もう一人のレジェンド級

「ひどい目に遭った……」

「あはは、お疲れ様。なにがあったかは聞かないでおくよ」

「この薄情者」


 女子たちは女同士だからって遠慮なく俺にあれこれ触ってきた。


『わー、肌きれー』

『胸もおっきい……』

『これでウェストすっきりしてるとか反則じゃない?』


 助かったのは純粋に感心しているだけで嫌な感じがしなかったことか。

 男子に見られた時はなんかこう、舐めるような感じがあってぞくぞくしたからな……。


「で、そのスーツになったんだ」

「……ああ、うん」


 俺は自分の着ている「ピンクのダイブスーツ」を見下ろして遠い目になった。

 ピンクと言っても艶のある、若干メタリックな色合い。なので多少マシではあるけれど、本能的な恥ずかしさはある。

 他の女子に手伝ってもらって全部試してみた結果、これが一番俺の体型に合ったのだ。


「お前、もしかして一目で見抜いてたのか?」


 頭の上にいる白猫をつつくと、彼女(?)はなー、と鳴いて答えた。


「ねえ璃勾。その子、連れてくの?」

「連れてくというか、こいつがついてくるかどうかだな。俺の使い魔じゃないし。でもたぶんついてくるんじゃないか?」

「わかるの?」

「この学校で使い魔を使うって言ったらあの人かな、ってな」


 飼い主に心当たりがあるのであまり心配していないし、俺の予想があたっていればこの白猫も簡単に死んだりしないはずだ。

 博己も「そういうことなら」と頷いて。


「ダイブ」


 俺たちは電脳空間に侵入した。



    ◇    ◇    ◇



「お前、うちについてくるのか?」


 なー。

 全部の授業を終わらせた俺は、最近だと珍しいことに直帰を選んだ。

 博己たちも用事があるみたいだし、毎日特訓というのも難しい。

 あと、母さんに白猫を紹介しないといけない。


 授業が終わるまで猫は俺から離れる気配がなかった。

 通学路を歩いていても変わらず頭の上に乗っている。


「変なやつだなあ。特に戦いではなにもしなかったし」


 擬似ダンジョンにダイブしてもこいつは俺の頭の上にいた。

 激しく動いてもまったく落ちる気配がなかったのは大したものだけど、ちょっと期待していた「実はめちゃくちゃ強い」とかそういうことはなく。

 単に観戦するために来ました、とばかりに大人しくしているだけだった。


「ま、可愛いからいいけどな」


 家に帰って猫を見せると、母さんは「どうしたのその子!?」と目をきらきらと輝かせた。

 女っていうのはたいてい可愛いものに目がない。

 そしてそれは歳に関係なかったりする。


探索者クエスターの使い魔らしいんだけど、迷子……っていうか、俺から離れなくてさ。しばらくうちで飼ってもいいかな?」

「もちろん。あ、でもうちにはケージもなにもないけど?」

「エサも食べないらしいからトイレもいらないんじゃないか?」


 なー。


「ほら、いらないって言ってる」

「賢い子なのね。……でも、なにも食べさせてあげないなんて可哀想じゃない?」


 俺より母さんのほうが白猫の世話に燃え始めてしまった。

 母さんは余ってる野菜とか、薄い皿に注いだ牛乳とかを差し出して「好きなものはある?」とやりだし、猫ももらったものは好き嫌いなく食べた。


「なんだ。食べなくても平気だけど食べることもできるんだな」


 なー。


「可愛いわね。えっと、じゃあベッドとかお風呂は璃勾と一緒でいいのかしら?」

「いいんじゃないか? 風呂は猫だし嫌がりそうな気もするけど」


 意外にも白猫は風呂に連れて行くと素直に洗われてくれた。

 自ら進んで、という感じではない。なんとなく嫌そうな様子ではあるものの、しょうがないから洗わせてやる、的な態度だった。

 本当に頭がいい。


「なんか、このままうちで飼いたくなってくるな……」


 俺の隣で丸くなた白猫と一緒に目を閉じて、


「おやすみ」






 翌朝、なー、という鳴き声と共に顔を踏まれた。


「……もうちょっと起こし方あるだろ」


 文句を言いつつ抱き上げた直後に目覚ましのアラーム。なんと目覚ましアプリと同じくらい正確とは、ますますびっくりの性能だ。

