共闘の誘い

 ダンジョン解禁されてから行く機会が一気に増えたカフェテリア。

 高等部一年の有名人──月詠つくよみれん先輩は俺と、俺についてきた柊、博己の三人に「好きなものを頼んでください」と言った。


 雪、と言うらしい白猫は俺の膝の上に。


「奢ってもらっちゃっていいんですか?」

「それくらいはさせてください。わたくしのほうが先輩なのですから」

「わかりました。じゃあ遠慮なく」


 アップルパイとシュークリーム、アイスコーヒーを注文すると、博己が脇を突いてきて、


「璃勾、ちょっとは遠慮しなよ」

「先輩がいいって言ってるんだからいいだろ。それに、俺たちよりずっと金持ちだろうし」

「そりゃ、見るからにお嬢様だけど……」


 先輩は背筋を伸ばして椅子に座り、クリームあんみつとほうじ茶を注文している。


「いや、それもあるけど、ダンジョン攻略でばんばん稼げるだろ」

「あ。そういえばそうか」


 俺たちの会話に「ええ」と柔らかな声が同意して、


「中等部から段階的に『本物のダンジョン』が解禁され、高等部からはかなり自由に挑戦できるようになります」

「月詠先輩なら大活躍できるよね」


 柊もうんうんと頷いた。

 注文した品が届き始める中、先輩は「大活躍、とまでは参りませんけれど」と謙遜。


「実を言うとチームメンバーもいない有り様でして。少々困っているのです」

「そうなんですか? レジェンド級なら勧誘なんていくらでもあると思ってました」

「ああ、先輩はいくつも勧誘されて、いろんなチームに参加してたらしいな。最近はそういう話聞かなかったけど……」

「姫宮さんの仰る通りです」


 小豆の粒を上品に口に運んでから、先輩。


「複数のチームからお誘いをいだたき、実際にチームを組みましたが、ことごとくお別れする結果となってしまいました」

「あの、それって……どうして、ですか?」

「わたくしの『式神使役』が『便利すぎるから』です」


 『式神使役』は攻撃と防御、両面に優れたスキルなのだと先輩は語った。

 強力な使い魔を複数操れるうえ、それぞれの使い魔が知能を持っているので複雑な操作もいらない。

 攻撃はもちろん、使い魔を壁役にして先輩本人が攻撃を受けないようにすることもできる。


「一人で何人分もの活躍ができてしまう。……もちろん、抑えて戦うことは可能ですけれど、それではわたくしである意味がないでしょう?」


 他の奴らが「俺たちいらないんじゃね?」っていう気分になっても無理はない。

 楽になる分にはいいって考え方もあるけど、ダンジョン攻略は収入になる。

 遊びじゃないからこそ、分け前のぶんくらいは活躍しないと納得いかない。そんな感じじゃないかと思う。


「そっか。ある意味璃勾と似たようなものだね……」


 強すぎるせいで組む相手が限られてしまう。

 強者ゆえの孤独、って言うとなんか格好いいな。

 ただ、


「俺は一人ずつ順番に殴ってるだけだぞ。別に分身とかはできない」

「いえ。ある意味、そちらの彼の言う通りです。わたくしはあなたなら、姫宮さんなら、わたくしと一緒に戦ってくださるのでは、と期待しているのですから」


 俺は、膝の上で大人しくしている雪を見て、


「こいつが俺のところに来たのも、俺を調べるためですか?」

「調べる、というほど厳密なものではありませんけれど。雪とわたくしは緩い繋がりを持っておりますので、彼女が不自由をしていたり、不快な思いをすればそれがわかるのです」

「偵察っていうよりは遊びに来てたってことか」


 なー。

 呑気にそこで鳴いてるあたり、気に入ってもらえたのか?


