこからでもダイブできるのを思い出した。
擬似ダンジョンは安全のためにアクセスポイントを固定してることが多いけど、本物はダイブ後、ダンジョンまで転送される仕組みになっている。
「っし」
意を決してドアの前に立つ。
解除コードとかは必要なくロックが解かれたので、スライドドアをくぐってそのまま中へ。
そして、着替え中の月詠先輩と目が合った。
「 」
「あ」
白い肌、スレンダーだけど男子とは明らかに違う、曲線を描いた身体。
下着は白。
黒髪との対比が印象的で、とても綺麗だと。
……じゃなくて!
「すす、すみません、俺、ノックもしないで!」
「それより、早くドアから離れてくださいっ!」
言われて前に踏み出すと、ようやくドアが閉じていく。危ない。通路を誰かが通りがかったら先輩の下着姿が見られるところだった。
ほっと息を吐いた俺は、そこで気付いた。
俺、むしろ外に出るべきだったんじゃね?
「あの。俺、着替え終わるまで出ていましょうか……?」
尋ねると、先輩は少し顔を赤くしたまま「結構です」と言う。
美人にきっぱり言われると怖いんだけど。
こほん。
固さのあった声が柔らかいものに戻って、
「男性でしたら困りますけど、同性ですし、気にはいたしません」
「……あー。その。えっと、俺、いちおう男子なんですけど」
「登録上は男子でも、実生活上は女子でしょう?」
確かに。
「それよりも、姫宮さんも着替えてください。放課後はあまり時間がありません」
「あ、そうですね」
頷いて、俺もダイブスーツを取り出した。
例のピンクのやつ。中古品だけどクリーニングはされているし、手入れも行き届いていたのでぜんぜん気にならない。
……ただ、女の身体だと胸のところで調整が必要なのはどうにかならないもんか。
でも男だった時も股間が変な感じになってた。
たまに着替え中にアレを大きくしてみんなからからかわれる奴がいたりして──って、それはともかく。
スーツを手にしたまま、俺はあらためて室内を見渡す。
ロッカーが三つに、仮眠用のベッドが一つ。ソファとテーブルのセットに小型の冷蔵庫。
簡易シャワールームまであるようで、出入り口の他にドアがある。
「隣失礼します」
ロッカーの一つを使っている先輩に並んでから「ここってなんの部屋なんですか?」と尋ねると、
「わたくしが学校から借りているチーム控室です」
「あ、そんな部屋があるんですね」
「ええ。そうでないと着替えの際も不便でしょう? それから仮眠を取ったり作戦会議にも用いることができます」
「初等部にもそういうのがあればいいのに……」
「本格的にダンジョンに潜るのはもっと後の話ですからね。仕方ありません」
両手両足をぴったりしたスーツに包み、腰のあたりまでスーツを整えたら胸のファスナーを引き上げる。
立体的に整形されたスペースが胸を包み込むように気をつけながらしっかり首まで保護して、完了。
……と、思ったら雪にポニーテールを引っ張られた。
髪が一部巻き込まれたか。適当に引っ張って外に出し、完了。
そうして振り返ると、
「うお」
先輩はダイブスーツではなく──それどころか、普通に生活していたらめったにお目にかからないような衣装に着替中だった。
赤と白からなる和服。
清楚な感じと神秘的な感じのするそれは、
「もしかして巫女服ってやつですか?」
「ええ。母の言いつけでして、ダンジョンでは着物や巫女装束を纏うようにしております」
巫女服を着終わった先輩は黒い綺麗な髪を頭の後ろで結っていく。
俺のやっつけポニーテールとはまったく違う、本職の巫女さんなのでは? と思ってしまうような見事な結い方。
あんたも見習いなさい、とばかりに雪がぺしぺし叩いてくるも、これは俺には無理だ。
「なんか格好いいですね、それ」
小学生並みの感想を口にすると、先輩は「ただの験担ぎですよ」と苦笑した。
「我が家は懐古主義の強い家でして、なにかと和風にこだわっているのです。おかげで祖母世代からも『いつの時代だ』と言われることがあるくらいでして」
「俺は好きですよ、そういうの。陰陽師ものとか忍者もののマンガに出てきそうで。でも」
「でも?」
「いや、その、なかなか組んでくれる人がいないのって先輩の着替えが長いからっていうのもあったかもなあって」
「……その発想はありませんでした」
ゆっくり振り返った先輩はどこか不満げな表情をしていた。
それにしても、この人と一緒だと俺なんか大して可愛くない気がしてくる。
なにしろオーラが違う。
本物の美少女ってのは先輩みたいな人のことを言うんだろう。あ、でも先輩はどっちかというともう「美女」か?
「組んだ方の中には男性もいましたものね……。姫宮さん、例えば『着替えるから』と言って外で待たされるのは、やっぱり堪えるものですか?」
「あー、はい。仕方ないってわかってても毎回だと面倒くさいかもです。……俺も今は待たせるほうですけど」
ほう。
たまったものを吐き出すようなため息。
「やはり、わたくしにも責任は大いにあるのですね。……だからと言って、その理由が納得のいくものかどうかは別ですが」
おおう。
前半を聞いて「先輩だけのせいじゃ」と言おうとした俺は、後半の内容に「すごいなこの人」と感心した。
申し訳ないとは思うけどまるまる自分が悪いとは思わない。
真面目な人みたいだから気づけば直そうとするんだろうけど、納得いかないものは納得いかないと、なあなあにはしない。
先輩、一見おっとりしてるし優しいけど、案外気の強い人みたいだ。
仲良くなれるかもしれない。
暴れるのが好きな俺は先輩のそういう部分に気持ちのいいものを感じた。
「それで、先輩。本物のダンジョンってどんな感じでダイブするんですか?」
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