猫を拾いました
なー。
「お?」
不意に聞こえた鳴き声に立ち止まると、足元に一匹の猫がいた。
踏んだか? 踏んでないよな? 気づかなかった。
「どうしたお前? そんなところにいると危ないぞ」
なー。
返事をするように鳴いてくれるけど、俺には猫語はわからない。
そいつはてしてしと俺の靴を叩いて、なにやら見上げてくる。
「家がわからなくなったのか?」
仕方なくしゃがんで手を伸ばすと、もう一度なーと鳴いて腕に収まってくる。
人懐っこいなこいつ。
それにしても、
「綺麗な毛並みだな」
白猫だ。
長い毛がふわふわしていて、汚れ一つない。顔も整っていて、どこか品がある。
どこかいいところの猫なんじゃないかと思うけど、首輪もタグもついていない。
本人は俺に抱かれたまま満足そうにしているんだけど、
「あれ、璃勾ちゃん。どうしたのその子。すっごく可愛い!」
「柊。いや、なんか声をかけられてさ」
いいところに来てくれた。
とりあえず柊にパスしようとしたら、猫は「や!」とばかりに顔をぷいっとする。
「あれ、嫌われちゃったかな? それとも璃勾ちゃんじゃないと嫌なの?」
なー。
「そっかそっか。でも白い子なんて珍しいね。品種はなんだろ。マンチカンかな?」
「柊。猫の品種も詳しいのか?」
「このくらい一般教養だよ、璃勾ちゃん?」
猫の種類なんて三毛とかアメショーとか知ってりゃ十分じゃないのか。
柊がにこにこしながら喉を撫でると、白猫もまんざらではなさそうになーと鳴く。
可愛い。
可愛いけど、
「どうするかな、こいつ。まさか教室に連れてくわけにもいかないし」
「んー。……別にいいんじゃない? たぶん大丈夫だよ」
「マジか?」
昔は野良猫もいっぱいいたらしいけど、今はかなり珍しくなっている。
近代化で住むところが少なくなったとか、衛生面を気にする声から対策が取られたとかが原因らしい。
教室にもあんまり連れて行かない方がいいんと思うんだけど、
「可愛い子ですね。いいですよ。好きなように遊ばせてあげてください」
「え。いいんですか?」
白猫は結局俺から離れてくれず。
俺の頭の上がちょうどいいと判断したのかそこへ器用に乗っかったまま。
それを見た先生は口元をほころばせた後であっさり許可を出してくれた。
俺の声に彼女は首を小さく傾げて、
「もちろん、普通の野良猫なら問題ですけど。その子はおそらく『使い魔』ですから」
「……あ、そういうことか」
「はい。スキルによって作り出された生物なら、むしろ作り主が校内にいるはずです。外部のスキルなら門をくぐった時点で検知されるはずですので」
スキルの中には「自分の代わりに戦ってくれるもの」を作り出すものもある。
使い魔というのはそうした生き物のざっくりした呼び名だ。
なんで俺が気に入ったのかはわからないけど、そういうことならそのうち飽きて御主人様のところへ帰るだろう。
「姫宮くんが嫌でなければしばらく相手をしてあげてください。特にエサも不要なはずです」
「わかりました。俺は全然平気です。こいつ可愛いですし」
可愛いと言われたのがわかったのか、白猫は頭からすとんと下りてきて頬を擦り寄せてくる。女子たちがそれを見て「かわいい!」と歓声。
白猫はたちまちクラスの人気者になった。
休み時間が終わるなり女子が取り囲んでくる中、何人かの男子がこっちをちらちら見てくる。
……わかるぞ。お前らだって本当は撫でてみたいよな? でも女子ばっかのところに近づくのは遠慮したいし、誰かにからかわれるのも嫌なんだよな?
なんとかしてやりたいけど、俺がこいつを連れて「ほれ」とやっても解決しないし。
「そういやお前、オスメスどっちなんだ?」
なー。
そんなこともわからないのか、という顔。
え、見ただけでわかるもんなのか? とにらめっこしていると、柊がえいっと白猫を抱き上げた。
彼女は猫の股間を確認して、
「うん、この子、女の子だね」
「……なあ、柊? その確認の仕方は女子としてはしたくないのか?」
意表をつかれたのか、彼女は「え?」と目を丸くしたあと頬を膨らませた。
「璃勾ちゃんのいじわる。えっち」
「今の俺が悪いのか……!?」
◇ ◇ ◇
今更だけどこの学校、教室移動が多いな。
あっという間に体育の前の休み時間になった。白猫は授業中、特にいたずらすることもなく俺のそばで寛いでいた。
……こいつ、ひょっとしてめちゃくちゃ頭いいんじゃ?