「でも、俺小五ですよ? 先輩と組むなんてそんな」

「小学五年生には見えないけどね」

「博己はちょっと黙ってろ」


 変なところで変な茶々を入れるんじゃない。

 先輩が気を悪くしたかと思ったけど、彼女はくすりと笑って、


「問題ありません。レア以上のスキル持ち、あるいは非戦闘要員であれば、上級生の勧誘によってチームに加入することが許されております」

「じゃあ、先輩と組めば俺も『本物』に?」

「そうです。わたくしと共に戦っていただけないでしょうか、姫宮さん」


 正直、願ってもない話だった。

 チームは掛け持ちできるから博己たちと別れる必要もない。

 早く『本物』に潜ってみたいと思っていたし、先輩の力を間近で見られる。さらに金を稼ぐチャンスでもある。

 いいこと尽くめすぎる。


「……話がうますぎてなんか落とし穴がありそうなくらいですね?」

「璃勾ちゃん、それは失礼だよ」

「だって、マンガなら絶対なにか裏がある展開だぞ」

「裏って、たとえば?」


 急に聞かれても困るけど。


「んー……。ほら、先輩が実は悪の化け物で、俺のスキルを奪うために誘いをかけてきてるとか」

「化け物って、そんなのどこから出てくるの……?」

「ふふっ。面白いお話ですけれど、わたくしはれっきとした人間です。必要であれば調べてくださって結構ですよ」

「いえ、俺も本当にそう思ってるわけじゃ」


 単なる例え話。ほいほい乗っかる前にちょっとは警戒しておきたかっただけだ。

 と、先輩は表情を曇らせて。


「わたくしに下心があるのは事実です。……わたくしは、力を落としてまで人に合わせるのではなく、同等の相手と肩を並べることを求めているのですから」

「先輩……」


 その程度で下心とか言っちゃうのは人が良すぎないか。

 俺なんか「有名になりたい」「金を稼ぎたい」で探索者を目指してるんだぞ。

 目を伏せた先輩を見た博己が、


「ねえ、璃勾。月詠先輩は悪い人じゃないんじゃないかな」


 お前、美人に弱いよな。

 ……って、それはともかく。


「うん、俺もそう思う。俺なんか罠にはめるほどの相手じゃないし」


 ダンジョン内で死んでもしばらくダイブできなくなるだけ。

 わざと味方を敵に殺させる──EKエネミーキルは下手をすると罪になる、ダンジョン内での行動はデフォルトで記録される。

 俺はぐっと右拳を握り、左手で雪の背中をぽんぽんと撫でた。

 なー。


「俺で良かったらぜひ、協力させてください」


 答えると、先輩の表情がぱっと明るくなった。


「……ありがとうございます。姫宮さん、あなたとならきっと良い関係が築けると思います」

「姫宮でいいですよ。それか璃勾か。先輩のほうが年上なんですし」

「……ふふっ。では、璃勾さんとお呼びします。雪ともども、よろしくお願いしますね?」


 白猫はこのまま俺が飼っていて構わないらしい。「その子も璃勾さんが気に入ったようですから」ということだ。

 正直、別れるのは寂しかったのでこれはありがたい。

 口元がにやけてくるのを感じながら俺は首を傾げて、


「そういえば、レア以上ってことは柊も『本物』に潜れるのか」

「ふえっ? わ、わたし?」


 話を振られると思っていなかったらしい柊は目を丸くして困ったような顔。

 先輩はこれに「確かに」と頷いて、


ひいらぎ茉莉まりさんのスキルは『ヒーリング』でしたね? であればダンジョンに潜る許可は得られますし、前線に出るわけでもありませんから危険も大きくはありません」

「っていうか、そうすると博己も上級生のチームに入れるな」

「ええ。攻略に直接参加しないバックアップメンバーとしては加入可能です。お二人にも将来的に参加していただいてもいいかもしれませんね」

「え、えええ!? 璃勾だけじゃなくて僕たちも?」

「あくまでも『将来的に』です。……わたくしとしても、せっかくのチームがすぐに解散してしまうのはこれ以上避けたいですので」


 そう言われると微妙にしんみりしてしまう。

 先輩のためにも俺のためにも、まずは俺がいいところを見せて安心させてやりたい。

 そう決意した俺は……あることに気づいていなかった。


 先輩は悪い人じゃない。

 強いし優しいし礼儀正しいけど、同時にめちゃくちゃ向上心が強くてスパルタだということに。

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