 白猫は朝飯を食べる俺の横でミルクを飲み、出発の時間になると俺の頭に飛び乗った。


「そこだと璃勾の髪がぼさぼさになっちゃわない?」

「いいよ。別に気にしないし、こいつすごく大人しいから」


 動物ってのはそこにいるだけで癒やし効果があるらしい。

 身体が二度目の変化を迎えて戸惑うことだらけの俺だったけど、こいつのおかげかわりとすんなり新しい環境に入れた気がする。


「格好いいぬいぐるみを検討してたんだけどな」


 どういうわけか可愛い白猫が寄ってきてしまった。

 なー。


「ああ、お前はぬいぐるみじゃないってわかってるよ。むしろぬいぐるみよりずっと可愛いぞ」

「ぬいぐるみならオススメのお店紹介しようかっ?」

「うお。……柊、いきなり出てくるなよ」

「ごめんなさい。璃勾ちゃんとこの子のツーショットが見えたからつい」


 なー。


「おはよう。今日も璃勾ちゃんと一緒なんだね」

「家でもすごくおとなしかったぞ。……なんだろうな。そのうち御主人様のところへ連れていってくれたりするのかな」


 俺の予想は当たらずとも遠からず。

 それも、思ったよりも早く来た。



    ◇    ◇    ◇



 数日後。

 朝起きて女子の制服に着替えて登校して、授業を受けて、体育で女子と一緒に着替える。

 そんな毎日のルーティーンに俺が本格的に慣れてきた頃。


 放課後になってすぐに、その人物は俺たちのクラスを訪ねてきた。


「こんにちは。こちらに姫宮璃勾さんはいらっしゃいますか?」


 廊下が騒がしくなったと思ったら、その人物が一人で現れた。

 途端、教室がしん、と静かになる。

 がそれだけ別格の存在感と美貌を備えていたからだ。


 艶のある黒のストレートヘア。

 深い色の黒い目は吸い込まれそうなくらい綺麗で、すらりとした体型はまるで狙ってつくられたみたいだ。

 細い手は武器なんて握ったことないんじゃないかと思ってしまうくらい。

 肌も白くて、もう少し色が薄かったら「人形なんじゃないか」と勘違いしていたかもしれない。


 なー。


 彼女を見た白猫が一声鳴いて机を下り、彼女の元へ向かっていく。

 彼女もまたそれを微笑で迎え入れ、わざわざしゃがんで優しく撫でた。


「雪、元気そうで良かった。姫宮さんに良くしてもらっていたのね」


 なー。


「それは良かった。やっぱり、わたくしの見込んだ通りの」

「やっぱり、あなただったんですね」


 せっかく仲良くなった白猫に愛想をつかされた寂しさ──それが二の次になってしまうほどの興奮を、俺は胸に抱いていた。

 そばに寄ってきた柊が首を傾げて、


「璃勾ちゃんでも知ってる人なんだ」

「そりゃ知ってるよ。俺は将来ダンジョンで活躍するのが夢なんだ」


 有名な探索者や校内の有名人くらいはもちろんチェックしてる。……正直同学年は気にしてなかったので八条には申し訳ないけど。


「同じはもちろん知ってる」


 彼女のユニークスキルは『式神使役』。

 使い魔の作成、育成、カスタマイズ、自律稼働、すべての要素を持った使い魔系スキルの最上位だ。

 それはもう、彼女の代名詞と言ってもいい。


「わたくしのことを知っていてくださったなんて、光栄です」


 白猫を伴った彼女がこっちに歩いてくる。

 目線は俺よりも少し上。

 和風のお嬢様、というイメージを崩さない、おっとりとした喋り方と仕草に、俺なんかが話すのは分不相応なのではという気持ちが湧いてくる。

 それでも、せっかく会ったこの機会を逃したくない。


 彼女は高校一年生。

 敷地内に高等部があると言っても校舎は離れているし、校門もいくつかあるので普段見かけることはあまりない。

 憧れの人だ。せっかくだし話をしたいし、もっと彼女のことを知りたい。


月詠つくよみれん先輩。どうして、俺に?」


 柔らかな微笑と──思ったよりも強い輝きを持った目が俺を見て、


「もちろん、あなたをお誘いしに来たのです。姫宮璃勾さん。わたくしと同じレジェンド級スキル『プリンセス・プロモーション』を持つ、あなたを」

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