苦手な授業の時についつい落書きを始めた記憶のある俺は猫相手に尊敬の念を覚えてしまう。
それはともかく。
「璃勾ちゃん、そろそろ行こっか」
今日からは女子更衣室だ。
声をかけにきてくれた柊の呼びかけに「おう」と答える。
それから、新しく買った体操着を持ち上げて。
「あ、姫宮くん。ちょっといいですか?」
「先生? どうしたんですか?」
先生がなにやらいくつかの包みを持って教室に入ってきた。
「中古のダイブスーツなんですけど、良かったらと思いまして」
そう言って机に置かれたのは中等部女子用のダイブスーツだった。
初等部用は白で統一だけど、中等部からは色が選べる。なので色はばらばら。明るい色合いが多いのは女子だからか。
「中古って、どうしたんですか、これ?」
「身長が伸びたり、スーツの買い替えで古いものを着なくなる子がいるでしょう? その中で、もういらないっていう子のを引き取って保管しているの」
そして、成長が早すぎたり運悪くすぐに破れてしまったりして買い替えの間に合わない生徒に提供しているらしい。
まさに俺みたいなのにはぴったりだ。
「でも、いいんですか? こんなのタダでもらっちゃって」
「気にしないで。何年も保管しているとスーツも悪くなっちゃうから、むしろ使ってもらったほうがいいくらい」
もちろん用意された品全部というわけではなく、もらえるのは一着だけだけど。また成長するかもしれないし……と買うのを躊躇ってていた俺にはめちゃくちゃありがたい。
「えーっと、一番サイズの合うのはどれかな」
俺が呟くと、白猫がてしてしと一着を叩いた。色、ピンク。うん、それはないな。
「試着してみて決めていいですよ。残りは後で返してください」
「え? 身長が一番合うやつでいいですよ」
「姫宮くん。女の子の服は合う合わないが複雑だから、ちゃんと着て決めたほうがいいですよ」
「なるほど」
というわけで、何着かのスーツを抱えて女子更衣室に向かうことになった。
頭には白猫。周りには柊を含む女子たち。
「……なんかめちゃくちゃ緊張するな」
「体育の着替えに行くだけなのに」
「だってさ。女子更衣室なんて俺たちからしたら『入ったら殺される場所』だぞ」
「殺……。そんなことしないよ!」
「でも社会的には殺されるだろ」
もし、入ったのが不可抗力──なんか化け物に追われてるとかだったとしても、下手したら一生「覗き魔」と呼ばれかねない。
この学校は高等部までストレートだから知り合いとずっと一緒だし。
しかし、男子を社会的に抹殺する側の女子たちはのほほんと、
「大丈夫だよ。姫宮さんが男子に言いふらしたりしなければ」
「……言いふらしたらどうなるんだ?」
「クラス全員でくすぐり攻撃とか?」
それ、イメージ的には遊びっぽいけど、やられてるほうは息できなくてめちゃくちゃ辛いからな?
「わかってる。絶対言ったりしない。……開かずの間の奥の秘密は俺の胸にしまっておく」
「いや、ただの更衣室だってば」
そう言って招かれた先は──うん、ロッカーがあるだけの更衣室だった。
「なんでここに入っただけで殺されるんだ……?」
「んー。見られたら困るのは部屋じゃなくて私たちだから?」
「なるほど」
先に更衣室に着いている女子もいたものの、俺を見て悲鳴を上げる奴は誰もいない。嫌な顔もされず、ここにいるのが普通みたいな反応だ。
……なんか、男子更衣室より平和だな?
向こうは若干汗臭かったりするんだけど、こっちは若干いい匂いがする。
女子たちも自然体なので俺もあんまり気にせず制服を脱げて、
「うわ。やっぱり姫宮さんスタイルいいなー」
めちゃくちゃ自然に身体を観察された。
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